59.脳裏
一方、直霊本部会議室から地下に向かうエレベーターの中には、灰音と千里の姿があった。
「千里さんが会議室にいるの、何か新鮮でした」
「……失礼な」
「普段の会議も出席してくれて良いのですよ? いつも、戦闘系の仕事が私と椿の二択になって、困っているのですから」
当然だが、戦闘系の仕事は特認が担当している。
「余がわざわざ口を挟む必要がないと思うからな。それで、結果的に静観しているだけなら、後で議事録に目を通す方が早い。というか、困っているなら、余に仕事を回せば良かろう」
「それだと、不在時に仕事押し付ける感じになるじゃないですか」
「別に構わん。頼られるのは、余も歓迎じゃ」
ちなみに、千里は監視や追跡任務を担当することが多いので、暇というわけではない。だからこそ、灰音も頼んで良いのか、悩むことになってしまう。
「ところで、焔は大丈夫なのか? 会議にいなかったが」
「心配要らないと思いますよ。先週、私も見舞いに行ったのですけど、どうやら病室でトレーニングしていたらしく、看護師さんに滅茶苦茶怒られていました。それで、今は強制的に安静にさせられているみたいです」
もちろん、灰音も心配で訪れたのだが、焔の回復力には安堵よりも驚愕であった。
「そこまで強靭だと、もはや恐怖じゃ……」
「医師曰く、術が引き出す強大な力に体が適応しつつあるのではないかと」
獄煉赫怒は通常時の何倍もの身体能力を引き出すものだが、それを多用することで、高められた力を扱えるように肉体が成長しているのではないかと推測できる。
「超高負荷のトレーニングになっているということか? だが、一歩間違えれば、オーバーワークになることは明白だろう。灰音からも、注意しておけよ?」
「もちろん、わかっています」
灰音が返事をするのと同時に、エレベーターが地下一階に到着した合図が聞こえた。扉が開いた後、廊下に出て右手へ進むと、目的地である第二実験室に辿り着くことができる。第二実験室は機械作業室と表現した方が想像に容易いだろう。ちなみに、現在は実質的に灰音の専用部屋と化している。
第二実験室の中に入ると、中央の机に並べられた鵬程が二人の目に映った。その二つに折れた姿を見ると、嫌でも十月神社での戦闘を思い出す。
「これ、直るか?」
「直せるとは思います。幸いにも綺麗に破壊されていますし、伸縮機構が無事なのも大きいです。ただ、再接合に時間はいただくことになるかと」
灰音は状態を確認するように、鵬程を眺めている。経年劣化なども特に見当たらないので、人間の手によって破壊されたとは到底思えない。灰音本人が現場にいなければ、信じられないことだっただろう。
「……手間かけることになって、すまない」
「気にしないでください。いずれにせよ、年末に全部メンテナンスする予定だったので。まあ、『晦冥』はそもそも使われているのか、知りませんけどね」
別に、千里の使い方が悪かったという話でもない。ただ、想定外の力を誇る敵だったというだけで。
同時刻、直霊本部にある椿の個室には、椿と七瀬の姿があった。
「お忙しいところ、ありがとうございます……」
「いや、大丈夫だ。丁度、私も椿に念のため確認したいことがあったから」
どうやら、会議が終わった後、椿が七瀬を呼び出していたようだ。
「私に確認したいことですか?」
「椿の用件の後で良い。それで、話したいことは何だ? 詠さんの加入に関して、何かあったか?」
七瀬が少し不安気に尋ねた。
「あ、いえ、詠については問題ないと思います。精神状態確認と基礎体力試験を通過すれば、加入を認める旨の返事はいただいていますので……」
「そうか。なら、良かった」
詠の実力があれば、試験を突破できないことはないだろう。
「お伝えしたかったのは、十月神社に出現した仮面の人物についてです……」
「それは、薙刀を持っていた奴で合っているか?」
「はい……」
七瀬の確認に、椿が頷いた。
「あのとき、詠が気絶していたのは覚えていますか?」
「もちろん」
「神在大祭が終わるまでの間、詠と二人で色々話したのですが、その気絶したときの状況も詳しく教えてもらいました……」
詠は唐突に気絶させられたので、多くの情報はわからなかった。しかし、痛みなどは感じなかったので、物理的に何かされたわけではないことは明らかである。
「そして、詠の話を聞けば聞くほど、私の脳内には、とある霊魂術を持つ人物が思い浮かぶのです……」
「ん、誰のことだ?」
椿が知っている人物など、限られているはずである。
「一撃で相手を気絶させる霊魂術、純白の長髪、灰音と同程度の身長──」
そこまで聞けば、七瀬の脳内にも浮かび上がる朧気な記憶がある。
「──あの仮面の人物は、雪代刹那の可能性があります」
「……!?」
椿の言葉で、曖昧な輪郭は明確な形を表した。
「もちろん、刹那が鎮の件で命を落としたことは知っています。ただ──」
「椿が言いたいことはわかる。確かに、誰かが刹那の遺体を直接確認したわけではない」
全て推測に過ぎない。しかし、仮面の人物に重ねられた刹那の面影は脳裏から消えてはくれない。あの仮面の人物は刹那なのだろうか。刹那だとして、なぜ直霊に刃向かうのか。無意味な想像が頭を埋めるように、二人は黙り込む。
「椿。一度、私の用件を話しても良いか?」
「は、はい。大丈夫です……」
その後、沈黙を破るように、七瀬が話題を変えようとする。いや、そう思っていたのは、椿だけだった。
「仮面の人物が持っていた薙刀に、掠り傷などは付けられなかったか?」
「え、えっと、特には……」
「まあ、そうだよな。いや、傷を受けて何もなければ、安心だったのだが……」
傷を付けられることでさえ、椿にとっては滅多にないこと。七瀬も念のために確認しただけだろう。
「どういう意味ですか?」
「……私はあの薙刀が神器であるように感じた」
「え?」
現存の神器は宿だけのはずである。
「もちろん、距離があったことに加えて、私も戦闘中だったから、気のせいかもしれない。ただ、遠くにいる私にも感じられるほど、残留思念が強力だったとも考えることができる」
「つ、つまり、あの薙刀は新神器? いや──」
新たな神器である可能性もないわけではない。だが、刹那が生きているかもしれないという話の中で脳内に浮かび上がるのは、既に消滅判定を下された神器の存在である。
「ま、まさか、あの薙刀が魂鎮の霜刃……」
「刹那の話は関係なしに、私もその可能性は考えていた。とりあえず、この資料を見てほしい」
七瀬はファイルから一枚の紙切れを取り出すと、椿に渡した。ちなみに、この資料は直霊本部にある情報庫から持ち出したものである。
「こ、これは……」
そして、資料の中身を確認するや否や、椿は目を見開いた。




