6.会議
翌日、直霊では緊急捜査会議が開かれた。内容はもちろん、橘の殺害そして術者誘拐事件についてだ。ちなみに、警察の捜査会議とは違い、直霊の場合は人員が少ないので、実際は十人にも満たない集まりである。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。ではまず、七瀬さん。今回の事件について、警察による分析結果の報告をお願いします。」
灰音の一言で会議が始まった。
「あぁ、司法解剖の結果、被害者である橘勇信の死因は、頭部外傷で間違いない。だが、事故ではなく、鈍器か何かで頭を殴られて殺害されたと推定できる。パトカーの車体に事故の形跡が無かったこともそれを裏付けているだろう。」
七瀬は警察の調査報告書を読み上げた。
「七瀬の言う通り、殺害なのは私も調べたから間違いない。逆に、殺害であること以外はあまりわからなかった…」
口を挟んだのは、霊媒師のような格好をした女性である。その首元には三つのチャームをつけたペンダントが見える。彼女の名は狗骨白、現在二十七歳。基本的に、直霊本部の中で活動する捜査員だ。
「狗骨の情報から、被害者はおそらく即死。その他の状況も考慮すると、犯人は相当な手練れだということになる。」
七瀬は報告を続けた。ここまでは、昨日の情報とあまり変わらない。本題はここからだろう。
「しかし、犯人は重要な手掛かりを残していった。パトカーの扉から被害者、そして誘拐された術者である斑琥珀とも違う人物の指紋が発見されたのだ。」
「犯人、意外と馬鹿…」
椿はひっそり呟いた。ちなみに、今日また弱々しい姿に戻った椿を見て、焔が困惑していたが、これが椿の通常運転なので気にしないでほしい。
「その人物の名は難波舞、年齢は三十歳。そして現在、立橋製作所に勤める会社員だ。」
「え、立橋製作所って一流企業じゃないですか。」
焔が思わず口に出してしまった。確かに、立橋製作所は業界でも名の知れた企業だが、むしろそれが問題なのだ。
「つ、つまり、立橋製作所は四家の残党…」
「え?」
椿の発言に焔が驚いているが、別に不思議なことではない。四家は一流企業を乗っ取っていた過去があるが、実際にその力がどこまで及んでいたかは知る由もない。つまり、四家が立橋製作所を占領した過去を経て、四家が消滅した後も内部に反社会的勢力が紛れている、もしくは反社会的勢力に完全に染まられたまま存続している可能性は低くないのだ。
「確定ではないが、その可能性は高いだろう。それを裏付けるように本社の地下に建設工事記録には示されていない空間があることを示唆する調査結果も出ている。」
「後から、増設した空間があるってことですよね。そこで、何をしているのやら…」
七瀬が述べた警察の調査結果から、立橋製作所は黒と見て良いだろう。しかし、真っ黒かどうかはわからない。
「以上の結果から、正式に『天老』から立橋製作所への強制捜査の許可が下りた。」
七瀬の言葉に皆の顔つきが変わった。ちなみに、天老とは直霊の運営に関わる組織のことである。基本的に表には出てこないが、直霊への命令はもちろん、直霊からの要望に対して、承認の判断を下す存在である。また、天老に認められた捜査員は特別に武器も携帯できる。
「というわけで、後は誰が行くかという会議になる。もちろん、警察からぜひ参加させてほしいとの要望は受けている。」
仲間が殺害された事件なので、当然だろう。だが、術者を相手にする可能性も考えると、警察には外で待機してもらうしかない。味方の人数が増えるのは良いことに思えるが、洗脳や操作される恐れがあるので、足手纏いは邪魔どころの話ではない。
「あ、あの警察ができるのは建物外を見張ることぐらいかも…」
椿も灰音と同じ考えのようだ。というか、それは皆分かっていることだろう。
「わかっている。それでも参加したいとのことだ。そして、直霊の邪魔は絶対にしないとの約束だ。」
「そ、そうですか…」
後は、誰が建物中に突入するかの議論になるが、今回の場合に戦闘は避けられないと言っても良いだろう。つまり、戦闘向きの術ではない七瀬と狗骨は候補から外れる。
「私と焔が行きます。椿も行きたい?」
「う、うん。ぜひ行きたい…」
灰音の言葉に椿も乗っかった。これで三人は決定である。
「私は外の警察を指揮しよう。中に入っても、あまり役に立たなさそうだからな。自分で言うのも何だが。」
「同じく…」
七瀬と狗骨は外で待機となった。
「あと一人くらい、連れていくか?」
七瀬は中の人数を心配しているようだ。実際は椿がいるので、戦闘力はむしろ過剰と言っても良い。しかし、今回の任務の本質を考えると、この三人では不十分かもしれない。
「そうですね、紫苑を借りていこうと思います。」
「わかった。では、その四人に中は任せよう。」
その後、日程を決めて緊急捜査会議は終了した。立橋製作所への突入は、術者の奪還のためで、決して橘の敵討ちをしにいくわけではない。だが、邪魔する輩を多少強引に蹴散らすくらいの我儘は許してほしい。