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狂禍四魂  作者: 発戸あいす
第2章
56/77

55.未来

 よみが持つ霊魂術の名は『ぎょく盈虚えいきょ』。系統はさきみに分類され、未来の記憶を先行入手する力を持っている。術を発動することで、現在から最大三十秒後の記憶を一瞬で手に入れるので、その期間に生じる事象を知ることができる。なお、予知した時間が経過するまで、再度の発動はできない。


 一般的なイメージの未来視と異なるのは、非連続な予知ではないことだ。例えば、三十秒後の未来を予知した場合、三十秒後に起きる事象を点として観測するのではなく、それに至る経緯も把握することができる。そして、望ましくない未来であれば、経緯がわかっている以上、回避できる可能性も高い。もちろん、予知可能時間がそれほど長くないので、そもそも間に合うかどうかは別の話である。


「未来予知という表現が理解しやすいですが、本質は自分の精神の時間移動だと思っています」


 正確には、未来の情報を現在まで移動させているというより、詠の精神が一瞬で未来まで移動しているという表現の方が適しているということだ。


「うーむ。何か難しい話じゃ……」

「何が言いたいのかという話ですが、私の術は過去にも戻れるのです。これは、昨日に判明したことですけどね」


 おもいとの戦闘で、気絶したはずの詠がなぜ復活することができたのか。それも玉兎盈虚のおかげであると、詠は考えていた。そして、術を色々試した結果、未来への移動の逆もできることに気づいたのだ。


「ん、ちょっと待て。それは意味があることなのか?」

「通常の場合、無意味どころか、過去に戻った分だけ記憶を失うことになります。なので、基本的に使う必要性は一切ありません。ですが、何かの術を受けた際に、有用なのです」

「……精神が過去に時間転移する結果として、受けた術もリセットできるということですか?」


 ななの質問に、詠が無言で頷いた。つまり、霊魂術が精神を対象にするものだからこそ、術を受ける前に精神が巻き戻ることで、術を解除できる仕組みだと考えられる。


「もちろん、全て推測に過ぎません。推測が正しかったとしても、昨日に術が何故勝手に発動したのかは、私にもわかりません」

「その辺りは、要検証ですね。なお本部に帰ってから、色々試してみましょう」

「ぜひ、お願いします」


 実際に術を解除できるかを試すには、他の協力が必要である。


「では、詠さんの準備が完了次第、直霊本部まで戻ろうと思いますが、それで大丈夫ですか?」

「……それに関しまして、最後に一つだけ、我儘を言っても良いですか?」


 詠が申し訳なさそうに、七瀬に尋ねた。


「ひとまず、聞かせてください」

「神在大祭を完遂させてからでは、駄目でしょうか? 最後に、宮司として役目を果たしたいのです!」


 詠の心情は七瀬にもわかる。だが、神在大祭の期間が終了するまで、出雲に残ることができるほど、時間があるわけではない。


「私がここに残ります。七瀬さんとせんさんは先に戻っていただいて、大丈夫です」

「……椿つばきが良いなら、私はそれで構わない。上には私から上手く伝えておこう」


 詠に後から一人で東京に来てもらうことは可能だが、何かあっても困る。椿が付添になるのであれば、安心であるだろう。


「ありがとうございます!」


 詠の声には、最大限の感謝が込められていた。







 その後、七瀬と千里は十月とおつき神社を去った。参道には、肩を並べ歩く椿と詠の姿がある。


「語彙力が乏しい表現ですが、七瀬さんは良い方ですね」

「う、うん。私も自慢の上司かな……」


 椿も詠の言葉を肯定するように頷いている。


「正直、新天地には不安しかありませんでした。でも、今は安心している自分がいます」

「七瀬さんがいるから?」

「椿さんも、いるからですよ?」


 詠は強調するように、椿に言葉を返した。


「そ、そう……」


 返答に困る椿を見て、詠は笑みを零す。一方、微笑むような詠に対して、椿は別の感情が残っていた。


「……詠、本当に大丈夫? 強がってない?」


 不安気に、椿が詠に尋ねた。


「心配要りませんよ。確かに、御神玉が奪われたことを知ったときは喪失感に苛まれました。母の形見として、大事にしてきましたから。でも、母の形見はまだ私の中に残っています」

「ん、どういう──」

「私の霊魂術のことです。実は、母から継承したものでして」


 これには、椿も目を見開いた。てっきり、一年前の神在大祭の際に発現したものだと思っていたが、そもそも発現世代ではなかったとは、驚きだった。


 ちなみに、いとが霊魂術を発現したのは、魂宿の雲玉が奪われた際だったらしい。それほどまでに、当時の状況が悲惨だったのだろう。それから、たま宿やどりうんぎょくを取り戻し、詠が生まれたときに、玉兎盈虚が継承されたことになる。


「この力を使うときに、母を思い出せるような気がするのです。気がするだけですけどね。でも、それだけで、私は頑張ることができる」


 直後、詠が椿の方を向くと、その表情は綻んでいた。詠は真剣な話をしていたつもりなので、少し困惑する。


「……なぜ、嬉しそうなのですか?」

「さあ、なぜだろうね」


 答えを濁した後、椿は本殿の方に向かって、勢い良く走り出す。突然の行動に、今度は詠が驚く。


「ち、ちょっと待ってください!」


 そして、詠も慌てて、椿の背中を追いかけるように参道を駆けていくのだった。

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