44.孤独
薫は紫苑の体を利用して、七瀬の射線を防ぎながら、戦い始める。それは、木霊島で見た龍宮の動きを模倣するようだ。
一方、椿は想に絶え間ない斬撃を浴びせていた。二刀流による反撃不可能な連撃こそ、椿の専売特許である。それをアタッシュケースで防御する想は、足元に隙を見出したのか、腰を屈ませ、足払いを入れる。しかし、詠のようにはいかない。軸足を狙ったにも関わらず、椿の体は崩れなかったのだ。
むしろ、低姿勢になった想を頭上から刀が襲い始める。想はそれをアタッシュケースの面で受け流すように回避。更に、刀を振り下ろした手を掴み、椿を背負うように投げる。
椿の視界に映る天地が逆さになった。だが、側転をするように椿は冷静に着地。即座に剣を構え直す。想の追撃を警戒していたのだろう。ところが、想はその隙に詠に近づき、攻撃を仕掛けようとする。もちろん、これは本気で詠を殺そうとしているのではなく、椿を誘き寄せる罠である。
それがわかっていても、椿は無視することはできなかった。幸いにも、速度は椿が勝っている。想が詠に至る前に、椿の刃が道を塞ぐ。何とか想を詠に近づかせないことには成功したが、敵が詠を狙う姿勢を貫く以上、椿は詠の傍から離れられない。
ちなみに、本来、椿は戦いの中で他者を守ることはしない主義である。これは、椿の性格というより、直霊が椿に施した教育の結果だと言えるだろう。簡潔に言えば、他者の命を守ることを優先した結果、万が一にも最高戦力である椿を失うわけにはいかないのだ。つまり、誰かが椿を庇い死傷することはあっても、椿が誰かを庇い死傷することはあってはならない。それが目を覚ますかもわからない部外者であれば、尚更である。
しかし、結果的には、椿は詠を守ることに思考を集中させていた。合理性などは関係ない。それは、紛れもない椿個人の意志である。
自分の教えが良ければ、詠は勝利を掴むことができたかもしれない。事前に詰め込み過ぎてしまったのではないか。一点に絞った訓練をするべきだったのではないか。そもそも、詠を鍛えるのは自分で良かったのだろうか。
屍の処理をもっと早く完了させることはできなかったのか。最初から、詠を一人にしない判断を取るべきだったのではないか。それならば、今現在、詠が地に臥しているのは誰の責任なのだろうか。
詠を守る選択をしたことが後悔や自責の念によるものなのかは、椿にもわからなかった。ただ、純粋な気持ちが椿を動かしている。選択に正解は存在しない。存在するとしたら、選択を正解に変える力である。実際、椿にはそれほどの実力があるのだろう。なぜなら、詠を守ることに集中しながら、想を倒すことにも集中できるからだ。
ところが、詠に意識を割く場合、統合状態における完全並列思考は、想との戦闘に実質的に寄与しないことになる。弱体化というわけではないが、神成一双の強みを一つ潰してしまっていると言っても良いだろう。事実、それが椿の動きに多大ではないが確かな影響を及ぼしていた。
「……攻撃の鋭さが落ちましたね」
想の目にも、椿の変化が感じられたようだ。
「その子は、別に直霊とは無関係でしょう? そこまでして、守る理由がありますか?」
「……ないかもしれない。でも、人一人守れないようで、私は直霊を名乗れない!」
「やはり、愚鈍な集団。欲張る選択をするからこそ、何も得ぬ結末を迎えるのです」
想は椿の心を揺さぶるように、語りかける。しかし、次の瞬間、想の言葉を掻き消すように、椿の覇気が増す。
「結末は私が決める。この選択に後悔はない!」
それは魂の叫びだった。だからこそ、その声が届く者がいる。
一年前の詠の選択は間違いだったのだろうか。今まで、詠は目を逸らし続けていた。事実を覆すことができないからこそ、見るべきは過去ではなく、未来。そう信じることで、自分がしたことを忘れる言い訳を作っていたのかもしれない。
一人で抱え込むことができなかった。誰かに話すこともできなかった。だから、心の中でなかったことにするしかできなかった。ただ、未来だけを見て、突き進むことしかできなかった。
しかし今、詠の底に秘められた魂が過去と向き合う力を貸した。後ろを振り返る力を分け与えた。いや、最初から、詠にはその力があったと言うべきだろう。なかったのは、詠の覚悟だけだったのだ。
次の瞬間、気絶していたはずの詠が目を覚ます。突如として動きを再開した詠に、椿と想の目は釘付けだった。
「……なぜ!?」
想にも珍しく、動揺が見えた。それほどまでに、本来であれば生じることのない出来事であったからだ。気合や根性などで解決できるのならば、霊魂術はここまで恐れられるものではない。
つまり、詠が自力で意識を取り戻すという現象の裏には、人智を超えた力の存在がある。だが、絡繰りを考察している時間はない。詠が復活した場合、椿が想に集中できるだけでなく、人数状況が二対一になってしまう。
「詠、平気!?」
「私は何を……」
起き上がろうとする詠に椿が心配の声をかけた。その後、詠は想の姿を見つけ、現在の状況を思い出す。
「あの女……!」
詠の心は再び復讐に染め上がった。しかし、先ほどと違うのは、それを止めてくれる人がいること。想に向かって走り出す詠の手を、椿が掴む。
「椿さん!?」
「……詠があいつに何をされたのか、私は知らない。だけど、この手を離したら、詠は同じ過ちを繰り返してしまう予感がする」
ただならぬ雰囲気を感じたからこそ、椿は詠を行かせなかった。そして、椿の言葉で一度冷静さを取り戻したのか、詠は踏み出した足を引っ込める。
「椿さんの言う通りかもしれません。それでも、私は自分自身の力であの女を倒さなければ──」
「今、詠の前には私がいる」
椿が詠の言葉を遮った。
「時には、人を頼っても良い。私では力不足?」
「いえ……」
詠はこれまで孤独に戦ってきた。しかし、どれほど強かろうが、一人では当然限界がある。
「詠。一人で戦う力があっても、一人で戦う理由はないよ。深く考える必要もない。私は詠に手を貸したい。詠はどうしたい?」
「……」
想は母親の敵であるだろう。それを自分の力で倒すことで、過去を乗り越えられるとも考えられる。しかし、今現在、詠が目指すべきなのは母親の復讐などではない。詠がするべきなのは、母親が命を懸けた御神玉を守り抜くこと。それならば、選ぶ道は最初から決まっていたのかもしれない。
「……椿さん、私と一緒に戦ってくれますか?」
「もちろん」
最終的に、詠も椿の手を取った。それに対して、椿は少し微笑みながら、頼もしい返事をした。




