24.焦燥
灰音と焔が琥珀を強引に捕まえようとしているが、琥珀に手が届くことは一向になかった。琥珀が巧みに回避することで、灰音と焔はその体を捉えることができない。
「感情が直線的すぎると思いますよ」
琥珀には喋る余裕すらあるようだ。一方で、灰音と焔の動きは明らかに悪くなっていく。龍宮との戦闘で、体力はほとんど残っていないと言っても良い。
結局、琥珀に触れることすらできないまま、灰音に限界が訪れてしまった。継続的に発動していた怜悧炎魔がオーバーヒートを起こしたのである。電源が落ちるように、突如として地面に倒れ込んでしまう灰音。そして、焔が慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか、灰音さん?」
「……」
焔が声をかけるが、高熱で灰音は喋る余裕もないようだ。対する琥珀は見下ろすように、二人を眺めている。
「無理をするから、そうなるのです。では、今度こそ行きますから」
直後、琥珀はもう一人を連れて、その場から姿を消してしまった。
「琥珀ちゃん……」
絞り出すように放った灰音の言葉は、琥珀には届いていなかっただろう。その後、思考が停止するように灰音の意識も消えていくのだった。
灰音が次に目を覚ましたときは、飛行中のヘリの中だった。灰音の視界には、胸を撫で下ろす焔の姿が映っている。また、千里と七瀬もいるようだ。
「やっと目が覚めたか。灰音、今回は無茶にも程があるぞ?」
灰音は千里から耳の痛い言葉を受けた。
「それよりも聞いてください。敵の仲間に──」
言葉の途中で、灰音は千里に指で口を止められた。
「まずは自分の心配をせんか」
千里の言葉で、灰音は自分が応急処置されていることに気づく。
「……すみません、手当ありがとうございます」
「礼なら、黛に言え」
直後、千里は機体前方に顔を向ける。その視線の先、操縦席には端正な女性が乗っていた。彼女の名は黛結、現在二十二歳。狗骨と同じく、基本的に直霊本部内で活動する捜査員である。
「黛さん、ありがとうございます」
「いえいえ、灰音さんが無事で何よりです」
黛はヘリを操縦しているので、振り返ることはできないが、灰音の言葉に背中越しに返事をした。
「ちなみに、このヘリは敵を追いかけているのですよね?」
「そんな訳あるか。灰音を病院に連れていくのが先じゃ」
灰音の質問に千里が答えた。
「目前の敵をみすみす逃がすってことですか?」
「灰音、お前は少し冷静になれ。今回の作戦における最優先が神器の回収なのは間違いない。しかし、神器が壊れた今、次に優先されるのは捜査員の無事じゃ。わかるな?」
「でも、今回の敵を逃したら、また新たなる被害が……」
灰音はまだ納得していないようだ。
「それは灰音にも言えることじゃ。お前が無事に復帰すれば、今後に救うことのできる命が増えるだろう?」
「……」
灰音は黙ってしまった。その後、気まずい空気が機体内に流れる。
「あの、私はあまり良く知らないのですが、他の神器って現在どうなっているのですか?」
その空気を断ち切るためか、黛が話題を変えた。
「三種の神器という言葉は聞いたことあるか?」
「耳にしたことはあります」
七瀬が黛の質問に答え始める。
「今回で一つ増えたが、元々は三種しか報告されていなかった。まず、一つ目は『魂迎の霧鏡』、通称は『迎』。これは破壊済だ」
迎は一定時間見つめた者を強制的に精神世界に閉じ込めるという凶悪な神器である。ちなみに、この鏡に囚われてしまった人を救うために、鏡自体を破壊した結果、神器に込められた感情が爆発するという悲劇が起きてしまったらしい。
「二つ目は『魂鎮の霜刃』、通称は『鎮』。これも実質的に破壊済と言っても良いだろう」
「実質的とは、どういう意味ですか?」
「……鎮は海の底に消えている」
もちろん、懸命な捜索は実施されたが、見つからなかったので、鎮は消滅判定を下されているということである。
「何があったのですか?」
「……また今度、詳しく話す。最後に『魂宿の雲玉』、通称は『宿』。今となっては、現物が残っている唯一の神器だ」
「その宿という神器は直霊で保管されているのですよね?」
黛の質問に対して、七瀬は首を横に振った。
「とある神社に置いてある」
「え、それって安全なのですか?」
「もちろん、直霊も神社から回収しようとしたが、神社側の熱意に折れたらしい。正直、宿は他の神器と比べて、別に危険なものでもないからな」
悪用されても、たかが知れているため、直霊も諦めたということである。
「宿はどういった神器なのですか?」
「見た目は水晶玉で、触れている人物に真実を語らせるという力を持っている」
宿に触れている間は、質問に対して噓も沈黙も禁じられてしまうということである。
「なるほど。確かに直接的な危険性はないですね。便利そうではありますけど」
「有用性は高い神器だな。ちなみに、宿を諦めることにしたのは、黛が直霊に入ったのが一番大きい気がするけどな」
「え?」
黛は少し驚いた様子を見せた。しかし、即座に納得したようである。
「確かに言われてみれば、私とやっていることはあまり変わりませんね」
「だろう?」
その後、灰音たちを乗せたヘリは、木霊島が見えなくなるほどに離れていった。
魂刻の雷弓という危険な神器はこの世から消え去った。ところが、それは生贄のように一人の女性を一緒に連れていってしまったようである。しかし、最終的に人を不幸にしてしまうことは全ての神器に言えるのかもしれない。神器の親である朱盃雨水の悲劇から連鎖するように。
一方、海上を運行する客船では、想がいる操舵室を訪れる薫の姿があった。
「想、ご飯持ってきたよ」
「ありがとうございます。ちなみに、追手は大丈夫そうですか?」
「うん、海も空も来ているのは見えないよ」
薫は想のために持ってきた食事を机に置いた後、想の隣に座った。
「どうかしましたか?」
「一人で暇かなと思ってさ」
「大丈夫です。薫さんは部屋で休んでいた方が良いと思いますよ」
休むべきなのは想の方だという言葉は、薫の胸の内に留められた。
「……ごめんね」
薫は呟いた。
「何か言いましたか?」
「ううん、想はもう少しゆっくり生きても良いのになって思っただけ」
「……そうですね。確かに私は焦り過ぎているような気もします」
薫の言葉に想も頷いた。
「でしょ? 帰ったら、一休みしようよ」
「……しかし、私は様々な思いを背負っているつもりです。その重圧感から、私は早く解放されたいのかもしれません」
想は珍しく、弱音を吐いた。
「それって、お母さんのこと?」
「はい」
「……」
薫は何を言えば良いのか、わからなかった。
「そういえば、港の方には伊蝶たちが向かってくれるってさ。張られていないか、確認するために」
結局、薫は話題を変えることにした。
「それは助かります。一応、ルートを外していますが、何せ船が目立ちますからね」
想は少し笑みを零した。それを見て、薫も表情を崩す。そして、彼女たちも木霊島を後にしていくのだった。




