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2.現場

 二人を乗せた車が、着々と事件の現場に近づいていくにつれて、焔が抱える不安も徐々に増していくように見えた。まさか初日に出動するとは、焔も想定外だったのだろう。


「あ、あの…」


 恐る恐る焔が口を開いた。


「ん、どうしたの?」

「私、戦うための武器とか持ってきていないのですけど…」

「あぁ、必要ないよ。別に必ずしも戦闘になるわけじゃないし。というか、そもそも直霊は基本的に武器の携帯は許可されてないし。」


 灰音から出てきた予想外の返答に、焔はまた驚いた表情を見せた。


「え、警察は銃とか持っていますけど、直霊は違うのですか?」

「うん、直霊と警察はどちらも国家の下の治安維持組織だけど、直霊が術者で構成されるのに対して、警察は非術者で構成されるからね。政府的には、直霊と警察のパワーバランスを保ちたいのだと思うよ。何事も力が集中しすぎるのは良くないことだからね。」


 直霊は警察と違い、設立されてからそこまで年数の立っていない新しい組織である。いざという時のために、警察が直霊を抑制する必要があるのだろう。


「あの、直霊と警察って、もしかして仲悪いのですか?」

「いや?むしろ仲良いね。元々の直霊の役割って対術者特化の特殊部隊みたいな感じだけど、最近はこうして普通の事件、つまり警察の仕事にも協力しているよ。逆に、直霊は術者しかいない代わりに絶対数が少ないから、人数がいるときは警察に協力してもらうみたいな。」


 焔の疑問はもっともである。一般的に、非術者は術者のことをあまり良く思っていない。実際、警察にも直霊の人間を信頼していないものは少なくないだろう。精神に干渉できる術なんて、怖いに決まっている。しかし、通常の事件捜査でも、その術が有用なのは言うまでもない。警察も利用できるなら、利用したいということだ。


 しばらくすると、車外からサイレンの音がうっすらと聞こえてきた。現場が近づいてきたという証拠である。


「そろそろ着くよ。心の準備はできたかな?」

「あまり…」

「そこまで不安がることはないよ。私たちには霊魂術という武器があるからね。それに、術者は強力な魂を持っているから、そもそも普通の人とは積んでいるエンジンが違うのさ。」




 現場に到着して、車から降りると、一つの民家を囲うように配置された警察が目に入った。しかし、動きは一向にない。それでいて、独特の緊張感が漂っているように感じられる。


「どうも、灰音です。こちらは新人の焔。」


 近くの若い男性警官に灰音が話しかけた。いかにも正義感に満ち溢れた人物に見える。


「お久しぶりです、灰音さん。焔さんは初めまして。警視庁捜査一課の橘と申します。よろしくお願いします。」

「初めまして。本日から直霊に所属しました、熾火焔です。よろしくお願いします。」


 焔の声からは、車内のときよりも緊張が伝わってくる。初めての現場、しかもまさに事件が起きている最中で、むしろ冷静である方がおかしいだろう。


「それじゃ橘くん、状況を詳しく教えてくれる?立て籠もりとは聞いているけど。」

「はい、中の犯人は単独犯ですが、人質を一人取っています。経緯としては、民家に強盗が入り、セキュリティシステムによって、即座に警察が現着。犯人は民家内にいた住人を人質にして、逃亡を要求しているって感じです。今は周囲の避難が終わったところですね。」


 橘の報告は淡々としていた。


「あの、犯人って男性ですか?」


 焔が橘に尋ねた。霊魂術は女性にしか発現しない。相手の性別は術者であるかを見極める第一歩である。


「はい、犯人は男性です。」

「ありがとうございます。」


 橘の返答に、焔は少し安堵した表情を見せた。ひとまず術者を相手にする必要は無くなったということだ。


「ちなみに、人質の性別は?」

「女性です。高校生とも聞いています。」


 この橘の報告に対して、灰音は少し困った表情を浮かべた。最悪のパターンを想定する必要が生まれてしまったのだ。


「あの、人質の性別って何か関係あるのですか?」


 灰音がした質問に、焔は疑問を抱いているようだ。当然だろう。人質が術者だろうが、別に関係ないと考えるのが普通である。


「基本的にはないね。」


 灰音は正直に答えた。そう、基本的にはないのだ。


「これが終わったら、詳しく話すよ。」

「そうですか…」


 焔はまだ納得していないが、のんびりと話している時間がないことも当然理解しているようだ。


「灰音さん。警察は現在、犯人を刺激しないように説得を続けていますが、今のところ犯人は逃走用の車を用意しろと一点張りの状態です。」

「まぁ、そうなるよね。」


 警察の立て籠もり事件に対する対応は、説得が基本である。それゆえに、事件は長期戦になることが多い。しかし、硬直状態が長引けば長引くほど、人質への精神的ストレスは当然増えていく。


「よし、中に入ろうか。」

「え?」


 灰音の言葉に、他の二人は目を見開いた。


「灰音さん、最悪の展開は犯人を刺激してしまうことで、人質の命が脅かされることです。突入は危険すぎると思います。」


 橘の言うことは正しい。だが、最悪を避ける選択肢が正しいとは限らないのだ。


「橘くん、それは警察の考えだろ?直霊の方針は、常に最善を目指すことだ。この状況で求められるのは、一刻も早く人質を救出し、犯人を取り押さえることだよ。」

「リスクは省みないということですか?」

「そのリスクを限りなく小さくするのが、直霊の仕事だよ。」


 強大な力を持つ人間に求められる成果の質が高くなるのは、当然と言えるだろう。術者はできることが多いゆえに、やらなければならないことも多い。それが、直霊が多忙な理由でもある。


「相変わらず凄い自信ですね、灰音さんは。」

「自信のないヒーローは格好つかないだろ?」


 橘は小さく溜息をついた。


「…わかりました。灰音さんたちにお任せします。私たち警察は何をすれば良いですか?」

「家の周りで待機していて良いよ。中に入るのは私と焔だけで十分。」

「え?」


 焔の肩が一瞬跳ねた。


「私たちだけで突入するのですか?」

「うん、大人数でいっても犯人を余計に刺激するだけだからね。」

「それは、そうなのですけど…」


 新人研修にしては荷が重い。灰音もそんなことは重々承知している。だが、ゆっくりと新人を育てる時間は直霊の捜査員にはない。切羽詰まった状況でこそ、人は成長することができるのだ。

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