13.客船
迫るオークションの開催日。その前日の朝に、灰音たちはとある港に来ていた。目の前に広がる穏やかな海の上には、巨大な客船が泊っている。
「この船で向かうのですか? やたらと豪華に見えますけど」
焔が七瀬に尋ねた。
「ああ、オークションに参加する人を纏めて乗せて、会場まで向かうらしい」
今回のオークション会場は絶海の孤島である。その名は木霊島。わざわざ僻地で開催するのは、警護の観点なのだろうか。確かに周囲が海であれば、商品を持ち逃げされる心配は基本的にないだろう。
「これって一応、闇オークションですよね? あまりにも堂々としていませんか?」
焔の言う通り、船の主張が激しいことは事実である。
「いや、表向きには普通のオークションであるらしい。一部が闇商品というだけでな。参加チケットを取るのも、そこまで難しくなかった」
「な、なるほど」
だが、普通の商品はカモフラージュという側面が強いだろう。正直、オークションに参加する人々の大半は闇商品を狙っていると考えても良い。
「確か、闇商品とキーワードを対応させているのですよね。例えば、薬物だったら雪みたいな」
灰音が口を挟んだ。
「簡単に言えば、隠語だな。その例だと、オークションでは雪景色の絵画などの商品として進行するが、落札すると受け取ることができるのは薬物になる」
つまり、普通の客視点では、通常のオークションと変わらないということだ。そして、闇商品と対応するキーワードが裏で流通することで、裏社会の人々にはオークションの真実が見える状態になる。
「思っていたより、闇が深そうなオークションですね……」
「そうだな。しかし、今回はオークション自体の摘発をするわけではない。神器を持ち帰ることができれば、それで良い」
違法物取引の取締については、そもそも直霊の仕事でもないだろう。
「結局、強引に奪うのですよね?」
「ああ、当然だ」
闇オークションに金を渡すわけにもいかないので、落札する選択肢はないということである。そもそも、落札できる金があるわけでもないのだが。
「じゃあ、今回も戦闘ですね。この武器、使うのは結構久しぶりかも」
灰音の背中には、身長と大差ない寸法の斧が見える。その大きさからして、両手斧であることがわかるだろう。
「確か、天老から許可があると、武器の所持ができるのですよね?」
「うん。特別認可捜査員、略して『特認』という制度だね」
ちなみに、特認は現在、灰音を含めて四人しかいない。もちろん、特認だからといって、常に武器を携帯しているわけではなく、椿が例外なだけである。
「特認という響き、何か格好良いですね!」
焔は目を輝かせているようだ。確かに本来なら、特認は直霊の戦闘特化集団を意味し、憧れの存在と言っても良いのかもしれないが、実際は癖が強い人たちの集まり程度にしか皆には思われていないだろう。だが、過度に期待されても困るので、扱いに不満があるわけでもない。
「ところで、七瀬さん。もう一人はいつ来るのですか?」
「……後から合流するとだけ聞いている」
「え?」
灰音と焔は呆然としている。
「そんな適当なことありますか?」
「まあ、うん。あいつは自由人だからな」
七瀬の一言で、灰音が溜息を零した。
「……今の言葉で、誰が来るか、わかりました」
「実力は確かなのだけどな……」
七瀬も珍しく呆れ顔をしている。もちろん、焔には誰のことかわかっていない。
「ちなみに、後から合流するってどうするのでしょうか?」
焔の言う通りである。オークションの開催期間、木霊島への船はこの豪華客船以外、出ないはずなのだ。
「まあ、方法は幾らでもあるだろう」
「ひとまず、三人で行きましょう。あの人も、どこかで顔を見せると思いますし」
「そうだな」
その後、灰音たちは豪華客船へと乗り込んだ。出航まで、もう間もなくといったところだろうか。船内は既に人で溢れている。
人混みに揉まれながら、灰音たちは客室がある階層まで辿り着いた。そして、入室後、三人の作戦会議が始まる。
「今回だが、私は骨董品鑑定士という設定で行こうと思う。既に、偽の名刺も準備している。灰音と焔は私の弟子ということにしよう」
「良いですね。実際、七瀬さんって鑑定できますよね?」
「ある程度なら可能だな」
骨董品鑑定士という肩書が、オークションの商品に近づく理由になるだろう。しかも、七瀬は実際に鑑定ができるので、証明する手段もあるということだ。
「本日はご乗船いただきありがとうございます。本船は木霊島行き、到着は明日の午前九時を予定しております。それでは、まもなく出航となります。今しばらくお待ちください」
会話の途中で、船の全体アナウンスが流れてきた。数分後、定刻に船は無事に出航した。木霊島に向けた短い旅が始まったのだ。
灰音たちが部屋で会話を続けている頃、別の客室では、何かの機械を持ちながら部屋の中を物色する女性の姿があった。
「想、何しているの?」
「薫さん、少し静かにしていてください」
その後、想は部屋の中から小型な機械を発見すると、そのまま窓から海に投げ捨てた。
「え、何捨てたの?」
「盗聴器です」
「盗聴器!?」
薫の目が見開いた。
「何でそんなものが……」
「薫さん、このオークションが船で丸々一日もかかるような島で開催されるのは、なぜだと思いますか?」
盗聴器の反応が消えたことを確認しながら、想が薫に尋ねた。薫は手を顎に当てて、少し悩む素振りを見せる。
「普通に、盗人が侵入するルートを絞るためとか? 帰りの逃走ルートも絞られるし」
「確かにそうです。しかし、私は他の狙いもあるのではないかと考えました」
「他の狙い?」
薫は首を傾げた。
「異分子にマーキングするための時間を作るためです」
「異分子って、私たちみたいに商品を奪おうとする人たちのことだよね?」
他にも、オークション自体を妨害しようとする者、例えば覆面警察なども異分子に該当するだろう。
「はい。つまり、客室の盗聴器や船内の監視カメラによって、怪しい人物に予め目を付けておくということです」
想の言葉で、薫も納得した表情に変化する。
「なるほどね。それで、怪しい奴らは入島拒否するってことか」
「拒否までされるかはわかりませんが、島では非常に注視されることになるでしょう」
要するに、選定期間のようなものを設けているのではないかと、想は推測しているのだろう。
「でも、雫たちの部屋にも盗聴器があるってことだよね。そっちは大丈夫なの?」
「雫さんたちには、合図があるまで口頭で会話しないように言ってありますので、問題ありません」
現在、雫たちとは別行動であるようだ。
「ということで、次はオークション関係者を探しに行きましょう」
「オークション関係者って船員のこと?」
想は首を横に振った。
「おそらく、客船の乗務員は大した情報を持っていないでしょう。なぜなら、オークション関係者がその辺を歩いていたら、捕まえて商品の保管場所などを聞き出す輩がいるはずですから」
「確かに、最初に思い付くことだね」
盗聴器を仕掛けるという慎重さを見せておいて、情報を無防備に歩かせることはないだろう。
「でも、盗聴器を仕掛けているってことは、どこかで聞いている奴がいるってことだよね?」
「はい。そして、発見した怪しい人物を尾行するなどして、詳しく観察することが必要ですので、監視員は船内に乗っている可能性が高いと思います」
そもそも、客船外から盗聴器の音声を確認するには、有効距離が足りないとも考えられる。
「じゃあ、船内に隠れているってことか。目星は付いているの?」
「おそらく、監視員は客として船に乗っていると思います。紛れるのには最適ですので」
「なるほどね。ちなみに、見分け方は?」
直後、想は手に持っている機械を薫に見せた。
「それって盗聴器発見機? まさか、それで監視員を見つけるつもり?」
「もちろんです」
想は自信満々であるようだ。




