次の階層
ここは角笛の迷宮。
3人はこれまで未発見だった新しい階層を見つけることができた。
ひとまず梯子を下り、改めて作戦を練る。
「この新階層は中4階と名付けようと思う」
楽しげに地図へ新しい入口を書き込みながら、迷宮伯嫡子オウドは提案した。
コクコクと頷く妹の水魔法使いドルミーナと、上級斥候のレニ。
それぞれ今までになかった発見に、胸を高鳴らせている。
「未発見の階層だと、どんな魔物がいるかわからない。探索する前にセーフポイントを確保しておこう」
「わかりましたわ! お兄様」
ドルミーナは杖を使い、中5階の出入り口近くに魔法陣を書き出した。
そして懐から小さな魔石のかけらを取り出すと、要所要所に埋め込んでいく。
「魔よ退け……安全結界!」
彼女が張ったのは、西大公の結婚式でも使われていた平和結界の一種だ。
簡易版なので、魔石のかけらが消耗するまでしか効果は続かない。
たとえば進んだ先に危険な魔物がいて撤退したとする。
その退路にも魔物がいたら全滅の危機だ。
そういう場合にセーフポイントとして結界を張り、魔物の侵入を防いでおくのはとても大事なことなのだ。
オウドは手のひらほどの長さの蝋燭に火を灯し、風覆いの中に据え付けた。
蝋燭が燃え尽きるぐらいの時間、結界が持続するよう魔石の量を調整している。
蝋燭の長さを探索時間の目安とするのである。
「よし、進むとしよう」
「はい」
「おう」
準備を整え、3人は再び中4階への縄梯子を登って行った。
― ― ― ― ―
中4階の入口は家一軒ほどの広さの岩場の洞窟になっている。
広場の半ばを水場が占め、岸壁から水が湧き出しては小さな滝のように水場に注いでいた。
洞窟にはいくつかの大岩が転がっており、水場の流れに沿うように奥へ通路が広がっているようだ。
あたりは迷宮コケの光でほの明るく照らされており、松明がなくても視界は十分だった。
3人は広場に入る前に慎重に入口を見渡した。
あたりには危険な魔物の姿はなく、角笛迷宮の風音が低く響き渡る中、
湧き出す水の流れる音と、ときおりカサカサと這い回る迷宮甲蟲の音がするだけだった。
とはいえ、危険がないとは限らない。
(擬態の得意な魔物もいるし、水場に何かひそんでいるかもしれない)
オウドは帝都で学んだ魔物の生態を思い出しつつ、危険が潜んでいそうな場所へ目を配っていた。
(お兄様が警戒してらっしゃるから、様子を見ましょう)
ドルミーナはそんな兄を信頼して黙って控えている。
二人の様子を見て、レニは少し焦っていた。
新しい探索先を見つけてワクワクしていたのに、前に進まず観察しているだけなのは性に合わない。
(未探索の場所が危険なのはわかるけどさ、このままじっとしてても……)
レニはオウドに手振りで「先に行く」と伝えた。
(未探索の場所に真っ先に踏み込んで危険を見つけるのが斥候の仕事。
そして俺は上級斥候だ)
それを見たオウドの目に一瞬迷いが浮かんだが、すぐにレニを見据えて頷いた。
広場に入ったレニは熟練の斥候らしく岩陰や水場など、魔物の潜みそうな場所に注意を払いつつ進んでいく。
カサカサと這い回る迷宮甲蟲が水場へと近づいて行った。
パシャッ……
水音と同時に、水場から甲殻類らしきハサミが飛び出し、甲蟲を引きずり込んでいった。
「!!」
カニかエビの魔物だろうか。
レニが警戒しながら水場に近づく。
すると、彼女の背後にあった岩がゆっくりと震え始めた。
「危ない! 風よ我が背を押したまえ……加速!」
オウドが叫んだと同時に、岩が大口を開けてレニを飲み込もうとした。
「なっ!?」
魔物の口が迫るその瞬間、風魔法で加速したオウドがレニを抱き寄せ、引き戻した。
ガキン!!!!
レニのいた場所に空振りした岩の口が激突。
魔物の目が朱く光った。
(これは迷宮岩ガエルだ)
オウドは魔物の正体を見抜いた。
大きな牛ほどもある岩のような肌に、巨大で強力なアゴを持つ。
普段は岩に擬態して動かないが、獲物が近づくと一飲みにして締め上げ殺してしまう。
岩の肌には剣が通じず、中級冒険者でも危険なため上級魔物として登録されている。
角笛の迷宮では十階層より深い下層に出現する魔物だ。
(さて、どうするか……)
オウドが作戦を考えていると、弱々しい声がした。
「あ、あの……離して……ッス」
気が付くと、オウドに抱きしめられたレニが顔を真っ赤にしてじたばたしていた。
もともと背が低いせいもあり、子供のように軽々と抱き上げられて困っているようだ。
「あ、ごめん」
「……助かったッス」
レニを降ろすと、迷宮岩ガエルがのそりと近づいてくる。
動きは緩慢に見えるが、攻撃の時だけ素早くなるため油断はできない。
(セーフポイントはカエルの向こうだし、水場にも別の魔物がいそうだな)
カエルからレニを救った際、妹のいる出入り口とは逆方向に追い込まれてしまった。
戦うしかない。
オウドは水場や大岩から距離を取りつつ剣を抜いた。
レニも短剣を抜く。
「けど、こいつは鈍器系じゃないと効かねえッスけど」
「うん、その通り。あの岩肌は大抵の斬撃や魔法を防ぐ……っ! 風よ我らが背を押したまえ……加速!」
オウドの返事と同時に、迷宮岩ガエルが両手で押し潰そうと迫ってきた。
一抱えもある岩が高速で迫ってくるため、ぶつかればタダでは済まない。
風魔法で二人の動きを加速し、ギリギリで回避する。
「レニさん。迷宮岩ガエルのアゴの下、最大に口を開けた時だけ岩がずれて地肌が見えるんだ。そこを刺す」
「あ、そんな弱点があったんスね。今まで鈍器系で叩き潰すしかないと」
「そっちの方が安全だよ。だって食われかけないと刺せない」
「えっ」
「レニさんは攻撃を見て避けてね」
オウドはそう言って、カエルの背後にいる妹ドルミーナへと手で合図した。
「氷槌!」
ドルミーナの放った氷塊がカエルの背中に叩きつけられ、砕け散った。




