追放劇
西大公家の宮殿は結婚式に駆け付けた大勢の近隣貴族とその応接に忙しい家臣たちの喧騒に満ちている。
武芸や作詩、舞踏などの会がいくつも開かれ、豪華な食事と酒が振舞われていた。
その喧噪をよそにして、宮殿の一角にある公爵の私室は静けさに支配されている。
広い窓から差し込む夕日が豪華な絨毯の上に長い影を映す。
それはまるで、帝国西部に覇を唱える大貴族の栄光に容赦ない影を差しているようだった。
公爵は彼の地位と権勢を主張するかのように、全身を輸入品の最高級絹で包んでいる。
深い青で縁取られた白いスーツに守護獣である白虎の家紋を金糸で縫いこみ、つややかな純白の毛皮のマントを羽織っていた。
その公爵たちの周りにもそれぞれに贅を尽くした服を着た親族たちが傍を固めている。
「迷宮伯嫡子殿、諫言痛み入る。また余の家臣の慢心に不手際。謝っても足りないが、当主としてお詫び申し上げる」
開口一番。西大公は一礼とともに、オウドに謝罪した。
平伏や最敬礼ではないが、挨拶の礼よりは深く頭を下げる公爵。
大貴族にとって領地を継いだわけでもない嫡子に対しては最大限の敬意だろう。
「おお、帝国の柱石にて守護者、賢明にて武勇名高き西の大公爵殿下に頭を下げられては、
この若輩者は恐縮のあまり狼狽えるばかり。どうかお気になさらず」
これまた一礼しつつ、芝居かかった台詞で回答する迷宮伯家の若君オウド。
頭の高さを公爵に揃えて少しだけ追加で下げる。
「では許していただけるか」
「許すも何も私ごときが怒るなどということはございません……しかし、帝国直参である伯爵諸賢はお怒りかと」
オウドの言葉に公爵が頭を上げ、アゴに手を当てて唸る。
「ううむ、そうであろうな。まったく。この結婚式の成功は我が家の最優先課題であり、客人への対応は粗略のないようと言い聞かせておったのに……」
そこに道化師メイドがウサミミを揺らしてまぜっかえす。
「キャハハ、ボクちゃんはきちんと言ったから悪くない。子供と同じ言い訳」
ピシッ……と親族らに緊張が走るが、すぐに取り繕う。
効果はあるけど、よくやるな、とオウドは思った。
道化師を置いているところは多くはない。普通は言いたい放題言われた貴族側がキレて殺してしまうからだ。
ただ、こう言われてしまうと礼儀として否定しなければならない。
オウドは礼儀をつくして公爵を弁護する。
「いや、そんなことはございません。殿下のお心はきちんと理解しております」
「構わん。こやつの言うとおりだ。部下が至らぬのは主君の不徳。直参諸侯にもお詫びせねばなるまい」
ため息をつく公爵。
そこに公爵親族の列から一人の姫が進み出た。三姫のアメルニアーナ、オウドにとってのアミリ先輩だ。
「お父様!!誠に申し訳ございません!!私が無理を言って招待客や名簿を乱したせいでこのようなことに……」
うう……とほおを涙で濡らして崩れ落ち、父大公の膝に縋りつくように言い募る。
「どうかこの愚か者を勘当ください!そうすれば西方の直参伯爵さま方のお怒りも解けることでしょう!」
「おお、余の可愛いアメルニアーナ。そこまで思い詰めておったとは……」
突然の展開にオウドは焦って口をはさんだ。
「そんな!姫の責任ではないですし、直参伯爵さま方もそのようなことは求めておりませんよ!」
「しかし、私にはこれしか考えつかないのです。どうか勘当の上追放することをお許しに……」
「ああ、なんということだ……一体余はどうすれば」
そこにひと際背が高い、純白の武人服をまとった若い女性が口をはさんだ。
服の上からでも鍛錬を極めた体格が見て取れ、吊り下げているレイピアが飾りではないと一目でわかる風格だ。
その彼女の手には小さなガラス瓶、ポンポンと手の上ではずんでいる。
「父上。それ、ウソ泣き。アメ、この目薬の瓶はなんだ?」
「……チッ、相変わらずの大姉。目ざとい」
大姉たる公爵嫡女に問い詰められ、アメルニアーナはふてくされたように吐き捨てた。
「えー……」
「その……アメルニアーナちゃん?」
オウドと公爵は男二人わたわたしている。
「ふん。証拠隠滅ぐらいちゃんとやれ。どうせ、勘当されれば政略結婚しなくていいやとか思ってるんだろ。だったら私みたいにさっさと学園で婿見つけろって言われただろが」
この西大公嫡女、学園一の魔法の大天才と呼ばれた男子生徒に一目ぼれし、ひたすら口説き続けていた。
その男子生徒をめぐって南大公の娘と恋敵となり、面白がった北大公派や東大公派が煽りに煽っため学園を二つに割る大抗争に発展。
最終的に学園の武術大会決勝でさんざんに南大公の娘を叩きのめして告白権を勝ち取った。そして全力で口説き落として婚約にこぎつけたのだ。
結果、未だにこれらは学園内で伝説の語り草となっている。
当然その件は西大公と南大公との間の戦争に発展。彼女の指揮と婚約者の大魔法の組み合わせで完全勝利してきたところでもある。
これら戦争と横恋慕の後始末やら和平交渉やらで公爵は極めて忙しかったが、これらのケリをつけるためにも結婚式の成功が絶対に必要だった。
で、その自分で婿を探さなかった三姫のアメルニアーナが言い訳する。
「だって学園は財産目当ての男しかいないし……」
「そこの迷宮伯嫡子どのはどうなんだ」
「え……そ、それは」
そういってオウドの方に視線をやる大姉の声に、ちょっとした期待を込めてちらっとオウドのほうを振り向くアメルニアーナ。
しかしオウドはビシッと公爵嫡女に向き直り、一礼して言上する。
「はい!尊敬する先輩とは学問を同じくする先輩と後輩として、大変厳しくご指導いただいており!」
「……そ、そう知ってたし。先輩と後輩はやましくないし……」
アメルニアーナはなぜか不満そうにつぶやいている。
「そうか、なぜここまでしていただけるのかと思えば、学友殿であったか、我が娘を思ってあえての諫言ありがたい、でどうすべきであろうか」
「はい、でまずは独立派……直参伯爵さま方のところへ」
「うむ……あとアメルニアーナちゃんはあとで父と話があるから待っておくように。よいな?」
公爵が口調にそぐわない真剣な顔でアメルニアーナに告げる。
「は、はひ」
大説教を予想してアメルニアーナは震え上がっていた。




