人の気持ち
留守番若君のオウドは昔を思い出す。
「母さん、なんで昔の英雄や豪傑たちはやりすぎて裏切りとか仲間割れとかしてしまうの?」
オウドの母は冒険者あがりである。領主や貴族のことはあまりわからない。
なので、残機である息子を育てるにあたり自分では無理だと判断。
世界中の英雄や豪傑、魔王、ハーンなどの伝説を収録した、世界名作児童伝説全集を買って息子に与えた。
帝都で自動筆記ゴーレムが1部ずつ丁寧に書き写す絵入りの高価な本だ。
英雄豪傑の活躍はどれも伝説的で、オウドは楽しく読み進める。
しかし、どの英雄も豪傑も、ひとたび成功して大勢力を築き上げると慢心し、
部下の裏切りや内輪もめ、逆に部下を粛正するなどして自滅していくのだ……。
これが領主としての見本なのだろうか。前半部分の成り上がりはとてもワクワクするのに、
最後まで読むとオウドはいつも悲しい気持ちになるのだった。
それを聞いた母の迷宮伯はこともなげに言う。
「だって一度も失敗しない英雄が居たらいまごろ全種族統一してるだろ」
「なるほど」
しかしオウドが聞きたいのはそこではない。なぜ失敗するかだ。
「ああ、なるほど……アタシはバカだからわからないんだけどね。なんか頭がいいとバカを見下すんだよ」
「頭がいいのに?」
「ああ。で強ければ弱いのを見下す。金持ちなら貧乏人を見下す。そして相手の気持ちを考えなくなる。
『話す子ら』……人間とか洞人とか森人とか小人とか竜人とか全種族はみんなそうだ」
「母さんも?」
というと母は歯を見せて笑う。
「キキキ……そうだね。でもアタシは最強だけどバカで貧乏だからね。うちの家臣はだいたいバカか貧乏だから気持ちがよくわかるよ」
「なるほど」
母の言うことは何となく理解できた。
だけどそれじゃあこのワクワクする英雄たちになれないじゃないか。
オウドは自分なりに考えて、常に相手の気持ちになって考えたらいいんじゃないかと思った。
子供時代はそのために人の観察ばっかりしていた。そして日記をひたすらマメにつける。人々の考えにはその人々の背景や事情があることがわかった。
ただ相手の気持ちを読みすぎても人と交流しづらくなってしまう。
一時期は人の気持ちを考えるのが怖くなり、引っ込み思案の人見知りになってしまったこともあった。
昔の英雄や豪傑たちの冒険は好きだったので、留学で彼らを称える演劇を身に着けた。そうすると考えるより早く身体がカッコイイ行動をしてくれるので考えすぎの防止になっている。
常に相手の気持ちを考えるのは危険だが、必要な時はやる。
もちろん思考を魔法で盗んでいるわけではないので、正確に気持ちを考えるには正確な情報が必要だ。
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というわけで、やっと西大公家の内情を聞き出せたオウドです。
うーん。
先輩ヘコんでるな。
実家の対応がここまでグダグダで、しかもボクの招待状が無茶苦茶だったのも自分のせいだと思ってる。
「その……後輩。ごめ」
謝りかけた先輩を止める。確認しなきゃ。
「アミリ先輩は結婚式成功してほしい?実は家族とうまくいってないとかある?」
「へ?いや、ないぞ。家族はみんな優しいし……嫡女たる大姉様は好きだし強いし立派な後継者になってほしい」
「だったら忌憚なく言っていい?」
「う、うん」
身を固くして覚悟するアミリ先輩。
ひどく文句を言われるだろうと思ってるだろう。
そこにアミリ先輩付きのメイドたちが立ちはだかる。
「ダメです、家格をお考え下さい。我らが姫君に何を」
「私の大事な後輩だ!下がってろ!」
「……はっ」
アミリが一喝してメイドたちを下がらせる。
「確認だけど、公爵殿下や執事さん、一般の騎士たちはひたすら結婚式の成功に力を尽くしていて、招待客に最上級の接待をして気持ちよく祝ってもらおうとしている」
「うん」
「だから将軍や書記官長が招待客を増やすのはいいんだ。
でもどうみても独立派貴族たちへの待遇がおかしいし、しかも自派閥を増やそうと従属を強要したりする」
「うん……」
「さらに公爵家が強大で豊かだから、貧乏で弱小な貴族たちを見下して当然だと思ってて、さらに独立派の扱いが雑になる」
「うん……」
なんか先輩がどんどんヘコんでいる。
「だからウチが悪いからゴメンって……」
「そうじゃないんだ!これじゃあアミリ先輩の大事なお姉さんの結婚式が成功しないじゃないか!」
「え?」
「独立派のみんなは気持ちよく祝うどころか、誇りを傷つけられたって戦争も考えてるんだよ!?それはなんとか抑えたとしても!」
「……」
「家臣たちが好き勝手動いて事務方が追い付いてないし、強くて裕福だからって心に油断がある。これで何かすごい失敗が起きたらせっかくの一生の思い出が台無しじゃないか!それじゃあ先輩も悲しいよね?!」
「あ、ありがとう……」
アミリ先輩は結婚式の失敗を考えたのか、軽く涙ぐんでいた。
そういうと隅に立っているメイドが嘲るように吐き捨てた。
「愚かな、公爵家は強くて裕福で賢人英雄ばかりだから失敗などするわけがない」
「黙ってろ!」
怒り出すアミリ先輩。
そこに年配の長と思しきメイドが進み出て耳打ちする。
「姫、その子は道化師メイドです……お抑えを」
「んあ、道化師ってことは本音は逆で……あ、うん。そうか……」
道化師は身分差で直接諫言できない貴族に皮肉や本音の逆の暴言を浴びせて考えさせる役職だ。
派手な化粧をし、ウサギ耳の飾りなどつけていれば何を言っても処刑されない特権がある。
つまり……大失敗しそうだとメイドたちも思ってるってこと。
頭を抱えるアミリ先輩。
沈んだ声でメイド長に問いかける。
「まずいよな、これ……どうすればいい?」
「ただのメイドにはわかりかねます。まずはお父上……公爵殿下に一刻も早くお伝えすべきかと」
「わかった」
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「迷宮伯嫡子殿、諫言痛み入る。また余の家臣の慢心に不手際。謝っても足りないが、当主としてお詫び申し上げる」
開口一番。西大公は一礼とともに、オウドに謝罪した。




