先輩と舞踏会
「……ここにいたか後輩」
「アミリ先輩?!」
舞踏会場で話しかけてきたのは魔法学園で同ゼミのアミリ先輩だった。
「むぅ、ずいぶん前に到着したと聞いてたのに。
オウド君は舞踏会にもでないで何してたんだ」
なぜか不満そうに口を膨らませると、困ったような半開きの眼で問い詰めてくる。
「色々ありまして……ってアミリ先輩こそ学園は?」
「姉の結婚式だから特別休暇を貰った」
「なるほど。……って姉?」
西大公の縁者としか聞いてなかったんだけど?
それってつまり。
「ククク、アミリ・フォン・ヴィン先輩とは世を忍ぶ仮の姿」
先輩は楽しそうに口を片側つりあげると、両手でドレスのスカートの裾をつかんで軽く一礼する。
「白虎の守護せし公爵家が三女。アメルニアーナ・フォン・シュトライフクリーガーにございます。お気楽にアミリ先輩様とお呼びください」
「えー……」
公爵家の三女!びっくりしたし、いつもと違うドレス姿の先輩にもどきっとしたけど、紹介を返さないと。
ちょっと慌ててお辞儀を返す。
「角笛の迷宮を制覇せしグリムホルン迷宮伯家嫡男、オウドリヒト・フォン・グリムホルンでございます。オウドとお呼びください」
なるほど、やっぱり偽名だったのか。公爵家の三女となれば政略結婚狙いの口説きがさらに悪化しただろうし。
「……驚いただろ後輩。その顔を見たかった」
「それはもう驚きましたよアミリ……アメル殿でなくていいんですか?」
愛称もちょっと違う。これぐらいの差なら執事さんも気を利かせてくれたっていいのに。
「ククク……後輩だけ特別にアミリ先輩様と呼んでよい」
「ありがとうございます」
お辞儀するボクを見て、先輩はドレスと同じ青色に統一された扇子を口元に広げ、満足そうにニヤニヤと笑っている。
「で、何の御用でしょうか」
「御用って……何か私に言うことはないのか?」
というとアミリ先輩は扇子を持った手でドレスのスカートをつかんでひらひらとさせる。
スカートは十分に長いので何かがみえたりはしない。
ただ上半身の優美な盛り上がりと締まった腰つきが絞りをいれた青い絹布のドレスに包まれて目の保養というか毒というか。
ダメだ、先輩は口説かれるのが嫌いだし、そういうのを意識してはいけない。あくまで先輩と後輩。よし!
だから話題は……。
「お久しぶりですね、我が尊敬する先輩。卒論でお忙しい時期に休み取るとか、単位は大丈夫ですか?」
「いや、ちょっと大丈夫じゃなくて相談がだな……って違う」
普通に話が進みかけたところでアミリ先輩が切り上げる。
「そうじゃなくて、この姿を見て思うことがあるだろう」
ドレスを指さす先輩。
ああ、なるほど。
「……なんで女装してるんです?」
「女だよ????!!!!」
「えー」
なぜか叫ぶ先輩。
だって、いつもズボンと魔導士ローブだからドレスは珍しいし。
先輩は不満そうにドレスをつまみながら言う。
「大姉様の結婚式でみんな忙しいし、小姉さまは嫁入り先で出産まじかで参加できない。
だから私が舞踏会の主催しろってドレス着せられてるんだ」
なるほど。
「だから、言うことはないのかオウド君」
というとアミリ先輩がこちらをじっと見つめてくる。
さっきからドレスをずいぶんと強調していて、ここは舞踏会。
あそうか。
でも平常心保てる気がしないから演劇モードで。
「……1曲踊っていただけますでしょうか、純粋で知識深き姫君」
「ええ、喜んで」
- - - - -
部屋の中央では何十組もの男女が優雅に踊っている。
先輩の手を取り、その中に入り込むと次の曲が始まった。
水のように流れる弦楽器の音にそってた小舟のようにステップを踏む。
魔法学園では貴族教育の一環としてダンスが叩き込まれる。
学園で教師役のおば様方と踊るときはなんともなかったが、実際に若い女性とここまで近づくとさすがに意識していまう。
歌劇部での演技だと思ってリードに集中する。
とにかく先輩が気持ちよく踊れるように。
あと気が付いたら先輩の顔や体つきに見とれそうなので、ステップに専念しよう……。
「ククク、なかなか楽しかった」
「ありがとうございます。アミリ先輩」
一曲踊り終わり、さわやかな甘口の発泡ワインを傾ける。
先輩は長い銀髪を手で流しながら、いつもの中性的な口調で話し出した。
「同年代とは初めて踊るしな」
「え?若者は大勢居るような?」
「主催者として踊らないわけにいかないが、若者と踊って恋愛話になると面倒だろ。
だから既婚のオジ様ばっかと踊ってたんだ。オウド君を呼んで良かった」
なるほど、ってボクを呼んだのって先輩だったの?じゃああの招待状も?
確認しなきゃ、でも大勢の前で西大公家の待遇の不満とか言えないから……
「アミリ先輩、話があります。二人きりになれますか?」
「……え」
ボクが真剣な面持ちでアミリ先輩に話しかけると、アミリ先輩がなぜか固まった。
「ま、まて。え、いやそういうつもりじゃ。その私も話がないこともないんだが……そうじゃなくて二人きりでないとダメか?」
「はい……あ、いや信頼できるお付きの方ぐらいは居ていただいても」
「まて、人前で話すことじゃないよな?」
「そうですね、二人がいいです」
というとアミリ先輩はなぜか顔を赤くしてブツブツと独り言を言う。
「……見慣れないドレス姿でビビらせようと思っただけなのに……まさかこんなに効果が」
二人でそっとバルコニーに抜け出した。




