「討伐費用は銀貨1枚出せませんからね?!」
大喜びで帰っていった村長たちを横目にルークが若君に詰め寄る。
「討伐費用は銀貨1枚出せませんからね?!」
「そうだね、だからボクがやるよ!」
何故か若君は自信満々に胸をそらしている。
「ダメです」
「えー」
えー、ではない。領主代理なのだから留守番でおとなしくしてくれと言っているのだ。
モンスター退治なんかで怪我でもされたらそれこそ大問題。
「伯爵嫡子が動いたとなれば、それなりに騎士や兵を集めないといけません、一人でモンスター退治なんかいかせられるわけないですよね」
「でもさ、これは領地防衛だから軍役で出てきてもらえるんじゃない?」
この伯爵領は封建制で騎士を召し抱えている。領内の騎士たちに領地の一部を預ける代わりに年何日は従軍するという軍役の義務があるのだが。
「その、軍役分はもう免除金貰って解除しておりましてですね」
「おお」
大借金をしたときに領内の騎士たちにも協力をお願いした。遠征分の兵糧を売り払ってもらい軍役免除金として集めたのである。
だから当然ながら領内の兵は動かせない。動かすなら領主側の義務として兵糧代相当のカネを払わないといけないのだ。
「えっと城付きの神官や魔導士は……母さんと一緒か」
「はい」
城の重臣である神官長、宮廷魔導士、総メイド長、元帥、騎士総長、密偵頭……は元冒険者であるグリムホルン迷宮伯のパーティメンバーである。
つまり領内最大戦力はごっそり資金稼ぎの遠征に出てしまっているのだ。
「じゃあボクの手勢は書記官1名かー」
「行きませんよ?!文官ですからね?!」
「えー」
えー、ではない。
若君はちょっと首をかしげて煤のついた天井を見上げると、ルークに問いかけた。
「……えっと、それなりに人数を集めたら行ってもいいよね?」
「おカネはだせませんが、はい。あ、村人だけ集めてもダメですよ?騎士か郎党か戦力になる人数です」
「じゃあ、お願いがあるんだけど……」
- - - - -
ボクはオウド!グリムホルン迷宮伯領の跡継ぎ、オウドリヒト・フォン・グリムホルン。
急に帝都留学から呼び戻されたら領地が破産寸前なんだけど。やばくない?
ルークから帳簿と請求書をまとめて出してもらったけどさ、ざっと金貨2万枚は足りてないよね。
読むのに丸一晩かかったよ、眠い。
事の始まりは昨年の大不作だ。
うちは迷宮伯領。つまり迷宮探索の冒険者たちが経済の中心だから不作だけならまだ耐えれた。
だけど耐えれない隣の領地が帝国上納金の未払いで取りつぶし。
奴隷にされかけて逃げた流民たちを見捨てられずに受け入れたって……
うん、母さんは正しい。ボクでもそうするからしょうがない。
でも借金がうちの税収見込みの4~5年分あるし。母さんの狩りの成果に期待するしかないってまずいなぁ。
なんとか収入を増やすか、借り換えの担保かを手に入れないと。
でも、可愛い妹や家臣たちを心配させるわけにはいかないから、ボクだけでも明るく前向きにやらないとね!
帝都での勉強が中断されたのはつらいけど、学費や帝都ビザ代で金貨千枚はかかってたからやむを得ないかな。
迷宮伯領の統治に役立てようと学んでた魔物研究が途中なのは残念だけど。
で、さっそく領地にゴブリンが沸いたって。
なんとか追い払ってますって……まずいなぁ。
みんなゴブリンは追い払えばいいと思ってる。
だけど本格的に駆除しないならあちこちの村でちょっとずつゴブリンを飼育しているようなものだ。
そのうち大繁殖して、慌てて大規模討伐することになる。
下手すると上位種ゴブリンすら産まれかねないから結局軍隊か英雄冒険者パーティを出す羽目になるんだ。
なんだけどカネがないし、今すぐ大繁殖するわけじゃないからなんとか1年2年は先延ばしにするという判断も間違ってはない。
他所の領地に追っ払ってそこで討伐してもらえれば費用も掛からないってのも間違いではないんだよね……。
ボクはいますぐ討伐すべきだと思うけど、こういうのはどっちも正しいから時間をかけて議論しても水掛け論になるだけ。行動あるのみだね。
さてと、討伐するにしても領地の騎士たちは従軍義務がないどころか、軍役免除金という名目で家臣たちの収入の召し上げまでしちゃってる。
権利や義務がないから領主代理として命令はできない。だから……




