公爵領都での歓迎
帝国は南北1カ月、東西1カ月の広さを誇る。主要種族は人間。
なお、人間とは他種族から只人や平地人、背高、サル獣人などと呼ばれている種族のことだ。
帝国は中央の帝都に住む皇帝、そして東西南北の4大公爵と、大中小百数十家の貴族領で構成されている。
皇帝はほぼ政治に興味がなく、上納金や帝都ビザの販売で金貨をかき集めるだけ。
しかし皇帝に逆らえばそれを大義名分に周辺貴族が攻めてくる。
特に4公爵はこの反乱討伐を繰り返して周囲から頭一つ抜けた勢力を築いており、
最近は4公爵同士の勢力圏争いも起きている……。
その4公爵の一つ、西大公の領都ヴィンに迷宮伯嫡子オウドが到着した。
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領都の正大門は堅固な石造り。
門柱には壮麗な飾り彫りがあり、門の上部には西大公の家紋である白虎が盾を踏みつけながら門外をニラみつけている。
その重厚な鉄張りの扉には城壁結界の一部と思しき魔法陣が細かく書き込まれていた。
「……グリムホルン迷宮伯嫡男殿?グ……グ……」
「ううむ?」
領都ヴィンの城門前、西大公の騎士たちが寄せ集まって帳面を見ている。
みな困り顔だ。
「招待状を拝見します」
「どうぞ」
同行しているダンザウベル伯の騎士が招待状を見せた。
「いやこれはダンザウベル伯の招待状で……んんん??」
招待状を一読した西大公の騎士たちが顔を見合わせる。
いやいや、困るな困るな。あんたらが送ってきた招待状だろう。
とダンザウベル伯グスタフはツッコむ。
隣の領主の招待状にオマケみたいにグリムホルン迷宮伯の招待を付け加えるなど非礼なんてもんじゃない。
じぶんちの騎士ですら変に思う招待状を送らないでくれ……。
「おーい!西門詰所の帳面に記載があったそうだぞ!」
「なんで正門に来てないんだよ?!」
騎士たちの間でひと悶着あったあと、騎士が門番兵に指示して門を開けさせた。
「不手際申し訳ございません。お名前がございました。
グリムホルン迷宮伯嫡子様ご一行を心から歓迎いたします」
「おお、丁寧なご確認に感謝を!城門の守りこそ厳格に厳格を重ねるべき。
規律正しき信頼できる騎士たちで公爵殿下もお喜びだろう!」
恐縮する騎士たちを横に、馬上のオウドと従者たちがにこやかに胸を張って入門していく。
「……」
並んで馬を進めながらグスタフは苦笑した。
オウド君は心から褒めているのだが、聞きようによっては皮肉だ。
「しかしこの先が思いやられるな……」
公爵嫡女、つまり次期公爵の結婚式ということで領地を上げての準備に忙殺されているとはいえ、あんな招待状を送り、名簿更新すら間に合っていない。
この次に何があるやらわからないぞ……。というグスタフの懸念は的中した。
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「若君、帰りましょう」
「これは宣戦布告だ!もはや戦争あるのみ!」
「えー」
「えー、ではござらぬ!」
領地から連れてきた臣下や騎士たちに詰め寄られる若君は困ったように天井を見上げた。
領都ヴィンの中心に建つ、公爵宮殿。
複数の石造りの城館が立ち並び、部屋数は数百もあるだろうか。
グリムホルン迷宮伯嫡子様に、と案内された部屋は広くはあったが掃除も行き届かず乱雑に家具が置かれていた。
「たしかにちょっと物置っぽさはあるけど、広いし悪くないんじゃないかな」
「物置っぽいのではなく、物置です!!!」
騎士たちが部屋の隅に積み上げられている椅子を指さす。
「おかしな招待状とはいえ招待したからにはそれなりの待遇がされると思いきや、これでは家門の名折れ!」
「かような侮辱を受けたからには我らみなここで斬り死にする覚悟!」
今回ついてきている騎士たちは一緒にオルク討伐を成し遂げた面々だ。
それぞれに討伐を成し遂げた若君を好ましく思い、今回も自腹で護衛をかってでてくれた。
だからこそこれは許せない。
「何かの誤解かもしれないから確認だけしようか、誤解じゃなかったら……」
「わかりました!」
ふぅとオウドはため息をつく。歓迎されてないなら帰るしかないかな。
と脇を見ると騎士たちが思い思いに剣の留め金や武具の金具を確認し始めていた。
やる気だ。
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「重ね重ねの不手際大変申し訳ございません!」
公爵宮殿の執事が深々と頭を下げる。
結局その後、手違いだったということでそれなりの部屋に変えてもらうことができた。
「招待した領主を倉庫に送るとはいったいどういう不手……」
「いいからいいから」
騎士たちをなだめる若君。
「この程度ではお詫びにもなりませぬが……
南方産のコーヒーに菓子などもお持ちさせましたのでお寛ぎいただければと」
執事が合図をするとメイドたちが盆に菓子と飲み物を乗せて進み出た。
「コーヒーだと……?」
「知っているのか?!」
「たしか爺さんから昔……」
騒ぎ出す騎士たち。
コーヒーは帝国西方にはないもので高価な輸入品になる。
当然田舎騎士が飲めるものではない。
「あ、皆にお砂糖も」
「かしこまりました」
「砂糖?!」
帝都経験がある若君が指示すると、執事の指示で砂糖壺が持ち込まれた。
これも南方からの輸入品で高級品になる。
「おおお」
その高価な砂糖がたっぷりと入った壺を眺める騎士たち。
「不足があれば何なりと仰せつけください、それでは」
執事が退出した。
「色々あったけど、まぁ一服しようか!」
若君がコーヒーのポットを手にする。
「これはね、砂糖とミルクをいれると美味しくなるからみんなにボクが……何してるの」
「まて、貴様のが多いぞ!」
「いやこれで公平だ!」
そこには若君の信頼する騎士たちが、壺の砂糖を山分けにしてお土産に持ち帰ろうと争う姿があった。
「えー……」
……結局、若君の裁量により公平に砂糖とお菓子を分配し皆が満足した。
なお、砂糖抜きのコーヒーは苦かった。




