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幽世の花嫁  作者: さざれ
花の色
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(聖書にある、処女懐胎にも似た――聖母の花――鏡に映した虚像と実像のような背立山と背無山――二人の少女――)

 どう考えても、穏当な説明にはならない。父親について、言えないと沙羅が言っていたことの意味がようやく分かりかけてきた。

(沙羅さん……また、君は……とんでもない……)

 雪斗は天を仰いだ。深く息をつく。

 沙羅には、子供っぽいところと妙に老成したようなところが同居していた。こうなってしまうと、今更ながらに思う。彼女はもっと、子供らしくてよかったのに。人知れず覚悟を固めていたなんて。

 沙羅がなにか秘密を抱えていることには気付いていた。それを聞かれたくないと思っているらしいことは察していたし、こちらも百合のことが気に掛かっていることを明かせないでいたので、なかなか踏み込めずにいた。背無山の存在を知らされたときにも天地が引っくり返るくらい驚いたが、今回はそれ以上だ。

 道理で、沙羅が百合の行方を探そうとしないわけだ。

(……捜し当てたときにどんな姿になっていても、決して後悔しないで……か)

 遺体がひどい状態になっていたり、悪霊と化していたり、そういう可能性は考えていた。しかしこれは、あまりにも予想外すぎる。

 言われたことの意味を、ようやく理解する。後悔はしないが――するわけないが――これは、何と言えばいいのか。

 沙羅は、幽世で生まれた――生まれ変わった――百合なのだ。


「どこへ行くの?」

 とつぜん声をかけられて、沙羅は驚いて振り返った。

 ひどく懐かしい――そして、ひどく違和感のある――声だ。

 花野の中に、少女の姿が唐突に現れた。

「え……?」

 存在を確かめるように、鏡をなぞろうとするかのように、沙羅は思わず手を伸ばした。少女も同じように手を伸ばす。まるで鏡を見ているみたいに――自分と同じ姿をしている。

 だが、触れることができない。驚いてよく見れば、触れ合う代わりに波紋が空間に広がっていく。空が水鏡になったかのようだ。

 そして少女は、沙羅とは決定的に違う表情を浮かべていた。沙羅は自分が驚きの表情を浮かべているだろうと自覚しているが、少女はどこか面白がるような、艶のある笑みを浮かべている。

「あなた、もしかして…………百合……?」

「ふふっ、わたしに向かって母親と呼ばなかったことは褒めてあげる。だってそうでしょう? あなたは、わたしなのだから」

 沙羅には、その声に覚えがあった。祖母がいなくなろうとする夜、耳に滑り込んできた――あの声だ。

「雨の夜にわたくしを呼んだのは、やっぱり……あなたなのね?」

 ――おいで、こちらへ。かえっておいで……沙羅の耳の奥に、記憶の声が反響する。

「そうよ。あなたったら、ちっとも帰ってきてくれないんだもの。せっかく、幽世に取り込まれずに生きていける体を得られたのに……それは、わたしのものなのに」

 唇を尖らせて百合が文句を言う。沙羅は表情を硬くした。

 幽世に帰ってきてくれない、という言い方は違う。沙羅は何度となく幽世に行っている。

 しかし沙羅の持つ呪具、〈みたまの緒〉が現世の〈音無しの鈴〉と対になって引き合い、血縁の芙美が持つことでよりその効力を高めていた。呪具と血縁により、沙羅は幽世でも沙羅としての在り方を保っていた。

 だからあの雨の夜は本当に危なかったのだ。雪斗が鈴を受け継いで沙羅を呼び返してくれなかったら、この体は百合に返されていたに違いないのだから。

 さすがに本人に向かっては呼ばないが、沙羅が百合のことを対外的に「お母さま」と呼ぶのも、厳密には祖母ではない芙美のことを「おばあさま」と呼ぶのも、芙美にそうしろと教えられたからだ。沙羅が沙羅として、現世で生きるために。

 芙美から聞いたのだが、沙羅は芙美によって現世に引き戻されたときに「沙羅」になったらしい。幽世を志向して幽世のものになろうとした百合ではなく、別の名前を与えられて、別の存在として、現世に生まれ落ちたのだ。そう考えると芙美はいろいろな意味で沙羅の母親だと言えるだろう。「おばあさま」という呼び方には敬意も込めているから、ほかの呼び方をするつもりはないが。

 百合には厭世的なところがあり、幽世に惹かれていたという。普通に死ぬのではなく、その体と心を持ったまま幽世へ行きたがっていたという。しかしその目論見は芙美によって阻止され、娘を失いたくなかった芙美によって赤子が「沙羅」として現世へ引き戻された。それが良いことなのか悪いことなのか、沙羅には分からない。ともかくも沙羅は生まれて育ち、芙美の願いを引き継いでいる。

 そこに自分の意志などというものはないに等しく、ただ刷り込みのように言いつけ通りに生きていて――雪斗に出会った。

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