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沙羅は、不思議そうに雪斗を見上げた。反応があったことには安堵したが、その表情に言い知れぬ違和感を覚えて、雪斗は少し顎を引く。
「……雪斗?」
小首を傾げて、雪斗を呼ぶ。その口調、仕草、表情、雰囲気。それはまさか、
「………………百合、さん?」
「なあに?」
まさか、そんなはずはないと思いつつ声に出すが、返ってきたのは肯定の反応だった。雪斗は絶句する。沙羅は――百合は――嫣然と微笑んだ。
「わたしに会えて、喜んではくれないの? ずいぶん捜してくれていたみたいじゃない」
雪斗は返答に窮した。それはもちろんそうなのだが、こんなふうになるなんて予想外すぎた。
「……会えて嬉しいですよ。貴方が本当に百合さんなら、ですが」
「まあ、疑うの?」
くすくすと無邪気に、少女は――百合は笑う。
言葉では疑ってみたものの、その仕草も口調も、姿も、百合でしか有り得ないと心の中では分かっていた。
幽世を見てしまう目に悩んだ雪斗が、縁あって壬堂家にやって来たのが十歳の時。百合は十六歳だった。その二年後には雪斗は遠方の山へ修行に行き、戻ってきたときはすでに百合がいなくなっていたから、雪斗の記憶に残る百合は沙羅とほぼ同じ齢だ。目の前にすると、本当に沙羅とそっくりだった。そして、表情と雰囲気とが、決定的に違っていた。
「ありえない。百合さんは――消えてしまったはずです」
ずっと、捜したかった。ずっと、捜していた。だが、こんなふうに見つけるはずではなかった。
百合は底の見えない夜のような瞳で雪斗を見上げ、ふいと視線を逸らして辺りを見回した。
「なるほど、お祭りの日なのね。だからだわ。消えたものは現れて、現世のものは幽世へと、絡繰りのように入れ替わる」
「そんな――そんなことって――」
「否定してみる? いいわよ、それでも」
百合は可笑しそうに笑って言う。雪斗は無意識に後ずさりしそうになるのを堪え、言葉を返した。
「祭は、帰ってくる祖霊と交歓する場でもあります。それは確かです。ですが……それは魂の話であって、心ではありません。人格が蘇るなんて、聞いたこともありません」
故人の口寄せを行う霊媒もいるが、それはよすがを辿って故人の心に触れ、自らを介して言葉を話させているのだ。魂そのものを呼び返しているわけではないし、現世の心はやがて洗い流されてまっさらな魂に戻っていく。十七年も経って、ここまではっきりと人格を残して蘇ってくるなど……考えられない。ひとたび体を和国の国土に返した者を、地の底から呼び返す方法など無い。神代の昔に、伊邪那岐が伊邪那美を連れ帰れなかったときに、その方法は失われてしまった。
百合は一歩、雪斗に近付く。まるで口付けをねだるように仰向き、雪斗の顎に指を当てる。
「だったらわたしは、誰なのかしら」
雪斗は息を詰めた。掠れる声で、確かめるように言葉にする。
「君は、壬堂沙羅。芙美さんの孫で、百合さんの娘。僕の――婚約者です」
それを聞いた百合は、薄く笑った。昏く、妖しく、胸を騒がせるような笑みだった。
「ふうん、そうなの。わたしの娘、ね」
夜空を、雲が流れていく。
「わたしに娘なんて――いないわ」
雲が、月を隠した。




