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幽世の花嫁  作者: さざれ
花の色
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 辺りが暗くなってくると野原の真ん中には篝火が焚かれ、出店の周辺では提灯が吊られて賑やかに揺れる。

 商品は予想外に早く、すべて捌けてしまった。それも意外なことだが、もっと意外なことに、それがすごく楽しくて、嬉しかったのだ。去年までには無い感覚だった。

 それまでは、芙美の役に立てて嬉しい、売れれば遊戯に勝ったようで嬉しい、そういった嬉しさだった。だが今年は、何か違う。商品を作ることで、物を売ることで、まじないや占いを売ることで、何というか……参加している、という実感があったのだ。

 祭のなかに。人々の営みのなかに。――現世のなかに。

 おまじないが効いた、意中の相手とお祭りを楽しめたと笑顔でお礼を言ってくれた少女。大声を張り上げて痛めた喉が薬で楽になったと言ってくれた香具師。

 売り手としてだけではなく、買い手としても。ありがとう、また来てね、その小さな言葉が、驚くほどの喜びと実感をもたらしてくれる。

 小さな小さな意味が、繋がり合って、関わり合って、大きくなっていく。星々のように――命のように。

(綺麗……)

 泣きたいような思いで、沙羅は祭の光景に目を奪われた。舞うように揺れる光、笑いさざめく人々、安っぽくも強かに、作り上げられた祭の舞台。

(わたくし……生きている。まだ、現世にいる……)

 傍らに立つ雪斗を見上げて、沙羅は噛み締めるように実感した。


 商品が捌けてしまったので、沙羅は店仕舞いをすることにした。まじないや占いを売り続けてもいいのだが、台ががらんとした中で続けるのも何となく手持無沙汰だ。売り切ったことを口実にして片付けをし、沙羅は雪斗と再び祭の中に繰り出した。

 まだまだ祭は盛況で、むしろ夜が本番という雰囲気がある。山車が練り歩き、新穀の握り飯や魚の焼き物、汁物が振る舞われ、道端に筵を敷いて酒を酌み交わす人々の姿も見られる。いい匂いが鼻をくすぐるが、昼間にあれもこれもと手を出したせいであまりお腹が空いていない。食べ物以外に目を向ける余裕があるので、輪投げや籤や掬い物などの遊戯、ぽこんと音のする硝子の笛、子供向けのきらきらした装身具、そういったものを眺めながら楽しんでいた。

「見るだけでいいのですか?」

「ええ、充分です。見ているだけで目が回りそう」

 それらの遊びは、沙羅の目には少し歪で危ういものと映る。日常の一部だけを取り出して加工し、味付けをしたままごとのように見えるのだ。こうしたお遊びは、地に足を付けて日々を過ごしている人々には面白いだろうが、そうではない沙羅が手を出していいものではないと思う。

「……そうですか」

 何かを感じたのか、雪斗は言葉少なに相槌を打つ。沙羅はわざと明るい声で付け加えた。

「それにわたくしだって、知り合いの香具師たちに恨まれたくないもの。籤で当たりばかり引いてしまったり、賽子で一ばかり出してしまったりしてはいけないし」

「ああ……ありそうですね、沙羅さんなら」

 雪斗は苦笑した。いかさまとは違うのだが、幽世で偶然は必然になり、運命は容易く捻じ曲がる。お遊びの賽の目が偏ってしまうことなど、まだ無害な方だ。

 太陽はすっかり沈み、膨らみきった月が昇ってきた。昼は夜へと交代し、夜空にかかる月は鏡のようだ。鏡は照らし、映し、殖やす。鏡の中の像は虚像かつ本物だ。同じだが、同じではない。そんな満月が、背立山を、沙羅を、照らす。

 沙羅はぼんやりと、手品師の見せる手品に見入っていた。切れたはずの紐が繋がり紙片が蝶と化し、一つと見えた玉が二つ、三つと増えていく。風呂敷から花々が溢れて地に零れ、蝶が狂ったように舞い飛び、花弁が舞い上がって、噎せ返りそうに強い花の香りが辺りを満たし、体中に染み通り――


「……沙羅さん?」

 〈音無しの鈴〉が鳴っているのに気付き、雪斗は傍らに立つ少女に声をかけた。

 艶のある美しい黒髪に華奢な体格の、人目を惹かずにはおかない少女だ。浮世離れして遠慮がちな性格に頼りなげな表情も相俟って、守ってあげたいと思わせる佇まいなのだが、それほど容易い相手でないことは分かっている。

 沙羅には、どこか諦めたようなところがあって存在感に欠けているのだが、どういうわけか、今の沙羅からはいつもと違う雰囲気を感じる。

「沙羅さん……?」

 声をかけるが、反応がない。肩を揺すって、少し強めに名前を呼ぶ。

「沙羅さん!」

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