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幽世の花嫁  作者: さざれ
花の色
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 だが沙羅はそんなことに気づかない。目の前も頭の中も白い雲のような飴菓子のことでいっぱいだ。

「……雪斗さま、甘いです!」

 驚いて思わず声を上げると、雪斗はさらに笑い出した。

「飴は砂糖ですからね」

「でもこんな、何の味もしなさそうなのに!」

 雲のような見た目のせいで、山で霧に巻かれたときのことを連想してしまう。深く息を吸い込めば肺の中まで湿潤な山気を取り込めそうな気がして清々しいが、甘さとは結びつかない。それなのに、この雲のような霧のような見た目のものは、しっかりと甘い。口の中でじゅわっと幸せな味がして、沙羅は表情をほころばせた。

「……そうしていると、普通の女の子ですね」

 雪斗が苦笑しつつも優しい声で言う。沙羅は首をすくめた。

「……子供っぽいとお思いになりました?」

「可愛いと思いますよ」

「……!」

 言葉が、電気飴よりも甘い。沙羅は赤くなった顔を隠すようにして食べるのに集中しようとしたが、頭の中も口の中も甘さでいっぱいでふわふわしている。

「仙人の食べる霞って、こういうものかしら……」

 雪斗は笑った。

「それはずいぶん、俗っぽい仙人だね」

 そんな二人の様子を隼人は複雑な表情で眺めていたが、電気飴を食べ終えた沙羅に「ほら」と言って木の皮の皿を渡した。

 思わず受け取ってみると、出汁と甘辛く香ばしいたれのいい匂いがした。お祭りの定番、ちょぼ焼きだ。

「これ……」

「いいから、食えよ」

 雪斗が何かを言いかけるのを遮るように隼人は言った。雪斗に向かって、さらに言う。

「これくらいいいだろ。……これきりにするから」

「? ……ありがとうございます」

 隼人の言葉の意味が分からないが、これをくれるということなのだろう。和歌菜のことで感謝しているようなことをさっき言っていたから、お礼なのかもしれない。ありがたく戴くことにする。

「美味しい……」

 生地は小麦粉を溶いて焼いただけという素朴さだが、刻まれた蒟蒻や紅生姜や豌豆の色合いが目に楽しく、出汁や鰹節の味もしっかり出ている。壬堂の家や東鶯邸で出されるような手の込んだ料理とはまったく違うが、これはこれですごく美味しい。祭の雰囲気が味わいを加えている気がする。

「……美味そうに食うな」

「美味しいです。下さってありがとう」

 自分もちょぼ焼きをぱくつきながら隼人が呆れたように言う。雪斗の分がないが、戴いたものを分けるのも違う気がするし雪斗も遠慮するように苦笑して首を振ったので、結局一皿分ぜんぶ食べてしまった。

 どうしてだろう、雪斗と暮らすようになってから、食べるものが美味しく感じられるし、子供のような執着心が出てきた気がする。以前の沙羅なら食事を忘れることも珍しくなかったが、今では食事の時間が楽しみだ。雪斗と一緒に食べられるからというのもあるし、食事自体も楽しい。

 そんな沙羅を見ていた隼人が、ぽつりと言った。

「……こうしてみると、あんたも普通なんだな。……前はもっと、近寄りがたかった気がするが」

 沙羅は首を傾げた。隼人は少し目を逸らして続ける。

「壬堂って、ほら……なんか特別だろ。田畑も耕さない、物作りや売り買いなんかだけをやっているわけでもない、お役人でもない。なのに妙に学がある。近くに住んでいるのに遠いみたいだ。女ばっかなのに困ってねえ家なんて、他に見たことねえよ」

「それは確かに……そうかも知れませんね」

 言われてみれば怪しげだ。沙羅は苦笑いした。近所に住む子供たちも、沙羅を遊び仲間に入れたがらなかったし、どこか一線を引いていた。親たちがあまりいい顔をしなかったのだろう。あの家は得体が知れない、子供に何かあっては困る、と。

「……たぶんあんたには、普通の男じゃ駄目なんだろう。そこの京のぼんぼんで大丈夫かと思ったが、そいつもご同類なんだろ?」

 ご挨拶だと言いたげに雪斗が眉を上げたが、沙羅はそれどころではない。

「え……貴方、何を知って……」

「さあな。俺は何も知らん。せいぜい仲良くやれよ。そいつの前でなら、あんたは普通でいられるんだろう」

 ひらひらと手を振って、隼人は人混みの中に消えていった。引き留める言葉も思い浮かばず、沙羅は隼人の背中を見送った。

 困惑して雪斗に助けを求めるように見上げると、雪斗は微苦笑して沙羅の頭にぽんと手を置いた。

「今のが彼なりの恩返しなのでしょう。敵に励まされてしまった気がしなくもないけれど。これはちょっと、見くびっていたことを謝らないといけませんね」

「……雪斗さま? どういうこと?」

「祭を楽しめってことですよ」

 絶対に違うだろうとは思ったが、祭を楽しむことには賛成だ。沙羅はとりあえず呑み込むことにして、次は何を食べようかと辺りを見回した。

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