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「……え?」
薬や小物などを順調に売っていた沙羅は、目を丸くして隼人を見返した。隼人はきまり悪そうにそっぽを向きつつ言った。
「そんなに驚かなくてもいいだろうが。妹を見つけてくれたあんたに恩があるし、こいつは今のところ、ただの婚約者なんだろう? 友達……と遊びに行くのを止める権利なんて無いだろう」
「友達?」
横にいる雪斗が意味ありげに繰り返した。隼人がかっと頬に朱を上らせ、拳を握りしめる。
(まあ、確かに友達と言えるかは分からないけれど……)
沙羅はどこかずれた考えを浮かべながら、隼人を見る。
「見つけてくれた……と言ってくださるのはありがたいのですが、申し訳ないです。間に合いませんでした」
結局、少女の魂は幽世に取られてしまった。体を見つけるのが精いっぱいだった。
隼人は首を横に振った。
「いや。俺たちでは見つけることすらできなかったし、救うのは誰がやっても間に合わなかっただろう。見つけてくれて幸いだったよ。生死が分からないままなんて辛すぎる。親父もお袋も、ものすごく悲しんでいたが……悲しむことさえできないと先にも進めないものな」
そう言う彼も憔悴した様子だが、時は優しくも残酷だ。どんなにひどい痛みであっても、否応なく慣らしてしまう。人は強い感情を持続させるようにはできていない。
見つからないまま、どこかで生きているかもしれないと信じ続けていられる方がよかったのか、真実を知る方がよかったのか、沙羅には分からない。だが、隼人がこう言ってくれたのは強がりだとしても感服すべきことだ。
人は、脆い。しかし強い。
沙羅の感嘆が伝わったのか、隼人の視線がさらに泳いだ。場をごまかすように、やや早口に言う。
「あの後、親父も褒めていたぞ。先代とはだいぶ違うが、やはり壬堂の者は頼りになる、他に替えがきかないと」
「まあ……。……ありがとうございます」
沙羅は驚き、思わずはにかんだ。地域の人々の尊敬を集めていた祖母に遠く及ばないのは自覚しているが、それでもこれは後を継ぐ沙羅にとって大きな一歩だ。
――その道が、遠くなく途切れるとしても。
自分で自分の考えに水を差してしまい、沙羅の表情が強張る。隼人と雪斗に案じるような表情をされ、沙羅は慌てて取り繕った。
「いえ、こういう立場ですし、友達とお祭りを見て回るなんて縁がなかったなあと思ってしまって」
話を戻してしまったが、嘘ではない。沙羅はずっと、楽しませる側だった。
そんな沙羅に、雪斗と隼人がはっとしたような顔をした。
「……よし、行くぞ」
「店は巌さんに頼みましょう」
「えっ!? いえ、言ってみただけで……」
不満なんてないと言おうとしたが、二人は聞く様子をみせず、雪斗は巌を探しに行ってしまった。
巌は孫にせがまれて、一緒に祭の会場を回っているはずだ。稲刈りで膝を痛めたから歩き回るのがしんどいとさっき来たときに零していたから、彼に頼むのは彼を休ませる口実にもなるだろう。それに、そう遠くへ行ってはいないだろう。雪斗はそう考えたのだろうし沙羅も同感だが、雪斗がこんなに乗り気になるとは予想外だ。
思った通り、雪斗はすぐに巌を連れて戻ってきた。店番を快く引き受けてくれるという。
「え? あの、でも……」
沙羅は声を上げようとしたが、二人に急き立てられるようにして、困惑しつつ祭の中へと連れ出された。
収穫を祝う秋祭だから、高価なものが売られているわけではない。人々の財布の紐は緩むが、値段の高い、いわば「真面目な」売物はお呼びではない。安っぽくて鮮やかで、あるいは儚くて、祭が終わった後にどうしてあんなに欲しいと思ったのだろうと笑ってしまうようなちゃちなものが屋台に並べられている。記念にするなら別だが、そうでなければ後々まで残したりせずに今日限り、長くても数日とか一週間とか、そのくらいで楽しんで消費しきってしまうような安物が、ところ狭しと並べられているのが目に楽しい。
ふわふわとした飴菓子に気を取られている沙羅に、雪斗が説明を加えた。
「この電気飴、海向こうが発祥のものですね。和国に入ってきてまだ間もないはずだけど、地域のお祭りでも売られているなんて驚きました」
「おう、商売人は新しいものに目敏くないとな。沙羅ちゃん、一つどうだい? お代は負けられないが、ちょっとおまけしておくよ」
そう言って笑う売り子も芙美の知り合いだ。沙羅はまだ少し躊躇していた――祭でものを買うことに慣れていないのと、小さい頃、幽世でものを買っていたら生きては戻れなかったと芙美にさんざん脅されたので――が、代わりに雪斗が代金を払って一つ購った。はい、と沙羅に渡してくれる。
「え!? いえ、そんな……」
遠慮しようとするが、雪斗は笑って沙羅に電気飴の棒を握らせた。
「駄菓子の一つくらい、気にせず受け取ってください」
「えっと……ありがとうございます」
雪斗の実家からも色々と贈り物を戴いているし、今更かもしれない。沙羅はおそるおそる受け取り、売り子が少しおまけしてくれて嵩が増えている飴菓子に口をつけた。どこから食べていいか分からなかったせいで塊に顔から突っ込むようなかたちになり、雪斗が吹き出した。




