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祭の日は晴天だった。会場の中心になるのは集落の外れにある広い薄野原で、野を覆っていた薄はこの日のために焼き払われ、灰は肥料にと余すところなく利用されていた。
野原には等間隔に篝火の台が設置され、火が灯される夜を待っている。野原のぐるりや道の両側では朝のうちから出店が立ち並び、有形無形さまざまなものが売り出され、売り口上が響いていた。
この時期はどこも祭が多く、香具師たちの書き入れ時だ。黒須平で祭が終われば、今度はどこ、その次はどこと、次々と場所を移っていく。そんなふうに忙しい中でも、芙美の知己である香具師たちは沙羅に挨拶をしてくれた。葬儀に行けなくて残念だったとお悔みの言葉をくれて、墓参りをしてくれた。雪斗が沙羅の夫だと誤解する人もいたが、沙羅も雪斗も軽く訂正するにとどめた。やっきになって否定する必要はないし、そもそもどう転ぶのか当人たちすら分かっていない。
そんな中で、香具師の一人が何気なく呟いた。
「嬢ちゃん、ますます母親に似てきたな。びっくりするくらいそっくりだ」
「あ、それ私も思った。沙羅ちゃん、綺麗になったよね。やっぱり夫を持つと違うのかあ……」
「お前もさっさと身を固めろよ」
「こんな商売をしている私にそれを言う? あ、あんたも同じだったか」
「言ったな?」
そんな威勢の良いやり取りに笑いながら、沙羅は内心でひやりとしていた。
百合が幽世に消えたとき、彼女は十九歳だった。今の沙羅は十七歳、もうすぐ――一年半後には――同じ齢になる。
それに雪斗が気付いているのか。気付いているとして、どう思っているのか。
穏やかに笑っている雪斗の心の内は読み取れない。読み取る手がかりもなく、沙羅は目を伏せた。
沙羅は雪斗に手伝ってもらい、朝のうちから店を開いた。巌たちは基本的に当てにせず、どうしても手が足りない時にだけ最低限の手伝いを頼むことにしている。これは芙美がいた時からのやり方で、一般の人は、祭ではなるべく参加者側でいた方がいいと彼女は言っていた。
祭においては様々なものが反転する。ケがハレになり、生産する者が饗応される側になり、安っぽいガラクタが宝物になる。主催者側として祭を盛り上げるのもいいが、そちら側としてだけ参加する者が増えすぎるのは好ましくない。普段つつましく暮らしている人々ほど、祭の時は羽目を外して楽しむべきなのだ。夢を見せる者よりも、夢を見る者が多い方がきっと楽しいだろう、と。
祝祭は立場の反転であり、場の変容であり、そこには幽世の気配が忍び込む。
沙羅は小さい頃、お祭りに連れて行ってもらえなかった。子供たちの会話や、人々がそわそわする様子から随分と楽しいものらしいとは察せても、実際のところが分からない。どうしても行ってみたいと芙美にせがんだのだが、芙美は頑として首を縦に振らなかった。
普段の沙羅は聞き分けの良い子供だったから、芙美も油断していたのだろうと思う。ある年に、沙羅はこっそり家を抜け出して、一人で祭に向かった。お小遣いを持たないから何も買うことはできなかったが、賑やかな様子を眺めて歩くだけでも楽しい。歩いて、歩いて、売られているものが何だかおかしいと気づいた時には道に迷っていた。売り子のお面の下からさらにお面のような顔が出てきたり、売り物が色だったり音だったり、道が土ではない何かだったり、さすがの沙羅も不安になりかけた頃、強ばった顔をした芙美に手首を掴んで連れ戻された。知らないうちに幽世へと踏み込んでいたのだ。お小遣いを持っていなくて幸いだった。何かを買って繋がりを作ってしまっていたら、すんなりと戻ってくることはできなかっただろう。
そしてようやく、沙羅にとって祭は――あるいは、祭にとって沙羅は――危険なのだと悟った。七つまでは神のうちと言われる通り、子供はただでさえ幽世に引かれやすい。幽世からやってきた魂がまだそこまでの年数を経ておらず、現世に馴染み切っていないからだ。沙羅の体質に加えて、子供であることは、祭という揺らぎやすい場において極めて厄介だ。芙美が沙羅を連れていかなかったのも当然だと後になって理解した。
だが、沙羅の体質自体は変わらなくても、成長すれば多少は不安定さがましになる。物が分かるようにもなってくる。そうしてようやく、十二歳の時に初めて、沙羅は祭に連れて行ってもらうことができたのだ。――芙美のお伴として、売り手側としての参加ではあったが。
祭の雰囲気は楽しくてわくわくしたし、芙美の手伝いができるのも嬉しかった。それでも、沙羅と同じ年頃の子供たちが、あるいはもっと年少の子供たちが親に連れられて、あるいはもっと年嵩の若者たちが友達や恋人と連れ立って、祭を買い手側として楽しむのを見るのは、やはり少し羨ましかった。
自分がそちら側に行ってもいいとは思っていなかったから――寝耳に水と驚いた。千和家の三男、隼人が今年の祭に沙羅を誘いに来たのだ。




