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幽世の花嫁  作者: さざれ
花の色
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 高く澄む秋の空を、渡り鳥の群れが過ぎていく。その後から大魚が鱗と鰭をきらめかせて現れ、鳥たちを追いかけていく。空に海のそれのような細波が立った。

 空と水とは連続する。水は空を映し、空には波が立つ。水を泳ぐ鳥が魚で、空を飛ぶ魚が鳥だと言ったのは誰だっただろうか。

 どこまでが現世の存在なのだろう、と沙羅は見上げながら思う。魚は違うだろうが、ならば鳥は確かに現世のものと言えるのか。そして、それらを見ている沙羅自身は。

 台風の時期も終わり、収穫の季節が近付いてくる。今年は猛暑と嵐とで例年にない不作だと人々は眉を曇らせるが、それでも収穫の時期が嬉しくないわけではない。年に一度の祭の時期を控えて、黒須平は夏の憂いを過去のものにしつつあった。子供たちの高い声が、高い空に響く。

 沙羅が雪斗の真意を知ったあと、二人の間は少しぎこちなくなったが、それもなしくずしに元通りになった。――元からそこまでべったりと親密な関係というわけではないから、という理由が大きいが。

 それでも婚約者どうしという関係は変わらず、雪斗が壬堂の家のことを手伝ってくれている状況にも変わりはない。沙羅は芙美の後を継いで仕事をこなしながら、少しずつ覚悟を固めていった。

 あれから少し経つが、雪斗は百合を見つけられていない。雪斗は芙美のように人探しの技を持っていないし、幽世に沙羅を付き添わせるのを避けて、浅くしか幽世と関わっていないからだ。協力しないのを申し訳なく思うものの、もう少しだけ待ってほしい。

(もう少し……もう少しだけ、待って。きっともうすぐ、すべてが分かるから……)

 百合を探そうと試み、書物や呪具などを広げながらあれこれと書きつけて思案している雪斗から逃げるように目を逸らし、沙羅は店の用を果たしに表へと向かった。


 田圃の稲が黄金に実り、収穫の時期を迎えた。自身の田圃を持っている巌はもとより他の使用人たちもあちこちに駆り出されて稲刈りで忙しく、ただでさえ広い壬堂の家は閑散としてさらにだだっ広く見える。店に来る客はやれ腰や膝の痛みをなんとかしてほしいだの、やれ鎌で切った傷のための薬が欲しいだの、稲刈り関係一色だ。雪斗に楠乃屋との連絡を密にしてもらって各種の薬を揃え、沙羅はなんとか人手の足りない時期を乗り切った。

 そうした目の前の仕事だけでなく、祭に向けての準備も進めなければならない。上ノ杜を含めた近隣の集落からも人々が集まって、神社もお寺も宗派も関係なく収穫を祝う秋祭りが近いのだ。

 祭では毎年、どこからともなく香具師が集まってきては出店を並べ、絵芝居を見せ、音曲を聞かせ、まじないや占いなどを行う。香具師たちには独自の繋がりがあるらしく、無関係の者が参入できるものではない。

 しかし芙美は何故かそういった人々に顔が利き、祭では売る側の人間として参加していた。沙羅は十歳くらいまでは留守番をさせられたのだが、それ以降は芙美のお伴として祭に参加しており、香具師たちと顔見知りになっていた。入れ替わりはあるものの、毎年のように参加する顔ぶれは一定数いるものだ。

 芙美の後を継ぐ意味もあり、沙羅は今年も出店を開いてみようと思っている。ちょっとしたまじないや占いに加え、売り物には普段から人気のある薬に、祭らしく縁起のいい色や意匠を使った小物も広げるつもりだ。ちょっとしたまじないをかければ、ささやかな福を呼び込んでくれるだろう。

「……さん、沙羅さん」

「…………雪斗、さま?」

 肩を揺すられて、沙羅は緩慢に頭を上げた。どうやら小物作りの最中に転寝をしてしまっていたらしい。そういえば風通しのいい部屋で張子を作る作業をしていたところだったと思い出す。

「そんなところで寝ると風邪を引きますよ。この時間に寝ると夜に寝られなくなりそうだから起こしてしまったけれど、お節介でしたか?」

「……いいえ、そんなことないわ。ありがとう」

 昼寝というには遅い時間だ。起こしてもらえてよかった。

 ふと、肩が暖かいのに気付く。見ると、羽織った覚えのない肩掛けが掛けられていた。雪斗が持ってきてくれたのだ。起こしてしまったと言いながら、おそらく彼は十五分か二十分くらい、沙羅を暖かくして眠らせてくれたのだろう。夜に眠れなくならない程度に、しかし最低限の疲れが取れて気分転換できる程度に。

(雪斗さまは、優しい……)

 沙羅を細やかに気遣ってくれるし、怒鳴ったり手を上げたりなどは絶対にしない。沙羅の特殊な体質がどんなものであるかを実際に経験して知った後でも遠ざけずにいてくれるなんて、そんな人はものすごく珍しいだろう。

 ――たとえ、沙羅に百合を重ねて見ているのだとしても。

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