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幽世の花嫁  作者: さざれ
少女の行方
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35

「…………」

「…………」

 お互いに思い出してしまい、別の意味で気まずい沈黙が下りる。沙羅は顔を赤くして雪斗を窺ったが、なぜか彼の頬も赤いような気がする。

(……気のせい、よね? わたくしより一回りも年上でいらっしゃるし、少し朴念仁なところもおありだし……)

 自分もたいがい鈍いということに気づかず、沙羅は考えた。その意味ありげな視線に気づいたのか、雪斗はやや焦ったように話を変えた。

「ところで、他にも気になっていたことがいくつかあるのですが。沙羅さんの服装のこととか……あれはもしかして、背無山を祀る巫女としての装束だったのではありませんか?」

「仰るとおりです。あれは礼装でもありました。伝統に則り、礼儀に則り、自らの立場を明かしつつ固めて動くための」

「深い意味があったのですね。似合いすぎていて違和感がなかったのですが」

 たしかに、壬堂の家は神道系だ。とはいえ和国の民間宗教の常として厳密ではなく、宗派や宗教を超えて付き合いがあるし、教え合ったり補い合ったりしている。

「着慣れているからというのもありそうですね。年に何回かは神事を執り行いますし、あの祠のように管理している場所もあります。雪斗さまにも知っておいていただきたいので、後で該当箇所の載っている書きつけをお渡ししますね」

「……ありがとう、お願いします」

 自分が見ていいのだろうかと雪斗は少し躊躇したようだが、それはもう飲み込んだ話だと腹を決めたのだろう。沙羅に頷いてみせた。

(良かった……雪斗さまの気が変わっていなくて)

 沙羅は心の中で安堵した。幽世の恐ろしいところを見てもなお、彼の意気は失われていない。やっぱりやめる、こんなことには関わりたくない、こんな家は出ていく、そう言われなくてよかった。

 そうでなくては困る。それに、そうでないはずがない。彼は、芙美が見込んだ――壬堂の後継者なのだから。

(婚約者、結婚相手という形ではあるけれど……壬堂の役目を継いでいくのは、雪斗さま。わたくしではない……)

 幽世へ彼と一緒に行って、現世に彼と一緒に戻ってきて、やはりそうだと確信した。幽世を見る目を持っていて、幽世を過剰に恐れることなく、幽世から戻ってくることができる。現世との橋渡しができる。

 どの世のものともつかない沙羅ではなくて、雪斗に壬堂の家を任せることを芙美は考えていたのだと思う。まずは婿という立場で……いずれ沙羅が幽世に消えてしまってからは、当主として。

 沙羅は畳の上に積まれた書きつけに目を落とした。芙美が残したこういうものを進んで読んでくれるのは有難い。そうでなかったら促さなければならなかった。受け継いできた知識、壬堂のこと、背無山のこと、幽世のこと……そうしたことを知ってもらわなければならない。

 机上のことだけでなく、今回のように、実際に彼を連れていって経験を積ませる必要もある。少し前に薬草採取に同行してもらったのも同様の意図があってのことだ。新婚のように浮かれて……というわけではない。断じて。

「……沙羅さん?」

「……いえ、何でもありません。少し考え事を……」

 表情に出ていたらしい。ためらいがちに声をかけられ、沙羅は首を横に振った。

「ところで、服の他にも気になったところがおありなのですよね? どんなところでしょうか」

 今度は沙羅の側から話を変えた。気まずさを誤魔化すためでないことはないが、この機に色々と教えておきたいという考えもある。沙羅自身の、あの秘密だけは別だが。

「では、もう一つ。気になっていたんです。あの子の遺体が……あまりにも綺麗に保たれていたので。夏ですし、川に流されたのに……幽世にいたからということでしょうか?」

「そのことでしたか。たしかに疑問に思いますよね。幽世に囚われたとき、現世の肉体の在り方も一様ではないのですが……今回は、わたくしが少し細工をいたしました。以前、採取にご一緒いただいた、あの白雪花を使ったのです。荷物の底に少し残っていたものですから」

「白雪花というと……たしか、薬に混ぜれば長持ちすると……」

「ええ、そうです。現世のもののように科学的な仕組みがあるわけではないのですが……白雪花は、ただ保つのです。凍らせたように、しかし凍らせずに」

「なるほど、あの花を……。不思議ですね……」

 本当に、幽世のことは不思議だらけだ。壬堂の祖先も、あの世界に咲いていた花をよく食べようと思ったものだ。

「そういえば、こういう話もあります。壬堂の家は、かつて橘という姓であったと」

「源平藤橘の橘ですか?」

「いえ、その橘とは由来が違って……日本書紀に出てくる田道間守を祖とするらしいです。さすがにそこまでの家系図は伝わっていないので、そういうお話もあるというだけですが」

「田道間守、というと……」

「時の天皇の命で幽世へ行き、非時香菓すなわち橘を持ち帰ったとされる人物です。幽世の橘を献上するのが間に合わず、主君はお隠れになるのですが……」

 現世に持ち帰ることで霊威は損なわれたかもしれないが、幽世の果実は命を長らえさせただろう。幽世の果実をもたらした者の子孫が幽世の花を食べ、命と引き換えに霊能を得て、それが受け継がれているというのも皮肉だ。案外、非時香菓も白雪花と近い効能を持っていたのかもしれない。

 沙羅の話を、雪斗は少し身を震わせながら聞いていた。

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