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幽世の花嫁  作者: さざれ
少女の行方
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「無茶苦茶だ…………」

 渡し守が船尾で項垂れている。長い櫓は船の縁に乗せられて用をなしていない。

 代わりに船を漕いでいるのは、和歌菜の玩具人形だ。箸を櫓の代わりに使って漕いでいる。人形と箸はどちらも巨大化しており、小舟は問題なく進んでいく。

「それにしても沙羅さん、人形を一寸法師に見立てるなんて、よく思い付きましたね」

 雪斗は感心した様子だが、沙羅は少し首を傾げた。

「箸と素戔嗚命の関連の方が思い付きにくいと思いますけれど……」

 沙羅の見立ては、よく知られた一寸法師の伝承によるものだ。茶碗の船を箸の櫂で漕いでいた「小さ子」の話だ。それに倣って一寸法師を人形に、箸の櫂を櫓に置き換えたのだ。和歌菜のよすがである二つの呪物は、二人を和歌菜のもとへと導いてくれるだろう。

 雪斗が捜索の最初に指摘した素戔嗚と箸もそうだが、見立てによって意味を連続させ、この観念の世界での捜索を続けている。現世での捜索――大声で名前を呼び、音を立て、あたりを隈なく調べる――とはやり方が違うが、目的は同じだ。それに、そういったやり方で今も捜索を続けているだろう千和家の捜索のやり方も間違っているわけではない。現世において和歌菜の名前を呼び、居場所を探し続けることは、彼女を現世に呼び返す呼び鈴のように機能している。幽世の理不尽の前では弱々しく見える抵抗ではあるが、意味はちゃんとあるのだ。

 二人の会話をよそに、渡し守は頭を抱えている。

「うう……口が滑っちまった……」

 渡し守は沙羅に言葉尻を取られ、大金で船ごと借り上げられる形になったのだ。

「渡し守の鑑として、言ったことを嘘にしてはいけませんものね。雪斗さまほどではないけれど、わたくしも商売人の端くれなの。でも、いい儲け話だったでしょう? 買い取りではなく、借りるだけにしましたし」

 その気になれば借りるどころではなく買い上げることもできたかもしれないと匂わせる沙羅に、渡し守は震え上がった。だが、それでもしっかりと金粒の詰まった袋――財布はお気に入りなので取っておいて、中身だけを渡した――を握りしめている。

「うう……金の力には勝てない……これが資本主義、ってやつですかい……」

 悄然とする渡し守は、しかし大金を手にして頬が緩むのを抑えきれないらしい。声が上ずっており、袋から金粒を摘まみ出して撫でては再び仕舞いと落ち着かない。

 そんな渡し守を見て微妙な表情を浮かべ、「三途の渡し守がこんなことでいいのか……? 地獄の沙汰も金次第とはこういうことなのか……? いや、違うな……」などと雪斗は何やら葛藤している。

 そうしているうちに、沙羅は、船を漕ぐ人形の動きがだんだんゆっくりになっていくのに目を留めた。

「雪斗さま。幽世は魂の世界ですから、普通の人は生身のままいつまでも留まることはできません。それは魂が離れた体も同じこと」

「そうですね。そのあたりのことは、芙美さんに教わっていますが……?」

 洞穴を抜けて川を目にしたときから、沙羅は考えていた。この川がどうやって和歌菜のもとへ繋がるのか。この川が現れたのはどうしてなのか。

「おそらく和歌菜さんは、増水した左陣川に呑まれたのだと思うのです。ですから……」

 人形が箸の櫓を止め、船が止まった。沙羅は渡し守にお礼を言う。

「ここまでで大丈夫です。船を貸してくれてありがとうございました」

「はあ、こちらで? ……いいんですかい? 川のど真ん中ですが」

「ええ。それと雪斗さま、わたくしの手を強く握っていて。呼吸を整えて、深く息を吸って、止めて。泳ごうとしなくていいので」

 有無を言わさない視線で、何か言おうとする雪斗を押しとどめる。雪斗の右手に左手を繋ぎ、沙羅自身も呼吸を整える。そのまま身を乗り出して右手を伸ばし――川面に、差し入れた。


 ――櫂の代わりに腕を星空の中に差し入れれば、星空のその向こう側にさえ手が届くのではないか……


 驚愕しながらも言われた通り律義に息を止めた雪斗とともに、沙羅の体が川に飲み込まれた。どことも分からない場所で、しかし求めたものに、手が届く。

 魂は幽世に還ってしまっても、体は現世の存在ゆえに取り残される。三途の川を渡るのは、魂だけだ。魂は棚引くように天に昇るが、重く濁った体は地に還る。そのように信じられている。魂は川で晒されても、体は川底へ沈んでいく。

(……いた!)

 小さい子供の手を探り当て、沙羅は強く握った。だが、雪斗が握っている逆の手に強い力がかかった。雪斗が何かを警告しようとしている。

 子供に気を取られて気づくのが数瞬遅れたが、沙羅もそれに気づいた。なにか大きくて恐ろしいもの――そうとしか言い表しようのない、生物とはまるで異質な何かが、こちらを見ている。こちらに迫ってきている。幽世を揺るがそうとしている沙羅に、敵意と害意を向けている。

 沙羅が普通の少女であれば、身が竦んで力が入らなくなり、雪斗や少女の手を離してしまっただろう。だが沙羅は、良くも悪くも普通ではないのだ。威圧されることなく我を保ち、しかし、反撃のすべが無い。

 そこへ、何かが光のように奔った。

 和歌菜の玩具人形だ。人形が箸を構え、濃く黒い靄として迫ってきたそれに突きを放った。牽制にもならないそれは抵抗なく靄に飲み込まれ――しかし、一瞬の隙を作った。

(――今だ!)

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