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幽世の花嫁  作者: さざれ
少女の行方
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 洋燈に火を入れ、洞穴の中へ進む。雪斗の少し先を歩きながら先導する。入り口付近は光が入っていたが、それもやがては消え、あたりは夜よりも暗い闇がわだかまっている。

 夜空は、実はそれほど暗くないものだ。月明かりは満月に近ければ影を落とすほどの光量があるし、金銀の砂子のように散りばめられた星明かりも馬鹿にならない。

 遠い空よりもむしろ、暗いのは……地表近くだ。木々の葉が生い茂る夏の森など、中に入れば自分の手さえも見えない闇が待ち構えている。洞穴の中もそうだ。発光する苔や茸もあるにはあるし、動物の目が光を捉えて光るように見えたりすることもあるが、この洞穴には無い。そうした生命の気配がやがて消えていき、少し後ろを歩く雪斗がたじろいだように息をするのが聞こえた。

 気を取り直すように、雪斗が言う。暗闇を掻き消そうとでもするかのように。

「……沙羅さんが洋燈を荷物に入れていた理由がようやく分かりました。夜にならないうちに引き返すのに、どうしてかと思っていましたが」

 歩くのに合わせて光が不安定に揺らめく。この世ならぬ場所へ向かう足取りがおぼつかない。いまだここは現世と幽世が二重写しになった場所であり、現世の岩壁にぶつかる現実的な危険がある以上、早くは進めない。光で少し先を照らし、歩幅を小さくして少しずつ進む。

「万が一、山で夜を迎えてしまった場合の備えの意味もありました。光源は必要ですから。……まあ、こうやって使うのを想定していなかったわけでもありませんが……」

 生き物の気配を感じなかったが、人が来たのに驚いたのだろうか、蝙蝠の羽音が聞こえて沙羅は顔をしかめた。だが雪斗は全く気にしていないことに気づき、納得した。そういう(・・・・)ことなのだろう。

 洞穴の道はそこまで狭くはないし足元も悪くはないが、なにしろ暗い。歩みは遅々として進まず、闇が二人を押し固めようとでもするかのように迫ってくる。暗闇に抵抗するように、二人は周囲に注意を払いながらも会話を続けていた。

「……そういえば、沙羅さんは捜索を始める前から言っていましたね。幽世に繋がる場所があると。ここのことだったのですね」

「ええまあ、そうですね。言ってしまえば背立山の全体がそうですが、特にここですね。道として整えられていることの意味は大きいので」

「幽世に繋がる道……」

 雪斗は呟く。その声に、何か特別な思いが籠っているように聞こえたのは沙羅の錯覚だっただろうか。

 沈黙が降りそうになるが、その隙間を埋めるように、かすかな流水の音が聞こえてきた。二人ははっとして顔を見合わせる。

 今度は雪斗にも聞こえているようだ。ということは――いよいよ、幽世へと踏み込んでいる。

 沙羅は雪斗に注意を促した。

「雪斗さまもご存知のように、幽世は現世と違って定まった形を持っていません。洞穴を抜けた先がどういう場所なのか分からないのです。わたくしは幽世に慣れている方ではありますが、誰かと一緒に行くのは初めてです。勝手が違うかもしれませんし……申し上げるまでもないかもしれませんが、当てにしないでください。何かあったら一人で逃げてください……と言いたいのですが、一緒の方が危険は少ないと思いますので、危難除けと思っていただければ」

「分かりました……とは答えたくないのですが。沙羅さん、忘れていませんか? 僕は君を守ると言ったのですが」

「……! ……忘れては、いませんが……」

「現世で学んだことがどこまで通用するか分かりませんが、僕は戦う方法を知らないわけでもありません。当てにしてくださいとは言えませんが、守られて逃がされるだけの役回りは御免です。沙羅さんにばかり頼って負担をかけるわけにはいきませんから」

「……雪斗、さま……」

 思いもかけないことを言われ、沙羅はうろたえて視線をさまよわせた。

 言われたことで、はたと気づく。雪斗を頼るという発想が自分の中から抜け落ちていたことに。自分ひとりで何とかして、自分が何とか彼を現世に帰してと、そういう風にばかり考えていた。

「いいですね、沙羅さん。帰るときは二人で、です。君を幽世に取られてみすみす逃げ帰るなんて、絶対にしたくない」

「……分かりました。……ありがとう、ございます……」

 正直に言って、沙羅は自分のことがどうでもよかった。幽世に囚われるならそれはそれでいいかと思ってしまっている。だが、彼がそんなふうに自分を案じてくれるなら。……応えて、一緒に帰りたいと思ってしまう。

 雪斗が頷く気配がした。

「子供を見つけてあげて、みんなで帰りましょう」

「そうですね」

 同意すると気持ちが定まった気がした。ともかくも、今やるべきことは明確だ。

 行く手に明かりが見えてきた。洋燈のそれと明らかに違う、外の光だ。

 水の音も近づいてくる。進むごとに音はどんどん大きくなり……洞穴を抜けた二人は、対岸が見えないくらいに雄大な大河が滔々と流れているのに目を瞠った。

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