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幽世の花嫁  作者: さざれ
少女の行方
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 沙羅は少し目を伏せた。直視するのが憚られる――畏れ多いものを前にして。

「壬堂は背無山を祀る家系。その壬堂が建てて管理してきた小さな祠……大きくある必要はないのです。人々を集めるためのものではありませんので。むしろ目立たないように、しかし目印であるように……」

 いったん言葉を切り、雪斗に受け入れる時間を与えつつ頭の中で考えをまとめていく。壬堂の役目について、彼に知ってもらわなければならない。

「何も知らない人にとっては、幽世に関わりのない人にとっては、ここは単なる洞穴です。でも、幽世を知り、背無山を訪ねる人にとっては――参道なのです」

「――…………!」

「背立山と、背無山とを繋ぐ参道。神体山へ参る道。この先は幽世――現世と二重写しですらない、幽世の深部へ至る道です。雪斗さま、心の準備はよろしいでしょうか?」

「……沙羅、さん……」

 喘ぐように、受け入れがたいものに対するように、雪斗が沙羅の名前を呼ぶ。

 沙羅は静かに雪斗を見返した。雪斗はどう出るだろうか。現世の存在にとって幽世は受け入れがたいものだし、本能的な拒否感を起こさせるものだ。それも当然で、生きようとする本能と真っ向から対立するものだからだ。

 それでも沙羅にこの拒否感が無いのは、沙羅がもともと幽世に片足を突っ込んだ存在だからというだけではない。幽世に出入りするうちに悟ったのだ。幽世は――死は――受け入れがたいものではないと。

 人が生を求め死を否むのは、そもそも死というものを理解できないからだ。理解しようとして、その茫漠たる闇に恐れを抱くからだ。

 だが――極論を言って、恐れなければ、理解しようとしなければ、別に何でもない。恐れるのも理解しようとするのも現世の存在としてのいわば足掻きのようなものだ。受け入れれば、別に何ということもない。むしろ世界と一体になって、自由になれる。……沙羅のこの納得が異端であることは自覚している。

(雪斗さまは、どうお考えだろう……)

 自分の考えが唯一絶対だとは思わないし、人それぞれ幽世の捉え方は違う。だが、頭から拒絶するようだと危ない。そういう人は幽世に触れると発狂しやすい。だからといって過剰に幽世に憧れるような人も危険で、そういう人の心理はむしろ現世に執着している。

 雪斗がどういう考えを定めるのか分からないが、自分なりの結論を出さないと幽世には連れていけない。自分というものを見失って道に迷ってしまう。

(……たぶん、大丈夫だとは思うのだけど……)

 幽世のものを見ることができ、芙美の薫陶を受けた彼だから、普通の人よりは耐性があるはずだ。それに、芙美が見込んだ者だからというのもある。彼の心が不安定だったら体が不安定な沙羅に婚約者として近づけないだろうし、芙美は別の意味でも彼を選んだのではないかと沙羅は思っている。だからこそ彼を幽世へ連れて行こうとしているのだが。

「……沙羅、さん……?」

 雪斗が沙羅の名前を呼ぶ。いや、呼ぶのとは何か違う。まるで、沙羅を通して幽世の何かを見ているかのような。幽霊でも見たかのように見開かれた紫紺色の瞳の前に、沙羅は思わず身を強張らせた。

「あ……すみません……」

 そう謝る雪斗からは、見通して見透かすかのような凄みが消えていた。いつもの優しげな彼だ。沙羅は詰めていた息をついた。

「雪斗さま。……大丈夫でしょうか?」

「すみません。大丈夫です。壬堂家がそんな家系だったとは知りませんでした」

「おばあさまからも聞いておられないでしょう。そうそうお話しすることなんてありませんから。それこそ壬堂家に入る婿とか嫁とか養子とか、そういった関係性の者にしか開示しないお話です」

 雪斗は少し目を瞠った。

「沙羅さん、それは僕を結婚相手として認めてくださったということですよね?」

「さあ、それはどうでしょう」

 沙羅ははぐらかしたが、このことははっきりと伝えておかなければならない。

「雪斗さま。言うまでもなく、幽世は危険です。体や心がしっかり出来上がっていないと、幽世からは帰ってこられません。大人でいらっしゃるのでお体は大丈夫だと思うのですが、お心は……心構えはおありでしょうか」

 小さい子供が神隠しに遭いやすいのはそれだ。まだ現世の体と心がしっかり出来上がっていなくて、現世と幽世の垣根をひょいと越えてしまうのだ。雪斗は大人だし、芙美から教えを受けたり修行を積んだりしたようなので大丈夫だと思うのだが、ともかくも意思を確認しなければならない。

 雪斗ははっきりと頷いた。

「連れて行ってください、沙羅さん。何かがあっても恨みはしませんから。……むしろ、本望です」

 何か不穏なことを小さく付け加えたような気がしたが、気のせいだろうか。

 ともあれ、彼の心が定まっているなら沙羅に否やはない。

「分かりました」

 頷き、沙羅は荷物から洋燈を取り出した。

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