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幽世の花嫁  作者: さざれ
神隠しの山
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「どんな怪物が出るか、どんな地形が現れるか、どんな困難があるか……幽世を行くのは危険が多く、予測も困難。時間もかかります」

 だから沙羅は芙美と違って、人探しが得意ではないのだ。幽世を経由して探し人のもとへ必ず辿り着くことはできる、しかしその過程が生半ではない。

 だが今回は、そうなってはいない。辺りに広がるのは山麓の森の風景だ。

「わたくしたちがこうやって普通に森を歩いていけるのは、雪斗さまが現世と幽世を、背立山と背無山を二重写しに見てくださっているからなのだと思います。これなら、現世の山から乖離することなく探していける」

 何が出るか分からない不定形の世界を彷徨わずに済むのなら、山を歩くだけなら、普通の捜索に近くなる。危険がないとは言わないが、予測不能なそれは少なくなるだろう。

 雪斗は、辛そうにしながらも笑みを浮かべてみせた。

「それなら、頭が痛いのも報われますね。気力も湧いてきます」

「でも、無理はなさらないで。荷物を貸してください。少しこちらに移します」

 雪斗の負担を減らそうと休憩の前にも提案したのだが、断られたのだ。だが、自分がお荷物ではないと分かったからなのか、雪斗は今度こそ素直に応じた。全部を代わりに持ってあげられればいいのだが、さすがにそれは無理だし、万が一はぐれた時のことを考えても、物資は分け持っておいた方がいい。

 沙羅は荷物の中から小さい鉈を出して、手ごろな枝を見繕った。雪斗の杖代わりにするためだ。それを見て雪斗は苦笑した。

「沙羅さん、それは幽世の木です。できればその横の、現世の木で作ってくれると嬉しいな。千年も昔に消えた幻の山の木で作られた杖なんて、触るのも畏れ多いし」

 魔法も使えてしまいそうだ、と冗談を言う。雪斗が少し持ち直した様子であることと、自分を頼ってくれたことが嬉しくて、沙羅は張り切って隣の木に向き直った。

 そして、思わず吹き出した。

「雪斗さま、これは黄櫨の木です。かぶれる可能性がありますから、杖には向きません」

 雪斗も苦笑した。


 日が傾きかけるまで捜索を続けたが和歌菜のところにまで辿り着くことはできず、沙羅は撤退を宣言した。まだ光を残した空を恨めしげに睨みながら、雪斗は唸る。

「勿体ないですね……せっかく進んだのに」

「いえ、大丈夫です。いったん止めても、一からやり直し、とはなりませんから。かといって、止めたその部分から続ける、ということにもならないのですが」

「それを聞いて、安心していいのか不安になるべきなのか、迷うところですよ」

 雪斗は苦笑した。その笑みに力がない。現世と幽世を二重写しに見続けた彼には相当な負担がかかっているだろう。まだしばらくは日が落ちないだろうが、山で暗くなっても行動を続けることは、このような場合でなくても下策だ。日が暮れないうちに山を出なければ。

 幽世から出る方法は一様ではないが、今回は簡単だ。山から出ればいいだけだからだ。沙羅は箸を背嚢に仕舞い直し、歩きやすい場所を選んで雪斗を先導した。

 山を下りれば、そこはもう上ノ杜だ。上ノ杜は森の占める割合が大きいが、それでも人里には違いない。田畑があり、開けた野があり、人々が住んでいる。

 山裾の森から出ると視界が開け、人々の行き交う道が現世の生活の実感を思い出させた。糸が切れたように、雪斗が道端に座り込む。緊張が切れたのだろう。

 予想できた事態だった。沙羅は少し慌てたが悲鳴を上げることはせず、荒い息をつく雪斗に声をかけた。

「寝転ぶよりも座ったままの方が楽なはずです。わたくしに寄り掛かってくださって構いません。一人の方が安らげるなら、少し離れておきますが」

「……あり、がとう……申し訳、ない……」

 雪斗が辛そうに応える。しかし沙羅を遠ざけたいような素振りはないので、沙羅も一緒になって座り込んだ。

 寄り掛かるように促すと、雪斗は逆らわず、沙羅に体重を預けた。思ったよりもだいぶ重い――というか、人の重みというものを実感として考えたことがなかった――が、背嚢を抱え込んで何とか体勢を維持する。雪斗の頭が沙羅の肩に凭れかかり、荒い呼気と汗ばんだ髪を頬に感じた。不快ではないが……何とも居心地が悪い。雪斗は細身だが、やはり沙羅とは体格が全然違う。この人が自分の婚約者なのだと考えてしまうと、頬にかあっと血が上った。

 甘美なような苦行のような時を過ごし、雪斗の息が整ってきたあたりで沙羅は水筒を出した。雪斗に渡すと、彼は音を立てて飲んだ。普段よりもずいぶんと荒っぽい。

「……ありがとう。生き返りました」

 かすれた声でお礼を言われ、沙羅の頬がさらに赤くなる。

「沙羅さんも飲んだ方がよさそうです。体が熱を持っているみたいなので」

 そう言われて水筒を渡され、沙羅はたじろいだ。雪斗が口をつけたばかりの水筒だと思うと、そこに自分の口をつけるのはとんでもなくはしたない行いのような気がする。気を抜くとあの雨の夜の感触が蘇ってきそうで、沙羅はぎこちなく応えた。

「……わたくしは大丈夫です。それよりも、歩けそうでしょうか? 今日は東鶯邸に泊まらせていただくつもりですが……」

 車に乗せてもらったときに話は通してある。黒須平にある壬堂の家に戻るよりも、背立山の麓にあたる上ノ杜にある東鶯邸を拠点にした方がやりやすい。

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