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幽世の花嫁  作者: さざれ
神隠しの山
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 そんな芙美だが、隼人が沙羅を苛めた時は何故か怒ることをしなかった。祖母の力に頼り切るのは悪いことだと思いつつも、自分の味方をしてくれない芙美に不満があったのも確かで、どうして祖母は隼人にだけは甘いのだろうかと子供ながらに一生懸命考えた。

 そうして結論を出し、「おばあさまは隼人が好きなの?」と聞いてみたのだが、芙美は珍しいくらい呆気に取られていた。石仏が口をきいたとしてもあれほどは驚かないだろう。芙美は頭の痛そうな表情をして、「……もっとよく考えてみなさい」と言うだけだった。言われた通りに考えてみたが分からず、未だに謎のままだ。

 その隼人は何故だか雪斗に敵意の籠った視線を向けていた。祖母にならともかく、雪斗とは碌に接点がないはずだが、どうしてだろうかと沙羅は首を傾げた。雪斗の方は柳に風と受け流している。

 だが、隼人のこの言葉に雪斗は顔色を変えた。

「せいぜい気を付けることだな。こいつに関わると碌なことにならないぞ。母親の命を奪って生まれてきた奴だ」

「なっ……!」

 雪斗は思わずといったように声を上げたが、沙羅は表情を変えず沈黙を通した。

 隼人の言うことは正しい。反論のしようもない。沙羅が現世に生を受けるのと同時に、母の百合は幽世へ旅立ってしまった。

 沙羅に関わると碌なことにならないというのも完全に同意だ。沙羅は生まれのゆえに、幽世に引き寄せられ続けている。巻き込まれないなどどこにもない。

「訂正してください。実際に僕はこうして無事にいるし、沙羅さんを守っていくつもりです」

(雪斗さま……)

 きっぱりと言い切った雪斗に、沙羅は驚いて彼の顔を見上げた。表情を険しくしていた雪斗は、しかし沙羅の視線を受けると安心させるように少し微笑んでみせた。その笑みに、心が少し揺れる。不愉快な感情ではなかった。

 ここで、そんなことにはさせない、雪斗を危ない目に遭わせたりしない、と啖呵を切れたらどんなによかっただろう。だが、沙羅は自分が幽世に親しい存在であることを自覚している。そんな自分を否定できずにいる。幽世との縁を絶たれ、一人きり現世に投げ出されたら……そのまま狂ってしまうかもしれない。

 だからこそ雪斗を遠ざけたいのに、彼はそれでいいのだと言う。沙羅を守ってくれるとまで言う。……しかし彼の選択には、芙美への恩義や沙羅への厚意だけではない、何らかの意図があるのだ。

 そのことを思い出し、解けかけた心が再び引き締まる。彼も何らかの事情を抱えているのだということを何度目ともなく意識する。

 沙羅は気を取り直して言った。

「雪斗さま、ありがとうございます。でも、今はわたくしのことはいいのです。和歌菜さんのことについて、お話を進めなければ」

 雪斗は沙羅を案じるように見たが、沙羅の普段と変わらない様子に口を閉ざした。隼人もそれ以上言葉を差し挟もうとはしない。

 和歌菜が〈音無しの鈴〉と〈みたまの緒〉のように引き合う呪物を持っていれば一番いいが、さすがにそこまでは望めない。髪や爪といった対象の一部、あるいは写真、現実的なところでは、ふだん使っている物などだ。おもちゃなど、愛着を持っているものがいいだろうか。そうしたものを貸してほしいと頼む。

 その旨を伝えると、隼人は渋い顔をした。

「あいつの部屋には今、母上がいるからな……。あまり踏み込みたくない」

 千和家の奥方は可愛がっていた末娘がいなくなって取り乱し、娘の部屋から出てこないのだという。そこから物を持ち出すのは、聞くだに難しそうだ。依頼人側に負担をかけるのも本意ではない。

「それなら……そうですね、食器とか。和歌菜さんがいつも使っているお箸とかお椀とか、そういうものならお借りできるでしょうか」

「……ああ、それでいいなら。待ってろ、持ってくる」

 隼人は少し面食らった顔をしたが、すぐに頷いて奥へ向かった。使用人任せにせず、自身で持ってくるつもりのようだ。彼だけに行かせるのはどうかと思ったが、さすがに他人の家の食器棚や厨を覗くのは失礼だろう。その場で大人しく待つことにした。その間に、気になったことを雪斗に聞いてみる。

「あの、雪斗さま。彼と何かありました……? おばあさまの葬儀の時くらいしか接点がないと思うのですが、どうも敵意を感じるような気がして。……もしかして、わたくしが嫌われているから雪斗さままで……?」

 捜索には関係ないが、さきほどの隼人の視線が気になる。沙羅が嫌われているのは昔からだが、雪斗が嫌われる理由などあるのだろうか。

 雪斗は穏やかな性質だ。敵意を向けられるようなことなどしないだろう。千和家は豪農だから薬屋と利害が相反するということもないはずだ。そもそも接点が見えない。そう思いながら見上げるが、雪斗は少し困ったような、少し呆れたような視線を沙羅に返した。

「……どうでしょう。……まあ、敵には違いないだろうと思いますが」

「えっ!? どういうことですか!?」

「さあ? 捜索に関わることではありませんから、考えなくていいと思いますよ」

 雪斗のはぐらかしにやきもきとするが、目下の問題と無関係のことをいつまでも考えてはいられない。釈然としないが切り替えて、沙羅はこれからのことを思案しながら隼人の戻りを待った。

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