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だが、娘が無事であってほしいという洋蔵の親心を思えば、それを包み隠さずに伝えることは躊躇われた。女児が無事でいてほしいと心から願っているのは沙羅も同じだ。行方不明だと聞いたときから探しに行きたくて気が急いて仕方なかった。
洋蔵は腕組みをして唸った。
「正直な話、眉唾だが……捜索には猫の手も借りたいくらいだからな。依頼しよう」
「お引き受けいたします」
失礼な物言いだが、沙羅は咎めることなく頷いた。このくらいでいちいち目くじらを立てていても仕方ないし、娘がいなくなって冷静でいられない気持ちも分かる。
「入用の物があれば用意させる。報酬は、そうだな……」
雪斗も交えて話をまとめ、洋蔵は席を立った。怒鳴り込んで入ってきたときとは違い、だいぶ落ち着いた様子で店を出ていく。その後ろ姿を見送り、雪斗は沙羅に案じるような目を向けた。
「……大丈夫ですか?」
「……正直に言って、不安ではありますが……」
沙羅は答えた。依頼主の前では口が裂けても言えないが、不安だ。これが芙美であれば、人探しの得意な彼女は不安なく引き受けられたのだろうが。
「おばあさまだったら、これが神隠しであろうとなかろうと、すぐに見つけられたはずです。わたくしには真似できませんが……やるしかありません。それに、これが幽世への神隠しであるのなら……やらなければならない」
決意を口にして、沙羅は雪斗を見上げた。
「雪斗さま……手伝っていただけませんか? 壬堂の婚約者として……」
「もちろん。できるだけのことをします」
沙羅の言い方に少し首を傾げたものの、雪斗は聞き返すことなく即答した。沙羅は短く感謝を口にして、これからの方針を伝えた。
「あちこち歩き回ることになりますから、まずは着替えましょう。水筒などの荷物は巌さんたちに二人分を用意してもらいますが、一般的なものの他に必要なものがあったら、それは各自で。準備が済んだら、まず千和の家を訪ねます」
巌たちはこうした準備に慣れている。芙美がいた頃から何度となく行い、時に同行していたからだ。最終確認はもちろん自分でするが、安心して任せられる。
「分かりました。では、また後で」
二人は各々、支度を整え――雪斗も壬堂家の部屋を複数割り当てられており、私物を置いている――玄関口の土間に再び集まった。巌たちが用意してくれた水や軽食や縄などを、一緒に確認しながら二つの背嚢に納めていく。
雪斗は洋装だが、沙羅は和装……千早に緋袴という巫女のような服装だ。長い髪も纏めてある。伝統に敬意を表し、先人たちが作り上げてきた体系の力を借りる意味合いもあるし、着物よりも動きやすいからという理由もある。他の理由もある。雪斗は沙羅の服装にあまり驚きもせず、納得したような表情をしていた。
それぞれに背嚢を負い、屋敷を出る。台風が過ぎてから二日目の昼、まだ辺りには水溜りが残り、もぎ取られた大枝など強風の跡が生々しく残っている。壬堂の家も無事とはいかず、とくに庭の被害がひどい。今年は風雨にやられてばかりだと溜息が出るが、そんな時もあると諦めるしかない。楠乃瀬の別邸である東鶯邸は、頑丈なつくりのためか、目立った被害はないそうで何よりだった。
台風の残した傷痕を拭い去るため、あちこちの家屋や田畑で人々が動き回っている。そんな人々の中、音を鳴らしながら和歌菜の名前を呼ぶ一団がいた。千和家が組織した捜索隊だ。隊はいくつも組まれ、このあたりだけでなく、左陣川の流域を中心に捜索活動を続けているそうだ。
「……まだ二日目ですもの。希望はありますよね」
「……そうですね」
自分に言い聞かせるように沙羅は呟いた。雪斗も同意してくれる。
その後はあまり話もせずに足を動かし、立派な構えの屋敷にやってきた。千和の家だ。母屋の玄関で呼び鈴を鳴らすと、目つきの鋭い青年に出迎えられた。捜索対象の和歌菜の兄、隼人だ。捜索から一時的に外れ、家で用をこなしていたらしく、使用人たちに色々と指示を出していた。
「……何しに来た」
「和歌菜さんの物を何かお借りしたくて。捜索のために必要なのです」
ぶっきらぼうに問われるが、気にせず沙羅は答える。
隼人は昔から何故か沙羅に当たりが強い。小さい頃は泣かされたりもしたのだが、受け流せば実害はないので今ではあまり気にならない。とはいえ、苦手なことに変わりはないが。
沙羅には父がおらず、生まれたときは閉鎖的な集落のなかで色々な噂が立ったそうだ。じつはどこそこの誰々が父親なのだ、いや実は京のさる高貴な御方の、いやいや本当は壬堂家とは縁もゆかりもない子で……等々。沙羅が長じるにつれて百合そっくりになっていくので、壬堂家の血縁であることはさすがに疑われなくなったが、父親については様々に面白おかしく取沙汰された。そうした噂が消えたのは芙美が裏で立ち回ったからだと人伝に聞くが、具体的に何があったのかについては誰もが口を濁す。
芙美は気が強く、理不尽な扱いを許さない性質だった。言い分を通す力もあった。壬堂家や沙羅を不当に貶めた者があれば、相手が立場のある人だろうとお構いなく潰してきた。その幾つかは沙羅も覚えているが、祖母は敵に回したくないとつくづく思ったものだ。




