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幽世の花嫁  作者: さざれ
現世と幽世
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「ところで雪斗さま。わたくし、お店を中心におばあさまの跡を継ぐことを考えているのですが……」

 休憩中に縁側でお茶を飲みながら、沙羅は雪斗に思い付きを話してみた。薄雲が夏の日差しを遮り、風が通って気持ちがいい。

 今日のお茶は摘んできたばかりの新鮮な葉を使った薄荷茶だ。手近なところに植えればいつでも飲めて便利なのだが、薄荷はうっかりすると他の植物を駆逐して蔓延ってしまうので、注意が必要だ。

「なるほどね。芙美さんは昔、あちこちを旅しながらまじない師としての技を使っていたそうだけど、沙羅さんはここで店を継ぐということですね」

 店のことなら教えられるよ、と雪斗が言ってくれるのが心強い。沙羅は京に行ったことがなく、楠乃屋を直接目にしたこともないのだが、支店をいくつも構える大店であることは知っている。薬の材料を買い付けに来たりする関係者も、やり手である印象を受けた。

「薬や、小物ですか……」

 沙羅の話を聞き、そういえば、と雪斗は眼鏡を外してそれを示した。

「これ、芙美さんにまじないをかけてもらった物なんです。他の眼鏡で代用できないことはないのですが、効力が違います。大切に使っています」

「そういえば特別なものでしたね。これに、おばあさまが……」

 瀟洒な造りだが、取り立てて変わったものには見えない。尤も、沙羅には幽世のものと現世のものの区別がつかないから、普通に見たら違うのかもしれない。

「〈音無しの鈴〉や〈みたまの緒〉と比べてしまうと分かりにくいですが、これも立派なまじないものです。ほとんど僕専用みたいなものですが。芙美さんが一から作ったわけではなく、買ってきたものに意味付けをして、まじないを施してくれました」

 興味深い話だ。参考になるかもしれない。沙羅は身を乗り出して眼鏡をじっくりと見る。

「どんな意味付けを?」

「眼鏡は視界を明らかにするものであると同時に、視界を遮るものでもあります。その両義性が、見えるはずのないものを見てしまう僕には助けになりました。『見える』と『見えない』を入れ替える、ということですね。袖のぞきとか股のぞきも同じ意味合いを持っています」

「それって、名所で行う……天橋立の絵葉書を見たことがあります」

 着物姿の女性が袂のかげから、あるいは洋装の男性が体を折って足の間から、砂州を覗き込んでいるものだ。そうすると、砂州がまるで天上に続く橋のように見えるのだとか。

「……そういえば、おばあさまから聞いたことがあります。隠しながら見る行いは、幽世を垣間見ることに繋がると……」

 雪斗の眼鏡はきっと、そうした幽世に関わる理を応用して意味付けられたものだ。見上げた沙羅に、雪斗は頷いた。

「天橋立が有名ですが、観光名所でなくても行われますよ。化かされるのを防ぎたいときなどに。……ああ、沙羅さんは試さないでくださいね。普通の人なら幻想を垣間見るだけでしょうけれど、沙羅さんだと洒落になりませんので」

 雪斗は苦笑の中にも真剣な色を混ぜて忠告した。沙羅も大人しく頷く。

「股のぞきは股眼鏡とも呼ばれる通り、『見る』方法の一つなのです。沙羅さんには必要ないですが……。僕も芙美さんから教わりました」

「そういえば、おばあさまが残した書き付けの中にもありましたね」

 もしかして、と沙羅は思う。雪斗が芙美のもとで学んだのは、沙羅が生まれる少し前のはずだ。

 雪斗は遠方の山でも修行を積んだということだが、その前にある程度のことを芙美から教わっていたはずだ。今の沙羅よりも年少の頃だったと思うのだが、素直にすごいと思う。

(霊能は子供の方が強く出るものだし、小さいころから修行が必要なのはそうなのだけど……)

 芙美は厳格な師というわけではなかったが、ある種の厳しさはあった。子供だからといって甘やかすこともしなかっただろう。幽世に――魂が剥き出しになってしまう世界に――関わってしまう子供であれば、甘やかしは当人のためにならないのだから。

 雪斗はもちろんそれを理解していただろう。そうでなければ芙美を恩師と呼ばないし、こうして無事に成長できたかどうかも怪しい。

 だが、つらくなかったわけではないだろう。親兄弟から引き離されて、裕福な家庭でぬくぬくと可愛がられる暮らしから一転して勉学と修行を強いられ、理不尽だと叫びたくなることもあっただろう。普通、そうした状況で助けを求めたくなるのは母親に対してだろうが……雪斗にも何か、心のよりどころがあったのだろうか。沙羅はぼんやりとそんなことを考えた。

(そういえば。知識の伝授について……)

「あの、雪斗さま。おばあさまから、何か……壬堂のことについては……? この家のことについて、何か……」

 沙羅は慎重に尋ねた。雪斗は思い出すように眉根を寄せたが、ややあって首を振る。

「教えを受けたのは、一般的な……と言っていいか分からないですが、そういう知識だけだったと思います。その中にもしかしたら、壬堂家だけが伝えてきた知識が含まれていないとも言い切れないですが……とくに口外を止められる知識を教わったことはありませんね」

「そう……」

「……あの、沙羅さん。僕が壬堂にふさわしくないと……?」

 雪斗がおそるおそるといったように言う。

「違います! むしろ逆で……」

 勢い込んで否定してから、沙羅は途中で言葉に詰まった。雪斗は面食らったように問う。

「ええと、それは……僕を認めてくれた、って認識でいいのでしょうか?」

「え……?」

 自分の発言を思い返し、沙羅は頬を赤くした。

「あ……違うんです、そういうわけじゃ……」

 焦って弁解を始めるが、雪斗が意地悪げな表情をしているのに気付き、沙羅は言葉を止めた。

「ええ。そういう意味ではないことは分かっています。言ってみただけです」

 揶揄われたのだ。沙羅は先程とは違う理由で頬を染めた。

 しかし、やられっぱなしは悔しい。沙羅は反撃を試みた。

「雪斗さまこそ……本当に、わたくしと結婚したいと思っていらっしゃるのですか?」

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