おばあちゃんのチョコレート
迷子の表情で立ち尽くしている孫娘の芽衣に声をかけると、芽衣は泣きそうな目で私を見上げた。
「おばあちゃん、チョコの作り方って、知ってる?
……知らないよね。おばあちゃんだもんね……」
芽衣は自分の中で答えを決めつけ、しゅんと項垂れた。
「お母さんに聞いてみたら?」
「駄目だよ、お母さん、バレンタインデーとか、大嫌いなんだって。
女の子が男の子にプレゼントなんて、おかしいんだって」
床に投げ出された茶色いランドセル。
女の子らしい、赤くて可愛いランドセルを買ってあげようと言った時、この子の母親はひどく反対した。
もう、女の子は赤がいいなんて価値観は古いのだと。そんな時代ではないのだと。
芽衣がこのランドセルを見た時の落胆の顔が、忘れられない。
告白すれば、私は周囲との歯車が少しずつずれていき、時代に取り残されたように思われることに恐怖してた。
幼い芽衣の言葉に含まれた、私をオールドタイプの人間だと見做す視線。
それを払拭するように、小さな手を取って微笑みかける。
「じゃあ、おばあちゃんと一緒に作ろうか、チョコレート?」
「本当!? 作り方知ってるの!? おばあちゃん!?」
思わず苦笑してしまう。バレンタイン。このイベントが広く一般化した1970年代の後半は、私の青春の真っ盛りだった。
芽衣は私のことを、筑前煮や和え物のような、いかにも老婆然とした料理しか作らない人間のように思っているが、私にも若かりし日々はあったのだ。
手作りチョコに、クッキー、カップケーキ。お洒落で可愛い料理を作りたくて堪らなかったあの頃。
「とっても可愛いチョコの作り方、教えてあげるからね」
台所の棚の奥に眠っていた、ハートの金型を取り出す。
昔取った杵柄で、銀のラメシュガーの散ったチョコを作って見せると、芽衣は喜色満面飛び跳ねた。
……着色料と食品添加物の塊だからと、この子の母が決して許さないトッピングアイテム。
不意に寂寞が胸を吹き抜けた。私の若き日々も、こんな色に輝いていたのに。
チョコと追憶を、フリルで包んでリボンで飾る。
「お母さんには、内緒ね」
シー、と人差し指を立てると、芽衣はこくりと頷いて。
二人で作った隠し事を、チョコレート色のランドセルにそっと納め、軽い足取りで駆けていった。
了