番外編2 ドライブは饅頭と共に
駆ける。夕暮れか、夜か。木々の間を縫うように。
なぜ走る。そもそもここはどこだ。
わけも分からずなにかに突き動かされるように駆ける。木の根をするりと飛び越え、田の中を水をはね飛ばし駆ける。
早く。速く。
その瞬間足が重くなる。ドタリドタリ足音を立てて減速していく。
なんでだよ。どうして。早くしないと…早くしないとなんだ。
視界が狭くなる。息が上がり、喉が締め付けられているような感覚。
あぁ。ダメだ。ダメなんだ。
「──────コトエ様!!」
布団を蹴飛ばすように跳ね起き、辺りを見回す。いつもの天井。いつもの風景。
「今日補講あるの忘れてた!コトエ様!すみませんが、朝ごはん適当にしといてください」
マスターがドタドタと走り回る。全くいつもの風景である。
バタリと玄関が閉まり、再び沈黙が訪れる。
しばらくぼーっと天井を見上げる。先程の夢は。頭に霧がかっているかのようにぼんやりとしか思い出せない。なにか思い出せるような気がするが、ズキリという頭痛がしたので考えることを辞める。
むくりと立ち上がる。いやはや、頭が痛い。偏頭痛がする頭を擦りながら、台所へと足を運び朝の食材を物色する。しかし、今あるのは悲しいことに調理必須のものばかり。電子レンジの使用しか認められていないため、今食べるものは無い。何かあったようにと手渡されているガマ口財布を掴む。
何か買いに行くか。
スタスタと玄関の方に行き扉に手を伸ばす。が、その手は空を切ることになる。
扉が外側から開かれる。
陽は既に落ち、夜が動き始めた頃。
補講に課題と疲れきった体を引きずるようにとぼとぼ歩く。ようやく見えてくる我が家が輝いて見える。
結局出席取られなかったし、焦って損したなぁ。明日までの課題もあったしいいんだけどさ。
ガチャりと玄関の扉をあけて中へ入った。
「ただいまー」
声が闇に溶けていく。返事がない。電気もついていない。寝ているのか。
リビングに顔を突っ込むようにして再び声をかける。
「コトエ様ー?」
反応がない。いつもなら寝ていても呻き声くらいはあげるはずなのに。
もぬけの殻となった布団を見下ろす。背中を生ぬるい汗が伝う。まさか。
朝食を食べた痕跡すらない。なにより、ガマ口財布がない。頭から血の気が引く。そういえば鍵がかかっていなかった。朝自分はかけたか?…いや、かけなかった。外に出ている。今コトエ様は外にいる。
ベランダへ転がるようにして出る。目視できる距離にコトエ様は見えない。当たり前だ。落ち着け、冷静になれ。
身体中に溜まった嫌なものを吐き出すかのようにため息を着く。車の排気音だけが辺りに寂しく響く。
一体どこへ。朝から居ないのか?だとしたら電車に乗っているのか。いや…探すしかない。落ち着け。まずは、コンビニを見に行くか。
そう思い玄関の扉に手をかけようとした時だった。ドアノブを掴もうとした手が空を切る。
扉が外側から開かれる。
「ただいま!!」
そこにいたのはコトエ様だった。ぽかんと立ち尽くしているのを他所に、するりと横を通り抜けるとスタスタと奥に入っていく。慌ててゆらゆら揺れる尻尾に問いかける。
「コトエ様?!え、どちらに?」
驚くことに、問いの答えは背後から返ってきた。
「ドライブよ〜」
耳に覚えがある。本能が逃げるべきだと訴える。そして、衰えてきた反射神経だが、この時ばかりは真価を発揮する。振り返りながら大きく後ろへ後ずさる。
が、そこにいたのは大家さんだった。
「こんばんは〜。ふふっ、全くもう。同居人が増えたならちゃんと連絡してくれないと」
やっばい。やらかしたか?また、お説教か?というか、ドライブって何?
焦り散らかし思考できない頭がパンクする。
「ま、いいけど。詳しいことは後でね。コトエちゃーん、ありがと〜。またお願いね〜?」
「うむー!まろも楽しかったぞ〜」
遠くの方からコトエ様の声が聞こえる。
うーむ。とりあえず、今回はお咎めなしか。
じゃあねと足元軽やかに去る大家さん。どこからともなく取り出した饅頭を頬張るコトエ様。そんな様子を眺めながら、どこから突っ込んでいいか分からずに立ちつくすのだった。
こんばんは。ヒラメです。失踪する気だったんですけどね、やっぱり未完で終わらすのは寂しいので。
最後まで頑張ることにします。