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第二話 凍てついたアイス

夏本番の暑さが続く日々。傾いた陽の光が窓から差し込みはじめた夕方。ネットサーフィンに飽きた一柱がなにもすることなくただ熱に溶けていた頃。

ふとその耳がなにかの気配を感じ取り、ぴくぴくと動く。

「おや」

ムクリと起き上がり、陽の明るさに目を細め窓の外を見る。

ちょうどその時だった。ぱつん水滴が窓を叩く。それを合図に空から雨粒が降ってきた。

「...狐の嫁入りか」

陽の光を浴び、まるで水晶玉のように輝いている雨をぼんやりと眺めながらぽつりと呟く。嫁入る姿を想像し、物思いに耽ろうとする頭の中に現れたイマジナリーマスターが口を開く。

「もし私がいない時に雨が降ってきたら洗濯物を取り込んでおいてくださいね」

ふむぅと声を漏らし、窓の外の洗濯物をちらりと確認する。

濡れたくないのじゃが…仕方がない。

意を決して、一柱は窓を開ける。


がちゃんと扉を開け中に入る。

ただいまとリビングに向かって叫ぶと、力ないおかえりが返ってきた。

爪先の方が少し濡れた靴下を脱ぎつつ風呂場の方に直行し、バスタオルを一枚引っ掴む。

「洗濯物、入れておいてくれましたか?」

んー、とコトエ様の声が遠くの方で聞こえる。髪の毛を拭きながらリビングへと向かうと、ちょうどコトエ様は洗濯物を畳み終わったようだった。

「全く。悲惨な目にあいましたよ。今日雨降るなんて聞いてないんですけど」

「狐の嫁入り...良いことじゃろ」

「雨に濡れた時点で私にとっては嫌なことなんですよ。あ、これお土産です」

ビニール袋に入ったカップアイスを手渡すと、コトエ様は嬉しそうにスプーンを取りに行った。ふりふりと左右に揺れる大きな尻尾を見てふと疑問に思う。

「コトエ様も嫁入りするんですか?」

「まろ、神じゃぞ?」

「でも、狐じゃないですか」

「まろ、白狐の神じゃぞ?」

それにな...と、なにやら長話が始まる予感がしたので、逃げるように風呂場へ向かう。

コトエ様の嫁入りかぁ、きっと可愛いんだろうなぁ。

なんて考えながらシャワーを浴びる準備をする。


風呂場の方へ消えていってしまった背中にむっとしたものの、今は目の前のアイスの方へ意識を向ける。

舌の上を転がる冷たいアイスが心地良い。寒い冬に食べるアイスも悪くないが、やはり暑い夏のアイスは美味しい。

半分くらい堪能した頃、先程のやり取りが再び思考に戻ってくる。

嫁入りなんて、そんな記憶...

その時だった。

頭に激痛が走る。まるで脳にヒビが入り、じわじわと割れていくような痛みに耐えきれず叫ぶ。視界はチカチカと点滅し、やがて真黒に暗転する。

なんだ。なんだ。なんなんだ。何が。一体何が。

轟轟と吹き荒れる豪雨の音が耳を塞ぐ。

まるで走馬灯のように記憶がフラッシュバックし、脳内を高速で駆け巡る。錆びつき、灰色に色褪せた記憶。しかし、あるところからまるで切り取られたかのように、もしくは黒いインクで塗り潰したように記憶がない。

やはり、記憶が欠けているのだ。しかもそれは、それこそが大切な記憶だと直感する。

どうにか思い出そうとしても頭痛が酷くなるばかりか、思い出そうとする度に底知れない焦りが体を犯す。

感情が渋滞する。鼓動は早まり、息があがる。混乱した思考は絡まり、渦となって己の中で回転する。

...まろは誰だ?琴絵とは誰だ?

()は誰だ?

大きな渦が思考を飲み込み、自分を失う。

ただ、雨の音だけが体に響く。


シャワーを浴びて戻るとコトエ様が頭を抱えこみ倒れていた。

またアイスの食べ過ぎて頭が痛くなったと思ったが、どう見ても様子がおかしい。

吐息は荒く、体は小刻みに痙攣している。

「コトエ様、大丈夫ですか?」

びくっと耳が反応し、痙攣が止まる。むくりと起き上がると、静かにこちらを見る。否、見たように見えただけだった。

決壊した涙腺からえんえんと涙が頬を伝い続ける。目の焦点は合っておらず、まるで私を見ていない。蒼い目は錆びた銅のような色にくすみ、紅い目は血が滲んだように赤黒く染まっている。

「コと...絵?」

狂気。恐怖。惑乱。

得体の知れないなにか。その不気味さに思わず息が詰まる。

「コトエ様!?しっかりしてください!」

すぐさま駆け寄り体を揺する。


「やめんか?!どうした?!や、やめろっ!」

何度かそうしているとコトエ様は覚醒した。

「大丈夫ですか?」

「何がじゃ?全く。急にどうしたというのじゃ...んあ?!ま、まろのアイスがっ!いや、大丈夫じゃないじゃろこれ!」

机の上でひっくり返ったアイスにあたふたするコトエ様は間違いなくいつもの調子だった。

普段通りのコトエ様に戻りほっとするも、先程のコトエ様が脳裏に焼き付いて離れない。

まるでゲームのバグ。あれはいったいなんだというのだろうか。


夕立は本降りとなり、空はどんよりとした空に覆われている。

溶けたアイスが机の上に小さな水溜まりを作っていた。

どうも、ヒラメです。

流さ的には番外編にしたいところですが、内容が内容ということで第二話に。

今回は日常回から一転。コトエ様が発狂するのですが、思いついた原案から書き直してます。と、いうのも原案が微ホラーと言って差し支えないほどにちょっと怖くて、なによりタンゲコトエらしくないと思ったのが理由です。発狂らしくないという意見があれば元に戻しますし、タンゲコトエらしくないという意見があればもっと和らげます。


我が家のコトエ日記においては今年の更新は特別なにかない限りないと思います。

ではまた。

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