時計と踊り子
「第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞」投稿作品です。
町の中央広場に建つ、僕の針が朝9時を指す。音楽隊が派手な音を鳴らし、キミはステージに飛び出していく。
まだ眠そうな顔をして道を行き交う町の人々も、彼女の踊りを一目見ると、途端にやる気に満ち溢れた表情になる。今朝の踊りは無邪気な子供のように元気いっぱいだ。
そう、彼女の舞は日々違う表情を見せる。時に陽気に、時に激しく、時に切なく、時には妖艶に……。毎日黙々と、淡々と針を動かしているだけの僕とは大違いだ。
彼女のステージは一日5回。午前9時、正午、午後3時、6時、9時。365日、毎日。雨の日も風の日も、真夏のめまいがするほどの灼熱の太陽が降り注ぐ日も、真冬の心まで凍えそうな雪の日さえも、そこに人々がいる限り。
ある日のあるステージにいつものように飛び出す直前、彼女が少し躓いたように見えた。しかし彼女は何事もなかったかのように、いつも通り町の人々に笑顔をもたらす踊りを披露していた。
僕の気のせいだったか、とほっとしたのも束の間、彼女はがくんと膝から崩れ落ちた。見ていた人々も息を呑んだ。
広場がざわめく中、自分の足で歩くことができず、抱えられながらステージ裏に戻っていく彼女の顔は苦悶に満ちていた。おそらくは足の痛みと、踊りを中断せざるを得なくなった状況に対する悔しさからだろう。今までに見たことのない彼女のその表情に、「直るかわからない」などという不穏なことばが脳裏をよぎった。
それからの数日間、僕がひたすらに時を刻むだけの、つまらない毎日になった。
そしてついに今日、彼女が戻ってくるとの報が入ってきた。
彼女がステージに立つ準備がされているらしいが、ここからは窺い知ることができない。彼女は今、どんな気持ちで、どんな表情をしているのだろう。
道行く人々はまだこのこと知らないようでステージには目もくれない。
僕の針が刻一刻と、その時に近付く。
僕は、9時0分を指す。
扉が開き、音楽が鳴り響き、彼女がステージに飛び出していく。
今までより一層輝きを増して踊る彼女を見とめた町の人々の顔にも、笑顔の花が咲いていく。
人々の活力になっている彼女を、誇らしい気持ちで見つめつつ時を刻む僕は9時1分を指す。
扉が開き、彼女が僕の元に戻ってくる。その表情はとても晴れやかだった。
これからも共に時を刻もう。
おかえり、僕の踊り子。
お読みいただきありがとうございました。