聖女の条件がゆるすぎて候補が多すぎます。今回の聖女はくじ引きで決めるって言われたんですが、辞退も可能ですか?
つい出来心で書いた短編です。
ゆるい感じでお読み頂けたらと思います。
高校に入って初めての定期試験が終わって、私は軽い足取りで自宅への道を歩いていた。
今夜の夕食は、テストを頑張るご褒美という名目で母に強請った母特製カレーだ。
スパイスから母がブレンドしただけでなく、その一部は自分で育てた野菜とハーブまで入っている、母こだわりの一品なのだ。
試験が思ったより良く出来たし、早くあのスパイシーな香りを胸いっぱいに吸い込みたいし、少しでも早く帰りたいなと鼻歌交じりにいつもの角を曲がったら…地面が白く光った。
そして、私はその光る穴に吸い込まれるように意識を失ってしまったのだった。
気付いた時には、私はどこか冷たい床に座り込んでいたらしい。
「それで?ここはどこで、どういう状況なんですか?!あなた方は誘拐組織なのですか?」
正に今私も思っていたことを、近くにいたらしい誰かが質問している声が聞こえた。
顔を上げると目の前の少女が1人、目の前の怪しげな白いフード付のコートのようなものを着た人物達に物申している。
本人は冷静さを心がけているのだろうが、その声に静かな怒りが感じられる。
質問の声をあげていたのは、別の高校に進学した近所に住む私の幼馴染兼親友、ひなちーだった。
後ろで一つに結んだ細く長い三つ編みがスッと延びた背筋に揺れるこの姿は間違いないだろう。
状況は良く分からないけれど、私よりかなり偏差値の良い高校にトップクラスの成績で通った親友が一緒ならば、知らない場所でも一人きりよりよほど心強い。
相手が逆上したりしなきゃいいなと思いながら、私はとりあえず親友を見守ることにした。
「わ、我々は犯罪者などではないっ!!聖職者だ!この国を救うべく貴女方の世界から聖女様を召還したのだっ」
白い顎鬚を豊かに生やした白いコート集団の代表とおぼしき男性は、顔を赤くしつつ己の潔白を声高に叫んだ。
……呼び名長いから白コートおっさんでいいか。
あれは怒ってるのかな。
それとも、言われたことが図星すぎて恥ずかしいとかかな。
「……は?聖女、ですか?……誰が?」
「貴女方だ!聖女様にはなんとしてもこの国の瘴気を払い、結界魔法の魔道具を発動していただかねばならないのだ!」
「……あの。もしかしたらこちらでは法律自体が違うでしょうから問題ない行為なのかもしれませんが、私達の世界では、異世界召還だろうがなんだろうが、相手の同意を得ずに無理やり別の場所に連れて来ている時点で立派な誘拐犯なんですが?こちらでは違うのですか?」
確かに!
親友よ、良く言ってくれた!
私だって早く帰って母特製カレーを堪能するのを楽しみにしていたのに、いきなり別の世界とか勘弁願いたい。
断固抗議だ!
でも私が今口を開くと、多分カレーを食わせろとか言い出しそうなので、やはりここはひなちーに一任だ。
堅物美少女なひなちーから、眼鏡をクイッとあげながらビシリと指差しジェスチャー付で指摘された白コートおっさんズは、自分たちが予想していた反応と違うのか、やたらとオロオロしている。
すると、私の背後からブツブツザワザワとなにやら呟く声がいくつも聞こえてきた。
振り返ると、なんと見える範囲にだけでも私と同じ年頃の女の子が大勢いる。
そのほとんどは高校の制服らしい服を着ている。
そりゃ今日は平日の金曜日だから、制服がある高校の子は大抵制服を着てる時間帯だっただろう。
少なくとも50人以上はいるんじゃないだろうか。
「もう、わけわかんない……ここどこ?帰りたいよ…」
「聖女ってあの聖女…?いや、まさかねぇ。ないない」
「通報しなくていいのかな……うわ、電波入んないとかないわ…」
「えぇ~?セイジョショーカンとか!なんかのアイドルっぽくない?」
「ちょ、マジラノベ過ぎてウケるんですけど!」
「どうしよぉ。カズ君と待ち合わせしてるのに間に合わないぃ」
「ふぉぉ!キタコレ!異世界召還イベ?!え、これ巻き込まれ?王子とか近衛騎士とかどこよ!」
周囲を見回すと、ヨーロッパの古いお城か教会っぽい雰囲気の広い空間で、言われてみれば日本ではなさそうなのは間違いない。
泣いている子や、不安そうな子、やたら興奮している子、すごく不機嫌そうな子と様々だけど、その様子から分かることはここにいる少女たちの誰もがこの状況を良く分かっていなさそうだということだけだった。
「いや、待たれよ聖女候補殿。当然、我が国でも本人の意思に反して拉致する行為は犯罪ですし、我々とて無断で召還したことはもちろん承知している!申し訳ないとは思っているのだ」
「だったら、今すぐ!私達を元の所に返してください!私、試験の休憩時間だったんです!あと5分したら次の試験が始まるんです!!」
あー……うん、そりゃ怒るわ。
ひなちーはすっごく良い子だけど、めっちゃ真面目だし警察庁入り目指してるぐらいだから、試験サボらせたら絶対キレるね。
周囲の子たちもそんなひなちーの剣幕に一瞬驚いたものの、言っている内容は実にもっともだと思ったようで、数十人の少女たちが波を打つように全員でコクコク頷いている。
おお、なんだか圧巻だ。
その姿を見て、白コートおっさんは少し長めの眉毛をハの字に下げた。
「う……いや、もちろん我々は聖女殿だけでも残って頂ければ、あとの候補の方々は元の場所にお返しすることも…」
「元の世界に返せるんですね?あ、それって場所だけでなくて、時間も同じなんですよね!?」
食い気味に言葉を重ねるひなちーは本当に怒っているようだ。
試験の邪魔をされたことと、ほぼ拉致状態の現状が許せないんだろう。
ひなちーは真面目すぎて、相手が教師でも間違っているときは抗議して論破してしまう強くて不器用な子なのだ。
「す、少しのズレはあるでしょうが、概ねそうなるかと」
「では、早く帰してください。今、すぐ!」
「ですが、あの…」
まあ、彼らとて理由があって召還したわけだから、すぐにって言われても困るだろう。
それに、私はどうにもおっさんの言っていた言葉が引っかかる。
仕方ないので私は親友の隣までとてとて歩み寄って制服の背中の裾をクイクイと引っ張った。
「ねぇねぇ、ひなちー?」
「良かった、気がついたんだね!ひっちゃん大丈夫だよ。今、元に返してもらえるように交渉してるから!」
「いやうん、まず色々ツッコミ入れたくはあるんだけど……さっき、この人『聖女候補』って私達のこと言わなかった?」
「え?……そういえば」
そう。
『聖女』を召還したと言いながら、この白コートおっさんはひなちーを『聖女候補』と呼んだのだ。
候補ってことは今から選考とかあるのかなって思うじゃん。
選考は落ちてもいいけど、お腹減ってきたから何か食べさせて欲しいんだけど。
もちろん第一希望は母特製カレーである。
とかくだらないことを考えていたら、私の後ろから少し柔らかなふわふわの髪の少女がピョコリと顔をだした。
うぬぬ、なんだその動き!可愛いな!
これは小動物系なのか!
ちょっとお姉さんがもっふもふしてやろうか!
「確かに言ってた!ひな、この耳でちゃーんと聞いてた!」
良く見れば、どこかで見た顔だ。
制服も私と同じなんだから同じ学校の……あ、思い出した。
「あ!貴女、確か隣のクラスの…佐藤さん?」
「そうそう。良かった、覚えててくれたんだね」
「そりゃ覚えるよ……だって、ねぇ?」
彼女が小動物系な可愛さだってこともあるけど、それだけでなく私と彼女には少なくとも一つはしっかりとした共通点がある。
それを言外に滲ませれば、彼女も笑って頷いた。
「まあ、そりゃそっか」
のんびりと笑いあう私と佐藤さんを両隣に従えて、ひなちー無双はまだまだ続く。
「なるほど。では答えて頂けますか?聖女候補とはどういうことですか?そもそもあなた方はどのようにして聖女を選んでいるのですか?聖女が1人で良いならば、何故こんなに大勢の女子学生を拉致することになったのですか?」
「は、はい!実は我々は100年に一度聖女召還の儀式を行っているのですが、その際には必ず、当代聖女様の条件が我々の女神様より伝えられるのです」
「なるほど。女神様が…誰かが声を聞くとか降臨されるとかいうことですか?」
「そうではないのですが、召還の儀の始めに女神様のお力の篭ったこの杖をここに挿すことで、こちらの神殿に昔から伝わる聖なる神託の壁にあのように当代の聖女様に相応しい方を示す文字が浮かぶのですっ!なんと素晴らしいお力!」
どうだ素晴らしいだろうといわんばかりの白フードおっさん。
確かに素晴らしく大きな建物だから、壁も立派だとは思うよ?
でも…これはどうみてもアレじゃないの?
少なくとも私にはそんなに神聖なモノには見えないんだけど。
「え………ねぇひなちー?あれ、液晶画面に写ったスロットマシンに見えるのって私の気のせい、かな?」
「私にもそう見えるわ、ひーちゃん」
「大丈夫、気のせいじゃないって。ひなにもそう見えるし。サイズでかいけど明らかにスロットマシンかスマホゲームのアイテムガチャ!」
私達は思わず顔を寄せ合ってボソボソと意見をまとめる。
うん、やっぱりあれは巨大スロットマシンだ。
ってことは何?
私達ってあのスロットマシンのせいでこんなところに連れて来られたってことなのかな。
「そして先程、我らは100年に一度の召還を行い当代の聖女様を召還することに成功したのです!」
いや、そんなババーンって効果音出そうな感じで言われても、スロットガチャで選ばれました~って嬉しくもないから。
カレーもないし。
「えっと…それで?『聖女』を召還したはずなのに、なんでこんなに大勢の『聖女候補』を召還してるんですか?失敗したんですか?」
「それが私達にも良く分からないのですが、これまでにも数名の聖女候補様が同時に召還されたことはあるのです」
「ですが、ここまで大勢の聖女候補様が召還されたことは前例がなく、我々も少々混乱しておるところでしてな…」
ひなちーの問いかけに、白フードおっさんとその隣に居たもう1人の白フードおっさんが大勢の聖女候補に少しばかり困惑しているのだと答える。
……もう面倒だから白おっさん1と2でいいかな。
もうね、なんとなく。
白ズには分からない『大勢召還された理由』がなんなのか、なんとなーくだけど事情が分かっているんだよね。
私も、ひなちーも、多分佐藤さんも。
「あの……つかぬことを伺いますが、今回私達が当てはまった条件、というのを教えて頂くことはできたりしますか?」
「む?そこの壁に書いてありますが…おお、そうでしたな!聖女候補様方はまだ聖女契約がお済でないので、こちらの文字までは読めぬのでしたな」
「ああ、その契約をすれば文字が読めるようになるのですね?書いてる内容をご説明頂いても良いですか?」
ふむふむ。
聖女様とやらになってこっちに残る人は、少なくとも文盲で不自由を感じるということはなさそうだ。
まあ、私は残るつもりはサラサラないけども。
「もちろんですとも!まず一番左端の文字は、貴女方の世界でいう国の名。その次がお名前。3番目が家名。4番目が年齢。5番目が生まれ月。6番目が御髪のお色。7番目が瞳のお色をそれぞれ表しております」
「「「あー……やっぱり」」」
白1の説明で、やはり自分の予想は当たっていたのだと分かった。
というより、今殆ど全員の口から同じ言葉が出てきて、正直笑うしかなかった。
まあ、それしか言えないよね。
「聖女候補様?やっぱり、とおっしゃいますと?」
「要するに、あなた方は『日本』に住んでいる『黒髪』『黒目』で『9月生まれ』で『15歳』の『佐藤』『陽菜』を召還したということですよね?」
「その通りです!ですが、なぜこのような事態になったのか…」
ふぅと溜息をついてシュンと沈んだ表情の白1だが、全員が心の中で全力でツッコミを入れたに違いない。
いや、それぐらい気付けよ!!!と。
「あの…まずですね?私達の国の国民は多少の濃淡はあっても基本的に『黒髪黒目』の人種です」
「な、なんと!!そうでしたか!そういえば、200年前に同じお国出身だったという聖女様も黒髪黒目の方でしたな!」
そりゃそうだ。
むしろ今ならカラーや脱色してて違う色の人もいるかもだけど、200年前の日本人ならほぼ間違いなく黒髪だろうさ。
「更に言えば、私達の国では9月生まれは最も多い傾向にあります」
「おお、そちらの世界にはそんな傾向が!?我が国では瘴気が濃すぎて子が授かりにくい年はあったりしますが、そういった生まれ月の偏りはないのです。実に興味深いですな……」
うんうん。
クリスマス周辺で子供授かる人が多いってことだよね。
……こちとら彼氏いない歴=実年齢ですがなにか?
リア充爆発しろ!!
「そして間違いなくコレが最大の原因だと思いますが……『佐藤』という家名は、私達の国で最も多い家名です」
「そ、そうでありましたか」
「最後に…『陽菜』という名前は私達の生まれた年、最も多く名付けられた名前なんです」
「つ、つまり……」
「少なくとも私達の年齢では一番多く当てはまる条件ですね、コレ」
「………」
あ、白ズ沈黙。
そうなのだ。
私もひなちーも、隣のクラスの佐藤さんも名前は『佐藤陽菜』。
どっちもすごく多い名前だから、苗字だけや名前だけ一緒なんて人ならそのあたりにゴロゴロしてるよ。
小学校でも同じ学校に4人の『陽菜』ちゃんがいた。
ちなみに先生にも『陽菜』先生がいたが、先生の名前は『はるな』だった。
だから正直、白1の説明聞かなくても名前が原因だろうなぁとは思ってたんだよ。
でもさ、まさかって思うでしょ。
だって聖女様だよ?
そんなアホな根拠で召還されたなんて、さすがに思いたくなかったんだけど。
「で?どうするんですか?この中から、どうやって1人だけ聖女を選ぶんですか?」
「それが…これまでは多くても数名でしたので、話し合って頂いて最もやる気のある方にお願いしておりました」
「は?やる気?そんなのでいいんですか?」
「元々、女神様がお示しになった条件に当てはまった方は皆様、聖女としての力を持っていらっしゃいます。聖女になっていただいた方には少なくとも最終的に結界を再構築するまではこちらに残って頂きますが、王家と神殿が責任を持って御身をお守りいたします。歴代の聖女様におかれましては、王家に嫁がれた方や生涯聖女として神殿に残られた方もおられました。もちろんもとの世界にご帰還された方もいらっしゃいます。どうしても決まらない場合は、こちらの札を引いて頂いても…」
え?それってくじ引き?つまり本当にここにいる子なら誰でもいいってこと?
うわぁ、ますますやる気でないよね。
こんなアホな根拠で連れて来られたのに、やりたいって子いるのかな。
「なるほど……ではとりあえず他の皆さんと話し合ってみます」
あーあ。
ひなちー怒ってるなぁ。
いや、呆れてるのか?
精神的に我慢してる時、ひなちーは笑顔のまま眉のあたりが少しだけピクピクするんだよ。
白ズはもう暫くしてからまた伺いますと言って、ぞろぞろと広間を出て行った。
「ひなちー、どうする?話し合うの?」
「え?この人数だよ?そんなまだるっこしいことしないよ。早く学校に戻りたいし。」
「ぶはっ!ひなちーさん正直すぎて逆にカッコイイ!」
「褒めても何も出ません」
「え?今の褒めてる?まあ、ひなちーは昔から無駄にイケメンだけども」
「ひっちゃんさんも褒めてないよね?」
「いやいや、全力で褒めてるよ!ひなちーは昔から私のヒーローだもん。助けてひなちー!我が家の夕食、母特製カレーなのっ!」
「あのカレーか。じゃあますます早めに帰れるようにしようね。あ、私もご相伴に預かってもいいかな?」
「もちろん!というか、多分母も鍋持っておすそ分けに行くつもりだと思うし」
我が家とひなちーの家は住宅街の同じ通りに面していて、いわゆるスープの冷めない距離にある。
新興住宅地だったけど、近所で同級生の娘同士が同姓同名で親友になったのだ。
当然のように親同士も仲良くなって、休みの日には一緒に庭でバーベキューしたり、2家族で旅行に行ったりしていた。
最近、ひなちーのママが病気で入退院を繰り返しているので、うちの母はよく夕食のおかずを2軒分作って差し入れしている。
「えー、そんなに美味しいんですか?ひっちゃんさん家のカレー」
「うん、激ウマだよ。ひっちゃんのお母さんはお料理ブログとかもやってて本も出てる本格派だから」
「本格派の激ウマカレー!食べてみたい……(ジュル)」
「ちょ、佐藤さん!ヨダレ拭くジェスチャーとかいらないから!もう、初見とイメージ違いすぎ!」
「あはは、良く言われる~」
座り込んでわちゃわちゃと三人で話してから、結局どうするのかと聞いたら、シンプルが一番だといわれた。
まあ見ててというので、もうここはひなちーにお任せコースでいこう。
それが一番早くカレーを食べられるに違いない。
立ち上がってポンポンとスカートの埃を軽く払ったひなちーは、それぞれにザワザワしてる集団に向かって大きく2度手を打ち鳴らして声をかけた。
ん?ひなちー、学校の引率だったかな?
「みなさーん!お聞きになっていたかと思いまーす!これから皆さんにはこれからのことをどうしたいかー!教えて頂こうと思いまーす!いいですかー?日本に帰りたいですよねー!」
「「「はーい」」」
「質問にイエスの方は中央より右側へー!ノーの方は中央より左側へ、移動お願いしまーす!」
「「「はーい」」」
おお。
シンプルってそういうことか!
確かに話し合うより早いだろうけど、どう聞いていくんだろう。
元の世界に戻るか残るかとか色々繊細な問題もある気がするんだけど。
広間の中央に立ち、姿勢良く腕を前に真っ直ぐ突き出したひなちーは、まるで交通整理の警察官みたいだ。
どこかにホイッスルはないだろうか。
誘導用反射棒か旗も欲しいな。
「では第一問!!聖女になってもいい!イエスかノーか!」
直球!!むしろ剛速球!!
まあ、確かにそれが聞きたいことではあるんだけども。
これ、誰もイエスに行かない場合はどうすんだ。
いやでも、そういえばさっき後ろでやる気ありそうな声もしてたな。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、そこまで!ではノーの方は壁際に集まって座ってくださーい」
「「「はーい」」」
良かった。
10人以上…うん、思ったより沢山残ってるわ。
むしろこんなに多い方が予想外だ。
なんで皆やりたがるの?
異世界転移とか転生とかはやってるからかなぁ。
私はそれより、安心安全な日本で美味しい母カレー食べてるほうがいいけどなぁ。
「そういえば、なんかこのノリ知ってるかも…?」
「ママたちが昔見てたっていうなんとかってクイズ番組じゃない?ロサンゼルスに行きたいかーってやつ」
「そうそれ!懐かしの番組特集みたいな番組であってたヤツだ」
「つか、ホントにお友達すごいね?もう聖女はひなちーさんで良さそうじゃない?」
「いや、出来るだろうけど、ひなちーは絶対やんないよ。ひなちーのあれはさ、一刻も早く試験に戻りたいっていう怒りパワーだもん。だってひなちー、慶女だよ?」
「え、えええ?!慶女ってあの慶女!?うちの高校とは全然レベル違うエリート校じゃない。わー、そりゃ間違いないわ!試験大事~!」
「でしょ?あ、もう私のことはひっちゃんでいいよ。ひっちゃんさんって変でしょ」
「やった!じゃあ、私の事はなっちでいいよ」
「了解、なっちね」
当然のようにさっさとノーの側へ移動していた私となっちは、他の子たちと一緒に壁際に移動して壁を背に座り込んだ。
どうせ白ズ以外は女性ばかりだ。
なんだか疲れちゃったし、行儀わるいとか気にしない。
ちなみに、彼女は今夜のドラマが気になって異世界とか無理とのことだった。
わかるよ、そういうのも大事だよね。
そうこうしているうちに、ひなちーはサクサクと質問を続けている。
「イエスと答えた方に質問です!状況次第では、すぐ日本に帰れなくなっても良い!イエスかノーか!」
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、そこまで!ノーと答えた方は壁際へ移動してください」
「では、残った3名の方こちらへいらしてください」
帰れなくなってもいいかと言われて、即断できる人はそりゃほとんどいないだろうね。
3人残っただけでも私的にはビックリだよ。
残った3人は長身ショートカットで真面目そうな美人さんと、少しおどおどしてる感じのおさげ色白少女、それと眼鏡だけど目鼻立ちの綺麗なストレートロングの元気良さそうな子だ。
「残った皆さんは、日本にご家族はいらっしゃらないのですか?」
「家族はいます。ただ、現在両親は海外出張中であと1年程戻らないらしいので、聖女の役目を誰かしなきゃいけないなら私がやってもいいかなと思ったんです。高校も通信制なので、心配をかける人もほぼ居ないかなと思って残りました」
どうやらショートカット美人の彼女は、誰かがやらなきゃいけないなら自分がやってもいいかなという考えだったようだ。
積極的にやりたいってやる気は感じないけど、多分私と一緒で、誰も残らなかったらどうするか考えたんだろうな。
私は考えてもカレー優先ですけどね。
なんだ、めっちゃ良い子じゃん。
うん、君なら聖女もできると思う!
「なるほど、そういう理由での判断ですか。そちらの方は?」
「私は家族は一応いますが、両親は父の暴力が理由で母が家を出て離婚していて、今は働かずにパチンコばっかりしてる父と二人暮らしなので…むしろこちらに残った方がいいかなぁと思ってるぐらいです」
「それは……大変ですね。もしも日本に戻って、困ったときにはご連絡ください。色々と逃げる手段を教えてあげられそうですから」
「あ、ありがとうございます!」
次に答えたのはおさげ少女だったけど、彼女の言葉に他の子も顔を見合わせて眉を顰めてる。
うわぁ、ダメダメ!それ典型的な毒親!!
そのうち暴力振るわれたり、借金漬けになって風俗売られたりする未来が見える!
おさげちゃん逃げて逃げて!
ひなちーも同じことを思ったのか、困ったら助かる方法教えるよと声をかけていた。
確かに逃げる方法は色々あるけど、こっちに残ったほうが確実に逃げられる気がする。
ただ、おどおどしてる彼女に聖女様ってできるのかは少し不安だ。
だって魔法があるってことは、もしかしてこの世界って魔獣とかいるんじゃないの?
前線で戦ったりはしなくても、そんなところに1人で彼女が大丈夫なんだろうか。
「ではそちらの貴女は?」
「私、親は居なくて養護施設育ちなんだけど、一応定時制で高校には行ってるよ!でも私!ずっと異世界転移とか異世界転生とかめちゃくちゃ憧れてて!!正に私の出番!もうめちゃくちゃ頑張るから、絶対聖女になりたい!できれば細マッチョなイケメン騎士様と結婚したい!!」
「……そ、そうなのね」
おおう、めちゃくちゃ前のめりすぎてひなちーがビックリしてるね。
さっきの超やる気ありげな声は君だったか!
確かさっき白1もやる気がある人がいいって言ってたもんね。
もう君でいいんじゃないかな、聖女様。
おさげ少女は心配だけども。
「まあ、そういうことなら私は辞退かな。少なくとも彼女達のどっちかが残ったほうが良さそうだもん」
2人の話を聞いて、ショートカットの彼女は辞退を申し出た。
まあ、そうなるよな。
周囲を見れば、他の子も頷いているところを見ると同じ気持ちだろう。
そうこうしていると、白ズが様子を伺いに戻ってきた。
ナイスタイミングっていうより、あんたたち何処かから覗いてた?
「そうね。じゃあ貴女達で話し合って…」
「えー?ていうか、二人とも聖女じゃダメってこと?んじゃ、ジャンケンかアミダくじしよ!」
「え?えええ?」
話し合って決めましょうと言おうとしていたらしいひなちーに、眼鏡美少女がなんでもないように聖女とは無縁に思える提案をしてくる。
いや、スロットガチャで聖女選ぶ世界だからアリっちゃアリか?
予想外の提案におさげ少女は驚いたのだろう、ひなちーと眼鏡少女を交互に見ている。
「いえ、待って?神官さん、聖女様って1人なんですか?」
帰ってきてた白ズにひなちーが声をかけた。
あ、神官って呼べばいいのか。
なるほどなるほど。
慌てたように少し早足で3人に寄って来た白1は汗を拭きながら頷いた。
「お、おお………もちろん聖女様はお1人です」
「もしも、1人が聖女になって、もう1人一緒に残ることになっても国と神殿で保護はして頂けるのですか?」
なるほど。
もしもそれが可能なら、おさげ少女と眼鏡美少女が2人ともこっちに残れる。
やる気のある眼鏡美少女が聖女をして、おさげ少女はこっちで生活していけるようにしてもらえば良いのだ。
さっすがひなちー!
「それはもちろんですとも!以前の聖女様の時は召還された3名全員が結界再構築まで残っていらっしゃいましたし、婚約者の方がいらっしゃったお1人は帰国されましたが聖女様と元候補の女性はそれぞれ懇意になった令息と結婚して貴族家へ入られました」
「ああ、そうなんですね。ということですが、どうしますか?お二方」
なんだ前例もあるんだね。
それなら問題なしだ。
なんなら貴族にその人たちの子孫もいるから、異世界出身だからと孤立することもないだろう。
「私はもちろん残ります!聖女やりたいし、騎士様に会わずに帰るとかもったいない!」
「私も……聖女じゃなくても残れるなら、こっちで仕事探してみたい、です」
あ、話し合うまでもなくどっちが聖女やるか決まっちゃったね。
まあ、ただ異世界に逃げたい子と聖女やりたい子だったらやる気は段違いだもんなぁ。
「わかりました。では神官さん。こちらの元気な陽菜さんが聖女に。もう1人のおとなしめな陽菜さんはその話し相手兼手伝いでこちらに残られます。2人もそれでいいですよね?」
コクコクと頷くおさげ少女と、めっちゃいい笑顔でサムズアップする眼鏡少女。
眼鏡少女ちゃん、元の世界で会ってたら多分友達になれただろうなぁ。
「おおおお!!なんとこの人数の候補からこんなに早く聖女様が決まるとは!!素晴らしい統率力ですな!できれば優秀な貴女にも残って頂けたら……」
「残・り・ま・せ・ん!ではさっそく、ちゃっちゃと他の人は送り返してください!いいかげん試験に戻らせてください!」
はいバッサリ!
感激してめちゃくちゃいい笑顔だった白ズの笑顔が若干引き攣ったのは見ないことにしよう。
まあそうなるよね。
ひなちーはそう言うと思ってたよ。
私も早くカレー食べたい。
とりあえず送還準備が整うまで、ということで用意されたお茶とお菓子を皆で食べながら、『全員佐藤陽菜お茶会』は何故かやたらと盛り上がりを見せた。
互いに連絡先を交換し合って、あちらに戻ったらなっちと一緒に『佐藤陽菜専用グループチャットルーム』も立ち上げることにしている。
全国に散らばってるからすぐには難しいけど、そのうちオフ会もしようねと約束をした。
ちなみに、お茶会の時にこれまでの日本から呼ばれたと思しき聖女様たちの名前を聞いたこともお茶会盛り上がりの一因になった。
200年前の聖女様は『左衛門三郎千代』さんという方だったらしい。
ひなちーが『それ日本で一番少ない苗字のひとつだし!今は10人しかいないから!!』って激しくツッコミ入れてた。
さすがひなちー、雑学も頭に入ってるのね。
私はもちろん『え、それどっちも名前じゃないの?どこまでが苗字なの?』と返すのを忘れない。
『全国10人で思い出したけど、不死川さんも全国に10人らしいよー?』とか明らかに某漫画きっかけで調べたっぽいなっち。
700年前の聖女様は『万里小路栄子』という方で、どうやら公家のお姫様だったらしい。
かなり責任感の強い方で、聖女としての力だけでなく魔力も相当強かったから、当時の王太子様に熱烈に求婚されて王家に嫁いだそうだ。
いやいや、それ当時は日本では大騒ぎになっただろうなぁ。
とりあえず、結婚するなら多すぎない苗字の人がいいよねって皆で笑いあった。
「じゃあね!なんか任せちゃってごめんね?同じ陽菜同士だもん、応援してる!頑張ってね!」
「さよなら!頑張ってね!王子か騎士様ゲットできたら、私達に写真か手紙でも送ってよ!」
「色々大変だったみたいだけど、こっちで幸せになってね!あっちで祈ってる」
「うちとカズくんみたいに、ラブラブになれる彼氏ゲットしちゃいなよ~!」
「マジビックリしたけど、良かったじゃん!あ、もしパチンカス親父をしめたかったら今のうちにアタシに住所教えときなよ?ガツンとやってやるから!あはは」
あたふたと送還の儀式を準備する白ズを横目に、私を含めた沢山の佐藤陽菜が、残ることを決めた2人の佐藤陽菜ちゃんたちにお別れと激励の言葉をかけていく。
1人1人握手して初めて会ったのに涙を浮かべている子もいる。
確かに、同い年の同姓同名なんて他人な気はしないよね。
それに皆タイプは違うけど良い子ばっかりだもん。
伊達に聖女に選ばれたわけじゃないってことなのかもしれない。
こうして来たときと同じように白い光に包まれて、私達の束の間の異世界体験は終わったのである。
それから数年後に『私達結婚します!イケメンマッチョ騎士団長ゲット!』って手紙が全員の自宅にいつの間にか届いていたり、『異世界で優しい旦那様と定食屋してます』なんて手紙が届いたり。
皆でその度にチャットでワイワイ盛り上がって、あの時の皆とは未だに結構仲が良い。
私はといえば、あの後意気投合したなっちと母特製カレーがメインのカレー屋を経営中だ。
昨年、プレオープンに合わせてギュウギュウ詰めの私の店でついにオフ会を開催。
今では近隣に住む陽菜仲間は常連客だ。
ひなちーは本人の希望通りに警察庁入りを果たし、日々忙しく働いている。
ちょっとギャルっぽかった子はあの時の影響か、頑張って地方公務員試験を受けて今は児童相談所の職員をしているらしい。
カズくんとデートの約束してた子は、人生何があるか分からないからと高校卒業と同時に結婚し、今では双子を含めて五児の母だ。
ショートカット美人の彼女は、この前新人美人アナウンサーとしてテレビに出ているのを見た。
残った2人に写真を送れと言っていた子は、今では出版社で女性雑誌の記者をしている。
700年前の神隠し事件の真相を元に小説を書いた子は、数年前にラノベ作家としてデビューした。
あの日をきっかけに人生が変わった子、変わることなく人生を歩んだ子、様々だ。
ゆるーい条件の聖女召還だったけど、なんだかんだで私達にとっては良い体験だったと断言できる。
あ、もちろんあの時カレーを食べるのを我慢させられた恨みは未だに忘れてないけどね!
カレー馬鹿?上等だ。
まあ、それぐらい母特製カレーは美味いのだ。
というわけで、なっち共々一度ご来店お待ちしております!
仕事疲れで無性に美味いカレー食べたいなという気持ちと、シリーズ更新できてない逃避心から出来た話です。
初めてなろうっぽいタイトルつけてみました。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
それと、全国の佐藤陽菜様、色々と申し訳ございません!!(五体投地)
もし少しでも面白い!と思っていただけましたら、ブックマークや評価などして頂けたら嬉しいです。
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