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きっと笑える様に

 伊蔵(いぞう)ミミルにが言った南をなんとかしろという言葉でフィアは伊蔵越しに彼女を見た。


「何よ?」

「ミミルは派閥の魔女を使い魔にしてないんですよね?」

「してないわよ。だって力が増せば逆らう奴が出て来るかもしれないじゃない」


「確かにそういう懸念はありますけど……それでも使い魔にしてみて下さい。それで狂暴性を抑える事が出来るでしょうし、人の心を感じるのはあなたにとっても悪い事では無いと思うんです」


 ミミルはしばし黙り込んだ。


 人の心、それが分かれば自分もフィアの様に信用され人に笑みを向けられるだろうか。

 これまでミミルに向けられた笑みは卑屈に歪み、自分の不興を買わない様に必死で作られた物だった。

 フィアに向けられる笑みはそれとは全く違うとミミルは短い間だがそう感じていた。


「貴女と同じ事をしろって事ね…………いいわ……やってみる」

「良かった……南をミミルに押さえてもらえば私達は北に集中出来ます。あっ、使い魔にする魔女さんなんですけど、ドッコさんみたいな凶悪な人は眠らせて欲しいんです」


 フィアはドッコの他、ヘイズ領で使い魔にした魔女は全て眠らせていた。

 彼らの事もいずれどうにかしないとと考えてはいたが、悪魔の影響では無く人として他者を害する事を何とも思っていない彼らをどう扱えばいいか、フィアは答えを出せずにいたのだ。


「凶悪な人……力が欲しくて犯罪者を使ったから……責任を取るって言ったものね。分かった、それも含めて南は引き受けるわ」

「お願いしますね」

「決まりか? んじゃこれからは北側って事でいいんだな? んで伊蔵は東に潜入すると……移動はどうすんだ? 俺じゃあすぐ天使たちにバレんぜ?」


「ふむ……黒魔女は見た目でそれと分かるからのう……アナベルに頼むか」

「アナベルか……大丈夫かね、アイツで」

「誰やの、アナベルて?」


 グリモスが興味津々で尋ねる。


「アナベルさんは東から逃げてきた白魔女さんです。今はカラさんのお城でお仕事してもらってます」

「白魔女!? あのお固い連中までフィアちゃんは仲間にしとるんか!?」

「えっと、アナベルさんは白魔女と言ってもはぐれ魔女なので……グリモスさんと変わりませんよ」


「いや、このおっさんとアナベルじゃ全然違ぇだろ……繊細さとか」

「ヌハハッ、図太いんはおっちゃんの長所やで!!」

「いてて!? だからそういうトコだよぉ!!」


 バシバシとベラーナの背中を叩くグリモスに伊蔵は問いかける。


「それでグリモス殿、東にいる教師役とは?」


「ああ、そいつはグレンちゅう旅の坊さんでな、暫くこの里におったんやけど東の事聞いたら、自分がどうにかする言うて飛び出して行きよったんや」


「グレン殿……僧侶か」

「もう死んでるじゃないの?」

「いや、何回か鳥で手紙くれたから生きてはいる筈や。それにそん時は人間やったけど、わいと互角に組手出来るぐらい強かったから簡単にくたばる奴や無い」


 伊蔵は旅の途中で世話になった寺の事を思い出した。

 その寺の僧侶達は学問だけでなく、修行の一環として武術を修めていた。

 その武術は素手での格闘の他、あらゆる武器を使いこなす物で伊蔵も学ぶ事が多かった。


「グリモスさんと互角……お坊さんがそんなに強いんですか?」


「ああ、強いし、わいを見ても普通に話しかけてくるような、肝の据わった奴やったわ。あと坊さんだけによう勉強しとるみたいで、人の生き方とか国のあり方とか里の子供に教えとったなぁ……」


「ふむ、それで教師役か……グリモス殿、その御仁が何処におるか分かるか?」

「なんや、中央超えて東に入ってすぐの場所に隠れ里作って、逃げてきたもん匿うてるって手紙には書いてたけど……あと、東に行ってすぐに、捕まって白魔女にされたらしいわ」


 事もなげに言ったグリモスの言葉で話を聞いていた一同にざわめきが起きた。

 ちなみに余談だが、シルスとフォルスは話し合いに興味が無いのか早い段階で眠り始めていた。


「白魔女……そんな……」

「ああ、大丈夫やで。グレンは白魔女にされたけど、そのまま捕まえた奴ら半殺しにして逃げ出したみたいやし。鳥ちゅうのもグレンの使い魔やったしなぁ、魔法使こうてあんじょうやってるらしいわ」


 眉根を寄せたフィアにグリモスがそう言って笑い掛ける。


「半殺し、それに魔法って……そいつマジで坊主なのかよ?」

「そのグレンが勉強してた神様の教えらしゅうてな。他人に何かを強要するもんには拳で語るらしいわ」


「クククッ、拳で語るか。面白い御仁じゃ、早う会いとうなったぞ」

「多分、伊蔵はんなら話が合うと思うで」


「拳って殿方は野蛮ねぇ……」

「お前が野蛮とか言うな……」


 扇で口元を隠し眉を顰めたミミルにベラーナは呆れた声で返した。


「ふぅ……それで使い魔の契約は今すぐやるの?」

「ええ、それが終わったら私達は一旦、お城に帰ろうと思います」

「じゃあ、私も自分の城に帰って部下を使い魔にする事にするわ」


「それじゃあ、まずはグリモスさんから……」

「はいはい、ほな、よろしゅう……」


 フィアは両手を組んで囁く。

 角が輝きグリモスの額に紋様が浮かび消えた。


「……おお……こりゃ凄い、おっちゃん今やったら島中畑に出来そうやで!!」


 グリモスはそう言って右手を曲げ上腕二頭筋を盛り上げた。


「魔力も上がったろうに結局筋力かよ」

「ベラーナはん、人間、体が資本やし最後に物言うんは鍛え抜かれた肉体やとおっちゃんは思うで」

「うむ、力が無ければ技も生かせぬからのう」


 伊蔵の言葉を聞いてグリモスがニヤリと笑いテーブル越しに右の拳を突き出す。

 伊蔵はその拳に同じく笑って右拳をコンッと当てた。


「ヌハハッ、やっぱり伊蔵はんとは話が合うなぁ」

「そうじゃな……グリモス殿、城にいるアガンという魔女もお主と同じぐらい大きく格闘にも明るい、そやつもきっとお主を気に入る筈じゃぞ」

「アガンはん……そうか……落ち着いたら会いに行きたいなぁ」


 拳を引っ込め嬉しそうにグリモスは笑みを浮かべる。


「まったく、さっきから何なんだよ……筋肉バカばっかじゃねぇか……」

「いいじゃないですか、仲良しなのは悪い事じゃありませんよ。それじゃあ、次はミミルですね。契約の魔法を掛けますから、あなたも私に魔法を掛けてください」


「分かったわ」


 フィアは祈る様に、ミミルは右手をフィアに向けてそれぞれが精神統一の為の言葉を囁く。

 同時に二人の額に浮かんだ紋様はフィアはすぐに消えたが、ミミルの物は浮かんだままだった。


「なんだミミル、おめぇ、一方的にフィアを使い魔にするつもりか?」

「そうじゃないわよ……ただ心の準備が……」


 そうベラーナに返したミミルの心にフィアの気持ちが流れ込んでくる。

 そこから感じたのは平和に暮らしたいという想いと人が死んでいく事への悲しさだった。


「ミミル、あなたの心も教えて下さい」

「私の心……」


 その言葉を聞いた時、ミミルはフィアの魔法を受け入れていた。

 同時に先程とは逆にミミルの気持ちがフィアの心に流れ込む。


 ミミルの心は平然として見える表面と違い、内面は過去の後悔で溢れていた。

 どうして自分は人に対してあんなに酷い行いをしてしまったのか、どうして平和な国に満足出来なかったのか、そしてどうして母を手に掛けてしまったのか。


 そんな物が彼女の心には常に浮かんでは消えていた。


「ミミル……大丈夫ですよ」

「……何が大丈夫なのよ」


「だって、これからはいい思い出を増やしていくんですから……人に優しくして皆と笑い合う記憶が増えれば、あなたはきっと本当の意味で笑えるようになります。それに自分が酷い事をしたという記憶を持っている事は悪い事じゃ無いと思うんです」


「どこがよ……繋がったあなたなら分かるでしょ!? ずっと苦しいのよ!?」


 声を荒げたミミルにフィアは優しく微笑んだ。


「ええ、分かります……こんなに苦しいならもう酷い事をしようとは思わないでしょう?」

「…………そうね、後悔はもう沢山だわ」


 静かにそう言ったミミルにその場にいた全員が……いや、シルスとフォルス以外が優しい微笑みを向けていた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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