互いが互いに
「もっ、もう食べれません」
「確かに腹ぁ一杯だ」
「うむ、グリモス殿、馳走になった」
グリモスと里の人達が用意したご馳走をたらふく食べ、伊蔵達は満足気に腹をさすった。
「我らはまだ食べられる」
「そうよ、まだ満足してないわ」
「おめぇらよぉ……いいか、飯は腹八分目ぐらいがちょうどいいんだぜ」
「そうじゃぞ、それに里の食料を食い尽くせば……」
「「我らはとても満足したのだ」」
伊蔵が二人の触手にチラリと目をやったのに気付き、シルス達は素早くローブに触手を隠した。
「ヌハハッ、あんた等は底なしやな。それで王女様は腹は膨れたんか?」
「ええ、とても美味しかったわ。後でシェフにそう伝えてもらえる?」
「ヌハハッ、シェフか! そんな上等なもんはこの里にはおらんけど、料理作った皆には言うとくわ」
そう言って豪快に笑ったグリモスは、視線をフィアに向け表情を引き締めた。
「さて、腹も膨れた事やし今後の事やけど……」
「それなんですけど……グリモスさんとミミル、二人とも私の使い魔になりませんか?」
「使い魔か……」
「なんで私がお子様の使い魔にならないといけないの?」
「グリモスさんの場合は主に力を上げる為です。使い魔になってもらえば私の魔力を融通できます。ミミルの場合は無いとは思いますが悪魔にならない為の保険です」
グリモスは顎に手をやり少し考えた後、おもむろに口を開いた。
「……あやした子の使い魔か……なんや感慨深いもんがあるなぁ……ええで、使い魔にしたって」
「……私は……」
「ミミル、ルマーダはコバルトは抜けたと言うたが、万が一という事もある」
ミミルは伊蔵を見て唇を尖らせた。
「だって、使い魔になったらその子の下になっちゃうじゃない……」
「あっ、じゃあミミルも私を使い魔にして下さい」
「フィア殿!? 何を言い出すのじゃ!?」
「伊蔵さんには私を止めて下さいってお願いしました……でも、それをやっちゃうと伊蔵さんも……だから同じ力を持つ者同士がお互いを見張る方がいいと思うんです」
「私と貴女は同格って事?」
小首をかしげ右手の人差し指を頬にそえたミミルにフィアは頷きを返す。
「ええ、誰か一人が皆を導こうとすると、その人が間違ったり倒れた時、大変な事になります。それはこの国の歴史を見れば明らかです。それに私は一応リーダーって事になってますけど、絶対に間違えないなんて口が裂けても言えません」
「だからってミミルがその片割れってのは……なぁ?」
ベラーナはそう言うとその場にいた者達に視線を巡らせた。
「確かになぁ、そのお姉ちゃんに吹き飛ばされた身としてはあんまり賛成は出来へんかなぁ」
「何よ! その子はそんなに信用出来るって言うの!?」
「フィアは約束を違えず食事を我らに与えた」
「さっき会ったばかりのあなたとは比較出来ないわ」
「……儂はフィア殿の案に賛成じゃ」
「伊蔵!? マジかよ!?」
椅子から腰を浮かせたベラーナに目をやり、伊蔵は理由の説明を始める。
「確かにミミルのこれまでを考えれば躊躇するじゃろう。じゃがミミルは民が認める王族の一人じゃ。それに先程フィア殿が言うた事もある。儂の故郷でも殿はお子を沢山儲けられて、そのお子達に国について教えておった。それは一重に自分がおらんようになった後を考えての事じゃ」
伊蔵の言葉でベラーナは首を傾げ天井に目をやった。
「私がいなくなる……死んだ後って事ですか?」
「フィアが死んだ後か……駄目だ、想像出来ねぇ。だってコイツ死にそうにねぇもん」
「何でですか!? 私はか弱い女の子ですよ!!」
「そんだけの力持ってて何がか弱いだよ……」
「フィアちゃん、死ぬとか言わんといて……おっちゃん泣きそうになるやろ……」
「「そうだ、フィアが死ぬと誰が我らに食事を寄越すのだ」」
途端に騒がしくなった場を伊蔵の声が黙らせる。
「ともかくじゃ、フィア殿の変わりは作っておかねばならん。……これは本来、儂では無くこの国で生きるお主らが考える事じゃぞ」
「……そうですよね。伊蔵さんはいずれ……」
「何? 貴方、この国から出ていくつもり?」
「伊蔵はこの国に魔法を探しに来たのさ。こいつの目的は手に入れた魔法を使って、自分の故郷を復活させる事だからよぉ」
「魔法というか儂は理を超えた力が欲しかったのじゃ。怨敵加納は強大じゃからな」
「ふうん……ねぇ、私が手伝ってあげようか? 私の力なら」
ミミルはテーブルに肘を突き組んだ手に顎を乗せ伊蔵に笑みを向ける。
妙に懐かれた物じゃと苦笑しながら伊蔵はミミルの提案に首を振った。
「お主は王族として民と向き合わねばならぬじゃろう?」
「そうですよ。責任を取るって言ってたじゃないですか」
「……そう……だったわね」
「まぁ、伊蔵には俺が付き合ってやるよぉ」
「何でベラーナさんが!?」
「あん? この国をどうにかしてくれたら伊蔵の計画に付き合う。もともとそういう約束だしなぁ。この国以外も見てみてぇし」
そうなんですか!? とフィアは身を乗り出して声を上げた。
「そういえば、そんな話をしたのう。その場だけの物かと思っておったが……ベラーナ、お主意外と律儀じゃな」
「ケッ、おめぇについて行った方が面白そうだと思っただけだ」
プイッと顔をそむけたベラーナに伊蔵は笑みを浮かべる。
「何やよう分からんけど、伊蔵はんはモテモテやな……うちとこのプラムもアンタに懐いとるようやし」
「ぬぅ……儂はこの国に嫁を探しに来た訳では無いのじゃがのう……儂の話は置くとして、フィア殿とミミル、ともかく二人が互いに使い魔となって双方を見張るというのに儂は賛成じゃ。無論、今のままではミミルにフィア殿の代わりが務まるとは儂も思えぬ。じゃからフィア殿とミミルには国と王について学んでもらいたいとは思うておるが……」
伊蔵の言葉にフィアは首をかしげる。
「私もですか?」
「うむ、フィア殿とミミル。どちらが国の舵を取るにしても学びは必要じゃろう? フィア殿は元は薬師であるし、ミミルは民の為の政など知らぬじゃろうしな」
「……確かに人間の事なんて下僕としか思ってなかったけど……」
過去を思い出し決まり悪そうにミミルはぼそりと呟く。
「うーん、私も実務はモリスさんに任せきりですしね……王になるとか考えた事は無いですけど、勉強はしないといけないかもですね」
「ふむ……誰ぞ教師役がおれば良いのじゃが……」
「教師役か……あてが無い事は無いんやけど」
腕組みしたグリモスが歯切れ悪く呟く。
「グリモス殿、心当たりがあるのか?」
「あるにはあるが……そいつ東におんねん」
「東って、当然、この里の東って意味じゃねぇよな?」
「勿論や、この国の東、そいつは白き魔女の支配する土地で暮らしてる」
「東か……ではその御仁には儂が当たろう」
さらりと言った伊蔵にフィアが声を上げた。
「東って……危険ですよ伊蔵さん!?」
「伊蔵、マジで言ってんのか?」
「どの道、東もいずれどうにかせねばならぬのじゃ。状況を知るには良い機会ではないか」
「でも……」
伊蔵は俯いたフィアの頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
「心配はいらぬ、儂は国でずっとそんな仕事をしておったのじゃ……ぬっ、角が長いと撫でにくいのう」
「……死んじゃ嫌ですよ。あとあと、角の事は言わないで下さい!」
「ぬっ、すまぬ……ミミル、お主はフィア殿と互いに使い魔の契約を交わし南を何とかせよ」
「……分かったわよ……使い魔なんてなるつもりも、使うつもりもなかったけど……」
ミミルは二人の雰囲気に口をへの字に曲げ、渋々といった様子で伊蔵の言葉を受け入れた。
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