過去とこれから
湖の真ん中、グリモスの隠れ里がある島に小さな家がふわりと着地した。
その家から牛の頭を持つ魔女が姿を見せると、隠れていた住人は一斉に飛び出し彼の周囲に群がった。
「グリモス様、お帰りなさい!!」
「無事でよかったです!!」
「グリモス様……姉さんが……」
住民達に混じり姉を殺されたプラムも彼に抱き着き泣いていた。
「すまんのう。わいが不甲斐ないばっかりに……」
「いいえ!! グリモス様は私達を守る為に囚われの身になったんです!! グリモス様は悪くありません!!」
そう叫び声を上げたプラムに詫びながらグリモスは彼女の頭を優しく撫でていた。
そんなグリモス達の様子を離れて見ていた伊蔵達に、里の守りを任せたシルスとフォルスが触手をうねらせ近づく。
「牛は奪還出来たようだな」
「作戦の成功はめでたいわ」
「「では里を守った我らに約束の食事を!!」」
「帰った早々それかよ……」
ため息を吐いたベラーナにシルスとフォルスは苦情を捲し立てる。
「里の食事は質素が過ぎる」
「パンと野菜はもう嫌なの」
「そうだ、肉と魚を我らは求む」
「そうよ、甘い物も我らは求む」
「「血の滴る肉を、新鮮な魚介を、脳を痺れさせるデザートを!!」」
「わーった、わーった。ったく、なんでこいつ等はいつもこんなに腹ペコなんだよ……」
「食事だ!」
「食事よ!」
ベラーナの答えに触手を振り上げ喜び踊るシルス達に、彼女は呆れながらも微笑む。
そんなシルス達を見たミミルは扇で口元を隠しながら顔を顰めた。
「なんなの、この変な生き物は?」
「北のヴェンデス領の魔女さん達です。確かに彼らは変わってますけど……変な生き物とか言わないで下さい。二人は結構頼りになるんですから」
「ヴェンデス……姉様の部下の……あの人、相変わらず力ばかりなのねぇ。……ねぇ、伊蔵。こんな辺鄙な場所じゃなくて私の城へ行きましょうよ」
そう言うとミミルは伊蔵の左腕に腕を絡める。
「ぬっ?」
「こらっ!! 伊蔵さんから離れて下さい!!」
「なによぉ、伊蔵だってお子様より大人の女の方がいいわよねぇ?」
「……」
伊蔵は左手に腕を絡め胸を押し付けるミミルの肩を持ち、グイッと彼女を引き剥がした。
そのまま両肩を抱き真っすぐ彼女を見つめる。
「えっ? ……なっ、何……?」
伊蔵の意外な行動にミミルは戸惑い頬を染める。
「ミミル、先程の事といい……お主、仮にもこの国の王族であろう? であるならその様に己を安売りする様な行動は控えよ」
「安売り……」
「それとじゃ、人を容姿で判断するのは止めよ。シルスとフォルスもお主が庇護すべき民の一人ぞ」
「だってあいつ等、姉様の派閥の……」
そう言い掛けたミミルを伊蔵の言葉が遮った。
「派閥とは権力争いの事じゃろう? そんなお主らの事情に民を巻き込むな。そもそも兄妹で国を割ってなんとする? 王とは民を導き守る者の事ぞ。お主らより民の為に体を張ったグリモス殿の方がよほど王にふさわしいと思わぬか?」
「……だって、兄様と姉様が……」
「伊蔵さん……」
視線を伏せたミミルの肩から手を放すと、伊蔵はプラムに抱き着かれているグリモスの下へ歩いて行った。
フィアは急にシュンとしたミミルに声を掛ける。
「ミミル、もう誰かに乱暴したいとかは思わなくなったのでしょう?」
「……ええ……今は何であんなに人を虐げたいと思っていたのか自分でも分からないわ」
フィアの言葉を切っ掛けに過去の行いを思い出したのか、不安げに瞳を揺らしたミミルの右手をフィアは優しく握った。
フィアの小さな手をぬくもりを感じながら、ミミルは自分はどうして今まであれほど酷薄に他者を嗜虐していたのだろうと改めて思った。
それは多分に他者の支配に喜びを覚えるコバルトの影響が大きいのだが、その影響が消えた今、ミミルの心は血塗られた記憶に押し潰されそうになる。
「……私は……どうして、あんな……」
記憶の中の自分は高笑いを上げながら誰かを傷付け、それによって上がる悲鳴に酔っていた。
顔を歪めたミミルにフィアは優しく語り掛ける。
「ねぇ、ミミル、あなたも私達の仲間になりませんか?」
「……仲間? 何、はぐれ魔女の国でも作るつもり?」
「違います。私達は魔女と人が共に暮らす国を作るんです……今はその為に戦っています。その仲間にあなたも加わりませんか?」
「共に暮らす……私は内戦の続くこの国を生み出した者の一人よ? それを分かって言ってる?」
「分かってますよ。分かってるからこそ言っています。あなたは国をこんな風にした責任を、人を傷つけて来た責任を取らなければなりません」
「…………生意気なお子様ね」
皮肉げに鼻で笑ったミミルをフィアは見上げじっと見つめた。
「…………そんな目で見ないで……何よ、これじゃあ私の方が子供みたいじゃない」
「いいじゃないですか、子供で。あなたはこれから生き直すんです。これまで虐げてきた人達に、消えた人達に償う為に」
フィアはそう言うとミミルの右手に両手を重ねる。
「幸いな事に私達は長生きです。死ぬまでには許してもらえるかもしれません」
「…………分かったわよ。取ればいいんでしょ責任を……その代わり貴女には死ぬまで付き合ってもらうわよ」
「ええ、ミミルは私が責任を持って看取ってあげます。あなたは大伯母様みたいですしね」
「看取るって……ホント生意気な子」
苦笑したミミルにフィアは歯を見せて笑った。
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