悪魔の血脈
桶に張られたお湯の中でフィアは膝を抱えていた。
「うぅ……伊蔵さんが現れてから私の平穏な生活がドンドン物騒になっていく気がします」
フィアはベラーナの血を浴び気絶した後、程なく意識を取り戻した。
その襲ってきた魔女ベラーナは伊蔵の手によって、二つ目の生首にされている。
彼女は暴れる事も無く伊蔵の言う事は聞いていた。
「ふぅ……でも伊蔵さんの言う通り、このお風呂というのは気持ちいいですね」
「へへッ、感謝しろよメスガキ。この俺のおかげで入れるんだからよぉ」
桶の中には鉄籠に入れられたアガンの首が木に吊るされる形で浮いていた。
「アガンさん、そんな事を言ってるとご飯抜きですよ。それとこっちを見ないで下さい」
「クッ……何で俺がこんなガキに……」
「フィア殿、湯加減はどうじゃ? 温いようなら風呂係に言うのじゃぞ」
「はわわ!? 丁度いいですから伊蔵さんもこっちを見ないで下さい!!」
伊蔵が家の窓から顔を覗かせたので、フィアは胸元を隠しながら抗議の声を上げた。
血を落とす為、風呂を沸かしフィアに薦めたのだが、どうやら彼女は気に入ったようだ。
そんなフィアの様子を見て笑みを浮かべると、伊蔵は椅子に腰を下ろし台所のテーブルの上に置かれたベラーナの首に向き直った。
「さて、では話の続きじゃが、カラというのがお主らの頭領なのじゃな?」
「そうだよ。この辺を統治してる一本角の金髪の男さ」
「して、カラはどのような技を使う?」
「知らねぇ……ホントだぜ、殆どの魔女は味方にも自分の手の内は明かしたりしねぇからよぉ。ただ……アイツが強いのは本当さ、俺は素手でボコボコにされたからよぉ……」
「ほう、お主を素手で……それは厄介そうじゃ」
「似た様な事したお前が言うな!」
ベラーナは伊蔵に負けた事で口答えはするものの質問には素直に答えた。
それは強さを第一に置く黒き魔女の特性かもしれない。
「ふむ……強いと言うても、周囲から削るというのも面倒じゃのう……風呂係の話ではお主の様な魔女はあと十九匹もおるのじゃろう?」
「アガンに聞いたか……まあな、でもアンタなら誰が相手でも勝てると思うぜ。俺をあんな簡単に倒したんだからよぉ。ていうかそうじゃねぇと俺がクソ雑魚って事になっちまうだろ」
「周りからか……いや、やはりここは一気に頭領を……」
「キャー!! いやあああぁ!!!」
「おい暴れるな!? おっ、落ちる!!」
伊蔵がカラの首を取る事を決断しかけた時、フィアの悲鳴とアガンの動揺した声が響いた。
「フィア殿、何事じゃ!?」
彼は傍らに置いていた刀を手に取ると窓から飛び出した。
「いっ、伊蔵さぁん……背中に……背中に羽根が……」
そう言ってフィアは涙目になりながら伊蔵に背中を見せた。
肩甲骨のあたりに小さな蝙蝠の羽根がパタパタと揺れている。
「おっ、俺の羽根と一緒じゃねぇか?」
声の主を辿るとベラーナが頭から羽根を生やし器用に空を飛んでいる。
「ぬっ、お主、頭だけで飛べるのか!?」
「へへッ、俺は体の何処からでも羽根が生やせるのさ」
「ほう……飛べるのは使えそうじゃのう……のう、儂にもその羽根は生やせぬのか?」
「人間が出来る訳ねぇだろ」
「さようか……」
伊蔵はさも残念そうに語調を落とす。
「もう!! そんな事どうでもいいですから、何とかして下さいよ!!」
伊蔵がベラーナの頭に生えた羽根を観察し始めたのでフィアは思わず声を荒げた。
「うっ、すまぬ……あー、そういえばお主、名はなんと申す?」
「ベラーナだよぉ」
「では、ベラーナ。フィア殿の羽根をなんと見る?」
「……そうだな……たぶん、嬢ちゃんは悪魔を喰う悪魔の血筋なんだと思うぜ。さっき俺の血を被っただろ、それで力を取り込んだんじゃねぇかな」
「力を……それは誠か!? であるならフィア殿に魔女の血を与えれば最強の……」
伊蔵が男の子特有の妄想に心を湧き立たせかけた時、フィアがドス利いた声を発した。
「伊蔵さん……真面目に考えて下さい」
「……面目ない、少々興奮したようじゃ、ゆるせ」
「もう! ……ベラーナさん、これどうやって消すんです?」
「あん? はぁ……しょうがねぇなぁ」
ベラーナは蝙蝠の羽根を羽ばたかせ、フィアの背中に生えた羽根に顔を近づけた。
「やっぱ、俺のと一緒だな。嬢ちゃん、目閉じて自分の背中にもっとデカい羽根が生えてるって強く思い浮かべな」
「もっと……強くですね?」
フィアはベラーナに言われた通り、瞳を閉じると両手を組み祈る様な仕草を見せた。
すると、やおら彼女の背中に生えた羽根が震え、屋根より高く広がった。
「おお、これは……」
「ヒューッ、コイツはスゲェ!! 予想以上だぜ!!」
「ベラーナさん!! ふざけてると酷いですよ!!」
フィアは風呂の中で立ち上がり、巨大な翼を広げるとベラーナをキッと睨んだ。
「おおこわ。ちょっとしたジョークじゃねぇか、んな怒んなよ……さっきと逆、背中に何もねぇって強く思うんだ」
「本当でしょうね?」
「ああ」
ベラーナの言葉に従いフィアは再度両手を組んだ。
彼女の背中で揺れていた羽根が翳む様に消えてゆく。
「おお……まるで幻術の様じゃ……」
「羽根は魔力で構成されてる。肉体を変化させてる訳じゃねぇからな」
「なるほどのう」
「はぁ……ビックリしました」
羽根が消えた事で安心したのか、フィアは立ち上がり伊蔵に向かって微笑んだ。
「良かったのう、フィア殿。ささっ、体が冷えるといかん、早う湯に浸かるが良い」
「そうですね、お湯に……ん?」
フィアは今更ながら全裸で伊蔵と向き合っている事に気付いた。
「キャー!!!! 早く!!! 早く向こうへ行って下さい!!!」
バシャリと水しぶきを上げてフィアは勢いよく桶に身を沈めた。
フィアが暴れた勢いで上がったしぶきは、桶の側にいた伊蔵とベラーナを濡れネズミに変える。
「……フィア殿、上がったら教えて下され。拙者も風呂に入る事にするでな」
「いいから早く!!」
「……行こうぜ、伊蔵」
「……うむ」
伊蔵はベラーナの首と共に家の中に戻っていった。
騒ぎの中で完全に忘れられていたアガンがフィアにお湯の中から救出されたのはその暫く後だった。
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