牛頭の魔女と小人使い
ヘイズの城の一階にある大広間、そこには城詰の兵士や召使い達が詰め込まれていた。
彼らは全員、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
「これでこの城にいた人はほぼ全員ですね」
「凄いもんやな。レアナはんも色々魔法、使えたけど、あのお人はどちらかというと守る事に長けてた。でもフィアちゃんは攻める方が向いてるみたいやな」
茶色の毛並みの牛の頭を持つ魔女がうんうんと頷いている。
体格はアガンより少し大きいぐらい。
木綿の白いシャツから覗く二の腕は丸太の様で、はだけたシャツの胸元からはフワフワとした黒い毛が覗いている。
手は人の物に近かったが足の先はルキスラと同じく蹄が生えていた。勿論、その足や蹄はルキスラとは比べ物にならない程大きく太かったが。
「魔女同士の戦いだと人は基本、無力ですから……巻き込みたくなかったんです」
「そうか……フィアちゃんはレアナはんに似て優しい育ったなぁ……おっちゃん嬉しいわ」
牛頭の魔女はニコニコしながらフィアの頭をその大きな手で撫でた。
「あうっ!? くっ、首が!?」
グリモスの手の動きに合わせてフィアの頭が大きく左右に揺れる。
「おお、こりゃすまん、堪忍やで」
「して、グリモス殿、本当に逃げなくてよいのか?」
隠れ里から連れ去られたはぐれ魔女、グリモスは伊蔵の問いに歯を見せながらニヤリと笑う。
「里の人間、殺されて黙ってられるかいな。まぁやった奴らはあんた等がとっちめてくれたようやけど、上に一発かまさんと我慢でけへんわ」
そう言うとグリモスは掌に拳を打ち付けた。
「へッ、血の気の多いおっさんだぜ」
シルス達を里の守りに残し、フィアの姿隠しを使ってヘイズの城へ忍び込んだ伊蔵、フィア、ベラーナの三人は、地下牢に囚われていたグリモスを早い段階で見つけていた。
グリモスは里の人々の安全を考え大人しく囚われていたようだが、フィアから里の人々の救出を聞くと巻かれた鎖を引きちぎり鉄格子を捻じ曲げ自分の力で脱出した。
その後、城主のヘイズに文句を言いたいとグリモスが言い出した為、人間を巻き込む事を懸念したフィアは幻を使い彼らをおびき寄せ大広間で眠らせる事にしたのだ。
「レアナはんから喧嘩したらあかん言われてたけど、流石にこれを流す事は出来へんやろ」
「そうじゃな。いかに平和を尊んでいても、無法者の言いなりになるのでは民が苦しむからのう」
「そう、それや! 伊蔵はん、あんたはよう分かってる!!」
グリモスは嬉しそうにバシバシと伊蔵の背中を叩いた。
「グッ……グリモス殿、お主は少し力加減を学べ」
「ヌハハッ、堪忍堪忍」
「んで、これからどうすんだ?」
「おびき寄せて庭で戦いましょう。グリモスさんもその方が戦いやすいですよね?」
「そやな。わいは体が大きいからな、やるんやったら広い方がええわ」
「して、どうおびき寄せる? またフィア殿の魔法で……」
「これは貴様らの仕業か!?」
伊蔵の言葉を遮って大広間に甲高い声が響いた。
見れば大広間の扉が開け放たれ、盗賊の姿をした小人がこちらを指差し声を上げている。
小人は最初一人だったが、見る間にワラワラと集まって来た。
「手間が省けたのう。ベラーナ、グリモス殿、庭へ!」
「おう!」
「もしかせんでも、あれが城主の魔法か!? ちっちゃくて多いんは苦手なんやがなぁ……」
「わわっ!?」
伊蔵は二人に声を掛けるとフィアを抱え、大広間の窓から城の裏側に作られた庭園へと駆け出した。
ベラーナもそれに続き、最後尾をグリモスがドスドスと蹄を響かせ追いかける。
「逃がすものか!?」
庭園に出た伊蔵達を追って小人が後に続く。
その小人の数は時を追うごとに増え、盗賊以外、弓兵や騎乗した騎士も混じり始めた。
「いくらなんでも多すぎや!!」
振り返ったグリモスは大きく息を吸い込むと、口から炎を吐き出した。
炎は小人たちを薙ぎ払い、魔力の霞となって空中に霧散させる。
しかし、グリモスが消した以上に小人は城から現れ続け数を増していた。
「ふむ……大元を叩かんと終わりそうにないのう」
飛びかかって来た小さな盗賊を斬り伏せながらフィアを抱えた伊蔵が呟く。
「大元って言うと城主のヘイズか? そりゃ顔を見せりゃ、やれんだろうが……」
ベラーナは伊蔵の呟きに爪を振るいながら答えた。
「ふぅ、きりが無いわ」
炎を吐き、拳を振るっていたグリモスが額の汗を拭いつつぼやく。
「私に考えがあります。みんな集まって下さい!」
フィアの言葉に従い彼女を抱えていた伊蔵の元にグリモスとベラーナが駆け付ける。
二人が駆け寄ったのを確認したフィアは虹色に光る透明な蛇の鱗を球形にした様な障壁を展開した。
障壁は伊蔵達を飲み込み、攻撃を仕掛ける小人を押し返す。
「障壁作っても攻撃出来ねぇと意味ねぇぞ?」
「分かってます!! 一気に焼き払います!!」
「この数をやれるんか!?」
「フィア殿がやると言うなら、やれるのじゃろう」
「どっちみち、俺やおっさんの魔法じゃこんだけの数はやれねぇだろ!?」
「そら、そうやけど……」
ベラーナの言葉通り、小人の数は更に増し現在では恐らく千は超えていた。
「いきます!」
地面に降ろされたフィアは突き出した両手から水を吹き出し、庭園の一画に水の塊を作り出す。
魔力で制御されたその水は庭園から溢れる事無く、アメーバーの様に移動しながら小人たちをその身に取り込んでいく。
「小人を纏めておるのか……」
「目を閉じて下さい!!」
そう叫んだ直後、フィアは右手を掲げ、電撃を小人を飲み込んだ水に撃ち込んだ。
電撃は水の中を縦横無尽に駆け回り、飲み込まれた小人たちは感電、霞となって消滅した。
「ふぇ……スゲェなこりゃ」
「うむ、フィア殿がいれば軍隊であろうと一発じゃな」
「伊蔵さん、これは人には使いませんよ?」
「分かっておる」
事を終え、魔力で作り出した塩水とコリトの障壁を消したフィアの耳に拍手の音が聞こえて来た。
「凄い力だ。貴様らが領内で暗躍していた賊だな?」
「あなたがヘイズさんですか!? 見ての通りあなたの魔法は通用しません!! 諦めて投降して下さい!!」
「投降だと? 舐めてもらっては困る。私の小人は幾らでも生み出せる、こんな風にな!」
薄い青紫の肌の禿頭の男は、城の二階の窓からフィア達を見下ろしながら両手をクイッと持ち上げた。
男の動きに合わせ、庭園全体に無数の小人が生み出される。
その数は先程フィアが倒した数より遥かに多く一万は軽く超えているだろう。
「フフッ、形成逆転だな。投降するのは貴様らの方だ」
「流石にこの数は……」
被害を考えなければカラの竜巻を使えば押し切れる筈だ。
しかし規模が大きすぎて大広間の人々を巻き込んでしまう事になるだろう。
顔を歪めたフィアを見て禿頭の男、ヘイズはニヤついた笑みを浮かべる。
「ふむ、あやつが元凶か……グリモス殿、フィア殿を頼む。ベラーナ、奴に向かって飛べ!」
「どうする気だよ!?」
「いいから飛ぶのじゃ!!」
「わーったよぉ!!」
伊蔵の号令でベラーナは翼を広げヘイズに向かい宙を駆けた。
同時に伊蔵も彼女の後を追い、駆け始める。
「無駄だ」
ヘイズが左手を動かすとベラーナの前に小人が集合し壁を作った。
「閃光じゃ!!」
「おう!!」
左目の閃光が小人の壁に風穴を開ける。だが壁によって減衰しヘイズまでは届かない。
空いた風穴の向こうでヘイズがニタニタと笑っている。
「クソッ、分厚すぎんぞ!!」
「いや、上出来じゃ」
吐き捨てる様に言ったベラーナの背を伊蔵の足が踏みつけた。
「俺を踏み台にすんじゃねぇ!!」
踏みつけられた事で体勢を崩しながらベラーナが怒鳴る。
伊蔵はそれには答えずそのままベラーナが開けた穴を通り抜け、窓から二階に転がり込むと床を蹴ってヘイズに飛びかかり首に腕を絡めた。
「貴様何を!?」
思わずヘイズが上げた声を無視して伊蔵はヘイズの首を起点にクルリと回転し、その勢いを利用して窓の外に投げた。
投げられたヘイズは矢のように飛び、自身で作った小人の壁を突き抜け最後は巨大な手にがっしりと掴まれた。
「文句があるのじゃろうグリモス殿!!」
「おおきに伊蔵はん……」
「貴様ら……」
自分を受け止めたグリモスをヘイズは憎々し気に睨みつける。
「なんやその目は? 仲間殺されてキレてんのはこっちやぞ?」
底冷えする様な声でグリモスは言うと、ヘイズを頭の上に持ち上げ百八十度回転クルリとさせる。
「クッ、放せ!!」
ヘイズは叫びながら両手を複雑に動かした。
庭園を埋めている小人たちが一斉にグリモスのもとへ動き始める。
だが小人の攻撃が始まる前に、グリモスは抱え上げたヘイズを頭から思い切り地面に突き刺した。
大地が揺れる程の振動と共にヘイズの上半身が地面に埋められる。
ヘイズの足は突き立てられた直後は真っすぐに空を指していたが、やがてヘナヘナと折れ曲がり地面に両ひざを突いた。
それと同時にグリモスを襲おうとしていた小人達も霞となって消えていく。
「今日はこれぐらいにしといたる」
「何だ、もうやらねぇのか?」
グリモスの側に降り立ったベラーナが笑みを浮かべそう尋ねる。
「これ以上やったら死んでまうからなコイツ。レアナはんから“殺し駄目絶対”ってわいは言われてんねや」
「へぇ、母ちゃんはフィアと同じ事言ってたんだな」
「当然です! 私のお母さんですから!」
そう言ってフィアはニカッと笑った。
その様子を飛び込んだ二階の窓から眺めていた伊蔵の隣に、いつの間にか桃色の髪の女が立っていた。
「ヘイズもだらしないわねぇ……まぁいいわ。フフッ、まさかこんな所で会うなんてね」
「お主は……?」
女は問い掛けた伊蔵にチラリと目を向けると手にした扇子で扇いだ。
「グヌッ!?」
それによって発生した強烈な衝撃波が伊蔵を襲い、吹き飛ばされた彼の体は部屋の壁を破壊しながら城の奥へと消えた。
「人間が直接話しかけないでもらえる? ……さて、あの子の血はどんな味がするのかしら」
レゾの末子ミミルは破壊音に気付き自分を見上げるフィアに、深紅の唇を舐めながら微笑みを返した。
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