行いは巡る
フィアは傷ついたはぐれ里の人々を全て使い魔にする事に決めた。
薬では即効性は期待できず、癒しの魔法も持ち合わせていない。
傷ついた伊蔵の心臓の動きを補う事が出来たのだ。きっと里の人たちの傷もどうにか出来る筈。
フィアは牢に囚われた人々を見回してみる。
下は赤ん坊から上は三十代ぐらいまでの男女が複数の牢にすし詰め状態になっている。
流石に赤ん坊は無事だが、子供も手足に傷を負っているようだ。
そんな人々を見て頷くと、フィアは伊蔵達の間から彼らの前に進み出る。
「私はフィア。あなた達の里を作ったレアナの娘です!! そしてあなた方の長、グリモスさんと同じはぐれ魔女です!!」
「レアナ様の……はぐれ魔女……本当なのか?」
「レアナ様には会った事ねぇし……見た目じゃ貴族かはぐれ魔女かなんてわかんねぇぞ……」
そんな声が牢のあちらこちらから漏れ聞こえてくる。
「聞いて下さい!! 私はこれから傷を治す為、皆さんを使い魔にします!! ですが安心して下さい!! 使い魔にしますが私が皆さんに何か命じる事はありません!! それと使い魔になるのが嫌だという人はそう言って下さい!! ただ、私は癒しの魔法は使えないのでその場合は手足の傷はそのままいう事になりますが……」
「あんたが命令しないという保証はあるのか?」
鉄格子の近くにいた若い男が訝し気な目をフィアに送る。
座り込んだ男の手足には乱雑に布が巻かれていた。その布には血が滲んでいる。
フィアはそれを見て一瞬、悲しそうな表情を浮かべた後、真っすぐに彼を見て答えた。
「私を信用してもらう他、ありません」
「いきなり出て来て信用なんて出来るかよ」
「そうだそうだ!!」
騒ぎ始めた住民達にフィアは小さくため息を吐く。
彼らの言う通りいきなり現れて信じろと言っても無理だろう。
「どうするのじゃ? 無理矢理、使い魔にするか?」
「んだな。気絶させた兵士や使用人達も目を覚ますかもだしな」
「民衆を押さえ込むつもりなら我らに任せよ」
「そのかわり、昼は大盛を要求するわ」
「……皆、発想が乱暴です……私達は彼らを救出に来たんですよ……」
そうは言ったものの伊蔵達の提案はフィアにも理解出来た。
屋敷への潜入はフィアがルキスラの魔法を使い眠らせた他、伊蔵達が打撃によって意識を奪い行った。
ベラーナの言う通り時間を掛ければ彼らも起き出して来るだろう。
里の住民の中にはレアナの姿を知った者もいたが、フィアが本当にレアナの娘か確信が持てず、発言出来ずにいた。
やがて疑う者とそれでも傷を治したい者に別れ住民達は言い争いを始める。
そんな人々の中から、一人の女性が膝立ちで鉄格子に歩み寄った。
「あんた……本当にあのフィアちゃんなのかい? レアナ様の娘の?」
鉄格子に歩み寄った濃い緑のロングワンピースを着た三十半ば程の女性が囁く様に尋ねる。
その波打った栗色の髪の女性も手足の腱を切られており、手首と足首には包帯が巻かれ、それには少し血が滲んでいた。
「はい、そうです……あの、あなたは?」
「やっぱりそうかい……懐かしいねぇ……」
女性はホッとした様子で微笑みを浮かべると明るい声で話し始めた。
「私はシーラ、あんたは覚えてないだろうけど、レアナ様のお手伝いで子守をした事もあるんだよ……あん時は私の背中で盛大にお漏らしを……」
シーラと名乗った女性はフィアに優しい微笑みを向けながら思い出話を語る。
「あわわッ!? ストップ、ストーップ!! あのあの、そのお話は後で個人的にゆっくり伺いますから!!」
「ケケケッ、フィア、いいじゃねぇか。赤んぼの時は誰だって漏らし放題だぜ」
「うむ、よく飲み、よく出す。健康な証じゃ」
「そうだ。食べて出す事で体が作られるのだ」
「そうよ。だから沢山食べる事は重要なのよ」
ニヤつくベラーナ、頷く伊蔵にフィアは顔を真っ赤に染めている。
シルスとフォルスは少しズレていたが……。
「うぅ……覚えていない頃の事はなんか反応しづらいです……」
「フフッ……それで何でフィアちゃんが魔女さん達と?」
女性は一目で魔女と分かるベラーナと親し気に話すフィアを見て、不思議そうに尋ねる。
「えっと、この魔女さん達は私の使い魔さんなんです。グリモスさんとお話する為に、この伊蔵さんとベラーナさんに皆さんの里に行ってもらったんですけど……」
「私達は攫われた後だったと?」
「はい、それで救出に……それでですね、さっきも言いましたけど、傷を治す為に皆さんにも使い魔になって欲しいんですけど……」
「使い魔……使い魔ってアレだろ? レアナ様が連れてたリリみたいな奴だろ?」
「はい……でもでも、使い魔になれば皆さんの傷を私の魔力で補う事が出来ると思うんです」
「そうかい……それで使い魔に」
「……やっぱり駄目で」
「いいよ」
「…………いいんですか!?」
使い魔にすれば皆、動ける様になる。
フィアはそう考えていたが、使い魔とは言ってしまえば魔法で縛られた奴隷の事だ。
好き好んで奴隷になる事を受け入れる者はいないだろう。
そう思っていたのだが、目の前の女性はすんなり使い魔になる事を受け入れた。
驚きで目を丸くするフィアに女性は笑って頷いている。
「ちょっとシーラ、いいのかい? 使い魔ってアレだろ、魔女のお使いをする動物の事だろ?」
フィアと話していた女性、シーラの後ろにいた若い女が彼女の耳元で囁く。
「おしめだって変えたんだ。それにあのレアナ様の娘が私達に酷い事をする筈が無いよ」
「……」
彼女がフィアを信じてくれているのは自分の力ではない。
母が、レアナがこの人に行った事がいま自分に返ってきているのだ。
シーラの言葉を聞いたフィアの目に涙が溢れる。
「うぅ……おかあさん……」
「あれまぁ……少しは大きくなったと思ったけど、泣くと赤ん坊の頃のまんまだねぇ」
シーラは筋の切られた右手を伸ばし、その動かない手でフィアの頭を撫でた。
「グスッ……それじゃあ、お願いしていいですか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
ニコッと笑い、頷きを返したシーラの前でフィアは両手を組み魔法を詠唱した。
二本の角が光り女性の額に紋様が浮かぶ。
「これが使い魔の魔法かい?」
自分の額を仰ぎ見ていたシーラにフィアは言う。
「受け入れて下さい」
「うん、分かったよ……」
シーラがそう答えると、紋様が彼女の額にしみ込む様に消えた。
「……」
「あの、どうですか?」
「……」
シーラは無言のまま右手を持ち上げるとゆっくりと握りしめた。
「動く……動くよ……皆、見ておくれ!! ほらこの通り、元通りだよ!!」
牢の中で立ち上がり、彼女は同じく牢に入れられ騒いでいた人々に右手を掲げてみせた。
人々の声は一瞬で静まり全員の目がシーラに集まる。
「えっ? 嘘だろ……」
「ホントに立ってるよ……」
「このままじゃ歩く事も出来ねぇ……なら……」
「……なぁ、あんた、次は俺にも魔法を掛けてくれ!!」
「俺にも!!」
「私にも、お願い!!」
そんな声が牢の中から次々と上がった。
「なんか上手くいったみてぇだな」
「そうじゃな……信用を得られたのは御母堂のおかげじゃの」
「母ちゃんか……懐かしいぜ……」
「なんだベラーナは母が恋しいのか?」
「では私が母親役をやるとしようか?」
「おめぇらは親じゃなくて、どちらかというと食い盛りのガキのほうだろうが」
ベラーナがシルス達にそう返した所で、フィアが伊蔵達に向き直り口を開けた。
「鍵を開けて使い魔にしたら、屋敷の庭へ皆を誘導しましょう」
「うむ……しかし、いまさらじゃがこの人数を使い魔にして大丈夫なのか?」
「やってみせます!」
「さようか……では早速始めようぞ」
「はい!」
フィアは伊蔵達に力強く頷いた。
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