混ぜたら駄目な奴
隠れ里が襲われたその翌日、ヘイズ領の西部、その中央に位置するダナール。
領の西側の流通が集まる交易拠点として栄えるヘイズ領でも領都に次いで発展している街の一つだ。
その街を任された守護魔女の屋敷、客間の一つだろう部屋で、隠れ里の住民を運んでいた者達がソファーに座り姿を消したドッコについて話していた。
「消えたのはこの屋敷に着いた後だろ?」
「どうせ、また女で遊んでるのよ」
「だろうな……どうする俺達だけで運ぶか?」
「三人で運ぶの? いくらブランの魔法があってもきつくない?」
瞳が複眼の背中の大きく空いた紺のドレスを着た女が、漆黒の中に星を散らしたような肌を持つ金属の胸当てを着けた男に問い掛ける。
「そうだな……流石に人間が二百以上となると、俺の力でも今以上に軽くは出来ん」
「半分ぐらいに減らすか?」
山羊に似た太い角を持つ紫の肌の皮鎧を着た青年が無感情に言う。
「ウフフッ、減らすんなら食べてもいいかしら? 目を付けてる美味しそうな子がいるのよ」
「駄目だ。奴らは新たな魔女を作る為の材料だ。余り減らすと王女の逆鱗に触れる」
「ええー……ねぇ、一人ぐらいいいじゃない」
「仕方ない……食うならよく太った大人の男にしろ。その方が効率的だ」
「嫌よ、デブは脂っこいし、大人の男は固いのよ」
複眼の女は不満げに口を尖らせた。
彼らは誰一人、住民の、人間の命を命として見ている者はいないようだ。
そんな彼らのいた客間のドアの下、床との隙間から送り込まれた黒い霧が突然、彼らの視界を塞いだ。
「何だコレは!? ガッ!?」
「えっ、何々!? キャッ!?」
「クソッ、何だってんだ!? グッ!?」
部屋が霧に満たされた直後にドアが開く音が聞こえ、魔女達の困惑と風切り音、そして苦痛の声が都合三度聞こえた。
黒い霧が晴れた時、部屋にいた魔女の首は床に敷かれた毛足の長い絨毯の上に転がっていた。
首を失った体から噴き出た血が絨毯を黒、青、紫の血の色で染めている。
「貴様一体何のつもりだ!? あがっ!?」
漆黒の肌の魔女ブランが襲撃者に気付き声を上げるも、その黒髪の男はブランのこめかみに刃を突き立てた。
「一つ」
「ちょっといきなり何するのよ!? 私達は領主のヘイズ様のギギッ!?」
「二つ」
「なぁ、落ち着けよ。何だ? 金か? 金が欲しグッ!?」
「三つ……ドッコの首とこの屋敷の主。それとこやつらの首と合わせれば全部で五つ、残りは十三じゃな」
ブラン以外の首も刃を突き立て意識を奪う。
「伊蔵さん、終わりました?」
ドアの影から桃色の髪の少女が顔を覗かせた。
「うむ、フィア殿が探ってくれたおかげで、部屋の内部とそれぞれの位置が分かっておったからの。上手く虚を突けたわ」
伊蔵の言葉が示す通り、魔女達がいた客室は事前にフィアがガルドとアナベルの魔法を掛け合わせ探りを入れていた。
影に潜み、その影を不可視の魔法で隠す。
生命そのものを探知でも出来ない限り、気付かれる事は無いだろう。
「では首を回収してベラーナさん達と合流しましょう」
「そうじゃな。ではその前に血を」
「はいはい、ではこのコップに」
フィアはソファー前のテーブルに置かれていたコップを、魔法で生み出した水で洗うと伊蔵の前に差し出した。
伊蔵はフィア殿も慣れたものじゃなと感慨深く思いつつ、それぞれの首から滴っている血をそのコップに注いでいく。
「……これって混ぜて大丈夫なんでしょうか?」
「腹に入れば同じではないか?」
「いえ、そうじゃなくて味的に……」
「フィア殿、今は時が惜しい。済まぬが味云々は……」
「……そうですね。では……」
フィアはミックスされ何とも言えない色になった血を一息で飲み干した。
「うぇ……甘苦じょっぱいし、ずっと口に残りますぅ……伊蔵さぁん、やっぱり混ぜちゃ駄目ですよぉ……」
コップに魔法で水を注ぎながらフィアは少し涙目になっている。
「さようか……むぅ、こやつらは結晶は持っていないようじゃな」
伊蔵はフィアが血を飲んでいる間に魔女達の胸を開き、結晶の有無を確認していた。
「もう、聞いて下さいよぉ……」
「すまぬ、フィア殿、苦情は後で聞くゆえ、こやつらを使い魔にして眠らせてくれ」
「ぶー、ホントに後で聞いて下さいよ……凄く不味かったんですから……」
不満を述べつつコップをテーブルに置くと、フィアは両手を組み再生中の三つの頭と使い魔の契約を結んでいった。
「グッ……貴様ら何者」
『眠りなさい』
「貴様、何……を……」
使い魔にした事で再生し意識を取り戻した首をフィアは即座に眠らせていく。
先の会話でも分かる通り、ヘイズ領の魔女達は一般的な道徳を持ち合わせない者で構成されていた。
それは彼らが元犯罪者である事に起因していた。
各地で残虐な事件を起こし捕縛された者、その死を待つだけの囚人たちをヘイズの派閥の長、第二王女ミミルは魔女へと変えた。
そういった者達を選ぶ悪魔も、また残虐で特異な力を持つ者が多かったからだ。
余談ではあるが、そんな魔女達の血を取り入れたミミルも兄妹の中では一際残忍に、他者を嗜虐する事に快感を覚えるよう変わっていったそうだ。
ドッコの話からそれを知ったフィアはヘイズ領の魔女達を全員眠らせる事に決めた。
「さて、ではベラーナさんと合流しましょうか」
「そうじゃな……所でフィア殿、無性に誰かを害したいなどは……?」
伊蔵は眠った魔女の首を腰に結びながらフィアに尋ねる。
「そうですねぇ……今は血を混ぜた伊蔵さんに凄く文句を言いたいです」
「それだけか?」
「ええ、ホントに震えが来る程、美味しく無かったんですからね!」
ぶー、と頬を膨らませるフィアを見て大丈夫そうじゃなと伊蔵は苦笑を浮かべた。
ミミルの事があった為、ヘイズの魔女達の血を飲む事には伊蔵達の間でも賛否が分かれた。
だが、フィアは血を飲んで力を得る事を強く主張した。
確かにミミルの様に変わってしまう危険もあるだろう。
だが、それはいきなりでは無い筈だし、なにより自分が血を得て強くなる事で使い魔である伊蔵達も強くなる事が出来る。
それはきっと、伊蔵達の命を守る事に繋がる筈だ。
誰にも死んで欲しくないフィアはそう考えたのだった。
「次からはちゃんと分けるゆえ許して下され」
「約束ですよ……」
そう言って笑ったフィアの顔が突然曇る。
「なんぞあったか?」
「……ベラーナさんが……急ぎましょう」
「うむ」
伊蔵達はベラーナ達が向かった屋敷の地下牢へと足を進めた。
その廊下にはフィアと伊蔵によって眠らされた兵士や使用人達が所々に倒れていた。
■◇■◇■◇■
屋敷の地下、天井近くに作られた明り取りの窓から差し込む光が、石造りの牢を照らし出している。
地下の廊下には警備の兵達が意識を失い倒れていた。
里の住民達が幾つかの牢に分けられ、ぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
その牢の鉄格子の前で、ベラーナが中にいる怯えた人々を見て顔を歪めている。
「こいつぁ……」
「足の腱を切られているのか」
「手の筋も切られているわね」
「逃げられねぇようにかよ……これじゃあ助けても生きてけねぇじゃあねぇか……」
まだ仲間に治癒の力を持つ者はいない。
更にこのルマーダでは外科手術は発展途上にあった。
また、内戦の続いているこの国では保障など存在しない。
動けなくなった者は家族や集落が面倒みるのが通常だ。
だが、目の前の人々は里一つ、面倒をみる家族が、集落全体が動けなくなっている。
「どうするのだ?」
「ひと思いに殺してやる?」
フォルスの殺すという言葉を聞いて檻の中の人々がビクリと体を震わせた。
「駄目です!!」
暗い廊下の奥から桃色の髪の少女が黒髪の男と共に駆け寄ってくる。
「フィア……でもどうすんだよ……こんだけの数を死ぬまで食わせるのは事だぜ」
「分かってます!!」
フィアは自分が取り込んだ力で、身に着けた魔法で彼らを救う道が無いか必死に模索した。
何か……何か方法が……。
「何を悩んでおるのじゃ?」
「伊蔵さん……だって私が今使える殆どの魔法は戦闘用で……癒す力なんて……」
「何を言うておる。フィア殿はそれを最初から持っておるではないか?」
「最初から……? そうです、使い魔の契約!! 確かに使い魔にすれば私の魔力で傷を補えます!!」
「うぇ!? こいつら全員、使い魔にすんのか!?」
「ええ、現状ではそれしか方法が無いでしょう」
牢の中の怯えた人々を見回したフィアの瞳は、彼らを救う術を見つけた事で力強く光っていた。
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