安全で確実
シルス達とのやり取りで少し引き気味なプラムを横目に、伊蔵はフィアに何故ここへ来たのか改めて尋ねた。
「伊蔵さんはマルダモさんに里の人を運んでもらうつもりだったんですよね?」
「うむ、あやつなら里人全員を運べるじゃろう?」
「運べるとは思いますが、マルダモさんは住民を抱えています。危険な仕事はして欲しくありません」
「なるほどのう……しかしそうなると助けた者達をどう運んだものか……」
「だから代わりに私が来たんですよ」
「どういう事じゃ?」
首を捻る伊蔵にフィアは笑みを浮かべた。
椅子から降り、テーブルの横、居間の開いたスペースに移動する。
「こういう事です!」
声と同時にフィアの体はカラの城に似たミニチュアサイズの建物に変じた。
「何と……」
「人がお城に!?」
“マルダモさんの血を飲んだらこんな事も出来る様になったんです! 大きさは変えられるので二、三百人ぐらいは余裕で運べますよ!!”
「……もう何でもありだな」
「あの城の中には何か食べる物が?」
「食べられたとしてもあのサイズでは腹は満たせぬ」
「……おめぇらはそればっかだな」
伊蔵を始め、そこにいた五人は姿を変えたフィアを見てそれぞれ反応を返した。
説明を終えたフィアは人の姿に戻るとトテトテと歩き、再び椅子に腰かけた。
「という訳で、助けた人を運ぶのは問題ありません」
「の様じゃな」
「はい、それでですね。助けるついでと言っては何ですが……」
「何じゃ?」
「このヘイズ領を飲み込んでしまいましょう」
「……フィア、マジで言ってんのか?」
ベラーナの問い掛けにフィアは頷きを返した。
「ええ……北のヴェンデス領ではマルダモさんの里が壊されました。そしてここヘイズ領ではプラムさんの住む隠れ里が被害に遭ってしまいました……モリスさんが言っていたんですけどガルドさんの報告によると、なんだか最近、王宮……いえ、王族の動きが激しくなってるそうなんです」
「そうなのか? シルス、その辺どうなんだよ?」
「確かにヴェンデスの仕える第一王女シーマから、はぐれ狩りを強化するよう指示は来ていた」
「シーマは兄のクレドが何か情報を得たと知って焦っていたようよ」
ベラーナの後ろに隠れたシルス達は、交互に顔を覗かせながら彼女の問いに答えた。
伊蔵とフィアをたしなめたベラーナの事はひとまず味方と認識したらしい。
「……では始めるのじゃな?」
「はい、手始めにこのヘイズ領を私達の物にします」
「あの……皆さんは一体何を?」
話について行けず戸惑うプラムにフィアは視線を向ける。
「私達は迷惑な魔女さん達をこの国から一掃する為、これから反乱の口火を切ります」
「反乱……」
頷き笑みを浮かべたフィアを見て、プラムの心には困惑と不安が広がっていた。
■◇■◇■◇■
パタリと音がして寝室からフィアが顔を覗かせた。
「眠ったのか?」
「ええ、ルキスラさんの魔法で……」
フィアはプラムに自分達の事を話した後、疲れた様子の彼女を気遣い眠るように促した。
プラムはそれに首を振り不安でとても眠れないと訴えた。
そんな彼女とタシャを連れてフィアは寝室に入り、彼女達が深い眠りにつける様、ルキスラの花の魔法で眠りを誘ったのだ。
「ホントなんでもありだな……伊蔵とフィアがいりゃ二人だけでこの国も何とか出来んじゃねぇか?」
「ムリですよ……だって私は……やっぱり誰かを殺める事は出来なさそうですし……」
「そうかぁ? そのトカゲには雷を落としたんだろ? 遠くからでも見えたぜ」
「電撃なら気絶させられると思ったんです……少し力が強すぎました」
フィアは伊蔵がテーブルの上に置いたトカゲの魔女ドッコの首に目をやりながら、自嘲気味に答えた。
「フィア殿、お主は無理に戦わずともよい。刃には儂がなるでな……それより今はこやつの首じゃ……使い魔にして情報を聞き出そうぞ」
「……分かりました」
フィアはドッコの首の前で両手を組み、呪文を詠唱した。
桃色の髪から伸びた角が輝き、ドッコの額の上に紋様が浮かびやがて消えた。
同時に雷に焼かれた鱗が再生し二つの目がキョロキョロと周囲を見回す。
「クソッ!! テメェ、人間の分際でよくもこの俺を!!」
伊蔵で視線を止めたドッコは忌々し気に吐き捨てる。
フィアはその罵声を力ある言葉によって遮った。
『あなたの名前を教えて下さい』
「俺の名前はドッコだ……何だこりゃ!? どうなってやがる!?」
戸惑いの声を上げたドッコにフィアは続けて問いかける。
『この里の人達をどこに連れ去ったのか? それと里長のグリモスさんの行方を教えて下さい』
「里の奴らは数が多くて一気には運べねぇから、取り敢えずこの里の東の街に運んだ。はぐれ魔女は一足先にヘイズの城に運ばれてる筈だ。てめぇ、何だその言葉は!?」
「伊蔵さん、他に聞きたい事は?」
「無視すんじゃねぇよ!!」
「必要な事以外、喋るな」
「そうよ、余計な事を言っていると仕事の時間が長引くわ」
「「そうなれば食事の時間が遅くなる」」
声を荒げるドッコの首にシルスとフォルスが触手を絡める。
「グッ……」
絡まった触手が頭骨を締め上げ、ドッコはうめき声を漏らした。
「よぉ、素直に喋った方がいいぜ。分かってるとは思うが、この黒髪の男は少し……いや、かなりヤバい奴だからよぉ」
ベラーナは触手に絡められたドッコの頭に顔を寄せ牙を見せると、首を伊蔵に向けた。
「……チッ、クソ共がぁ……」
「まともに話す気はなさそうじゃな……仕方ない、フィア殿、この領の魔女の数と特徴、あとは魔女達の魔法について聞いて下さるか?」
「分かりました。では『ドッコさん、この領にいる魔女の数を教えて下さい』」
「グッ……十八だ……クソッ、耐えらんねぇ!! 何なんだよコレは!?」
憤るドッコにフィアは伊蔵達から出される質問を次々と投げかけた。
程なく、ドッコの知るヘイズ領の魔女の居場所や特徴、兵士達の分布状況が判明した。
聞きたい事を聞き出したフィアは、非協力的なドッコを眠らせた。
聞き出した情報で彼も含めたヘイズ領の魔女は、かなり狂暴な者達で構成されている事が判明したからだ。
フィアがドッコを眠らせたのを確認しベラーナが口を開く。
「大体分かったな。んじゃ取り敢えず東の街に向かうか?」
「……儂は城に連れていかれたグリモス殿が気になるがのう」
「うーん、ドッコさんの話では南の王族の城へ最終的には送るって事でしたが……」
「手分けするか? 儂は城に行こう。ベラーナ運ぶだけ運んでくれぬか?」
「待って下さい。単独行動は認められません……城には何人か魔女がいるみたいですし、領主のヘイズさんの能力は未知数です。グリモスさんの事は気になりますけど、ここは慎重に行きましょう」
「ふむ、してどう動く?」
伊蔵はフィアに先を促す。
「伊蔵さんが前、カラさんの領でやったみたいに、周辺から削いでいきましょう。その第一歩として東の街の里の人を救います」
「周辺から削ぐのはよいが、早くせぬとグリモス殿が南に送られるのではないか?」
「そうだな。シルス達も王女が焦ってるって言ってたし、あんま時間はないっぽいな」
「ええ、だから里の人を助けた後は、伊蔵さん達には分かれてヘイズ領各地の魔女を狩ってもらいます」
フィアの言葉にベラーナが疑問をぶつけた。
「フィア、単独行動は認められねぇって言ったばかりじゃねぇか?」
「そうだ。それにお前はどうするのだ?」
「この里で我らの戦果を待つだけのつもり?」
「いいえ、私は皆さんのサポートとしてそれぞれにつきます」
「「それぞれ?」」
問い掛けたシルス達は同時に首を傾げ、伊蔵達もフィアを見返した。
「フィア殿、どうなさるおつもりじゃ?」
「こうします」
フィアの影が三つに別れ、フィアと瓜二つの者達が二体出現した。
「これは……ガルドの力か……クッ、儂もフィア殿の様に血を飲んで力を得られれば……」
「おめぇはどこまで強くなりてぇんだよ……んでフィア、分身連れて首狩りしろって事か?」
「「「はい、最短時間で城詰以外の単独行動の魔女を狩り、そののち全員で城を落とす。これが一番安全で確実だと思います」」」
「三人でハモんじゃねぇよ……はぁ、一旦、魔法を解け……まったく、フィアも伊蔵もムチャクチャだぜ……シルスとフォルスは食い気ばっかだし……なんで俺が一番まともみてぇになってんだよ……」
ため息を吐いて呆れるベラーナに分身を消したフィアが笑みを浮かべる。
「ホント、面倒見が良くなりましたねぇ、ベラーナさん」
「そうだな。言葉は荒いが中々に気配りが出来る女だ」
「そうね。女中として身の周りの世話を頼むのもいいかもしれないわね」
ベラーナに懐いたと思ったシルス達だったが、どうも下僕として評価していただけだった様だ。
「はぁ……」
ため息と共にベラーナの頭に遠い過去の風景が浮かぶ。
そういえば、昔も自分は弟や妹の面倒を見ていた。
「これも性分なのかねぇ……」
フィアの力が増すごとに、彼女と過ごす時間が長くなればなるほど人に戻っているのかも知れない。
そんな事を思い、ベラーナは肩を竦めた。
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