サンドイッチとトカゲの魔女
襲われ無人になった隠れ里。
そこにたった二人残されたプラム、そして赤ん坊、名前はタシャというらしい。
その二人を連れ、伊蔵は彼らが住んでいた家に向かった。
家は石と木を使ったこの国では一般的な作りだった。
暖炉の据えられた居間、それに続く台所。
それ程、大きくはないが寝室は個別に分かれているようだった。
その台所で薪を使い湯を沸かすと、桶に湯を張り体を拭く様プラムに指示を出す。
「体に着いた血を綺麗に洗い流すのじゃ、血は穢れを運んで来るからの」
「……はい」
「タシャも洗ってやれ……儂は家の外で体を洗ってくる。終わったら声を掛けてくれ」
「分かりました……」
プラムは沈んだ様子で伊蔵に答え、湯を張った桶に視線を落とした。
家族を失ったのだ。そう簡単に割り切れるものでは無いのだろう。
彼女の心を癒せるのは恐らく時間だけだ。
伊蔵はプラムとタシャに背を向け、湯を張った桶を抱えると家の外へ足を運んだ。
手と顔は井戸の水で洗ったが、服や鎧にも血や汚れが付着している。
伊蔵は鎧と服を脱ぎ、桶に張られた湯を被り体を洗った後、上着を洗い装備を拭いた。
洗った上着を家の側に張られていた物干し用のロープに掛ける。
その後、洗う事をしなかった麻の肌着と袴の上から拭いた鎧を身に着けた。
そうしているうち、家の中から体を洗い終わったとプラムが声を掛けて来た。
伊蔵はそれに応え、再び彼女の家のドアを潜った。
家の中では服を着替えたプラムがタシャを抱いて出迎えてくれた。
彼女はタシャに温めたミルクを与えていた。
スプーンで与えられるそれを、タシャは空腹だったのか美味しそうに飲んでいた。
「良かった……私じゃお乳は上げられないから……」
「プラム、儂はやはり、お主らは北へ行った方がよいと思うのじゃが……」
「分かっています……この子だって山羊の乳より人の物の方がいいに決まってる……でも……」
「ふむ……ともかく今宵はこの里で過ごすしかないじゃろうからの。一晩ゆっくり考えよ」
「……分かりました」
「飯にするか、プラム、食材を少し貰うぞ」
伊蔵はそう言うと居間と繋がっている台所へ足を運んだ。
「えっ? あの私が」
「よい、お主はタシャにミルクを飲ませてやれ。ずっと隠れて何も口にしておらぬのじゃろう?」
「はい……私はあそこでこの子を抱いて震えているだけでした」
「それでよかったのじゃ。お主がおったから儂らは状況を知る事が出来た。よく恐怖に耐えた」
「……うぅ……」
涙ぐんだプラムから視線を外し、伊蔵は台所を探った。
台所にはプラムがタシャに与えていた山羊の乳の他、パンや野菜、保存食だろうハム等が棚に仕舞われていた。
伊蔵は以前、フィア達が食べていたパンに色々挟んだ物を思い出し、それを再現しようと食材を切り始めた。
やがて出来上がったそれは、フィア達が食べていた物よりもかなりボリュームのあるものとなった。
伊蔵が空腹だった為、作る際に欲張ってしまったのが原因だ。
「出来たぞ。プラム、お主も腹が減っておるじゃろう。食え」
「……凄い量……フフッ、お腹、空いてたんですね?」
「まあの……」
伊蔵が木皿に乗せたパンをテーブルに置くと、一瞬、目を丸くしたプラムは出会って初めて微かに笑みを浮かべた。
プラムが笑った事で、タシャもキャイキャイと嬉しそうな声を上げる。
プラムはそんなタシャを赤ん坊用のベッドに寝かしつけると居間の椅子に腰を下ろした。
「じゃあ、いただきます」
「うむ」
「……殆ど野菜の味しかしないですね」
「ぬ……塩が少し足らなんだか……許せ、料理は殆どした事が無いのじゃ」
「フフフッ……おかしな人……」
頭を掻いた伊蔵を見てプラムは先程よりも大きな声で笑った。
居間のテーブルで伊蔵と一緒にパンを頬張る。
プラムはそれを半分程食べると、座ったままいつしか眠りに落ちていた。
伊蔵は寝室を探り毛布を見つけ、それを彼女に掛けてやる。
その後、伊蔵は暫くプラムとタシャの様子を見ていたが、二人が完全に眠ったのを確認するとそっと家を出て玄関の前に座り込んだ。
■◇■◇■◇■
どのぐらい時間が過ぎただろう。
プラムの家の前に座っていた伊蔵は閉じていた目を開けた。
家から漏れる明り先、その明りがギリギリ届かない暗闇の中に魔女が一人立っていた。
長い舌を伸ばした爬虫類の様な顔、その顔の周りやむき出しの腕には鋭い棘が無数に生えている。
特徴的なのはその眼球で、緑の鱗に覆われた穴の開いたその二つがキョロキョロとそれぞれ独立して動いていた。
「……やはりか」
倉庫の偽装は干し草を被せただけの簡単な物だった。
里の人間を連れ去る為、捜索していたのなら見逃すとは思えない。
だとすれば、プラムたちはワザと見逃されたのだろう。
恐らく彼女達を独占する為に……。
「なんだお前、その家にいる女は俺が先に唾つけたんだぜぇ……昼間の女は逃げようとしたんで仲間の手前殺しちまったが、地下に別の女がいんのは分かってたぁ」
そんな伊蔵の考えを肯定する言葉をトカゲに似た魔女は吐き出した。
「俺の楽しみを邪魔すんなら殺……いやどっちにしても殺すかぁ。あひゃあひゃあひゃ」
茶色の皮鎧と白いパンツに鎧と同じ色のブーツ。
服装だけみれば人と変わらないそのトカゲは愉快そうに笑う。
「黙れ。中で子供が眠っておる」
「人間がぁ、誰に向かって口きいてんだぁ」
トカゲはそう言うと棘だらけの右腕を伊蔵に向けた。
向けたと同時にその棘が伊蔵を襲う。
奇妙な音が鳴り響き、トカゲは首を捻った。
「なるほど、壁や人を穴だらけにしたのはこれか」
「障壁だと!?」
身構えたトカゲを無視して伊蔵は障壁で弾いた棘に目をやった。
弾かれ地面に落ちた棘はそのまま霞となって消える。
殺されていた者達や壁に開いた穴には凶器は残されていなかった。
その理由は棘が魔力で作られていたからのようだ。
トカゲを見ると既に新たな棘が生えそろっている。
「さて、お主には聞きたい事がある。素直に話すなら多少手加減してやろうぞ」
「人間風情が何を」
そう言って再度棘を放とうと掲げたトカゲの左手がトサッと軽い音を立てて地面に落ちた。
玄関からトカゲ迄、大人の足で二十歩ほど。
その距離を一瞬で詰めた伊蔵は、魔女が反応さえ出来ない速さで腰の刀を抜き放っていた。
「はっ? グギャアアア!?」
トカゲは痛みで声を上げながら断ち切られ、血を吹き出した左手首を右手で握る。
「話す気は無いのじゃな……? こちらとしてもその方が有難い……怒りをぶつける先が出来るからのう」
刀を鞘に納めながら、トカゲの前に立った伊蔵は呟く。
「クソッ、舐めんじゃねぇ!!」
後ろに飛んで間合いを取りながら、蜥蜴は一瞬で左手を再生した。
その再生したばかりの左手を踏み込んだ伊蔵が再び断ち切る。
「ググッ……」
今一度左手首を押さえ伊蔵から離れると、蜥蜴の魔女ドッコは伊蔵を睨んだ。
魔女は如何に容姿が人に近くても……たとえその身を人に変えてもどこか人とは違う容姿をしている。
肌の色、造形は契った悪魔の特徴を残している筈だ。
しかし目の前の男はこの国の人間では無いだろうが人にしか見えなかった。
「てっ、てめぇ、俺が誰だか、グッ!?」
声を荒げたドッコの左腕が今度は肘から切り離される。
早すぎる!? まったく反応出来ねぇ!!
そんなドッコ驚愕を知ってか知らずか、伊蔵は静かにこれから行う事を告げた。
「お主は最後には首だけになる。そうなるまで関節の継ぎ目で解体してやろうぞ」
「お前……何を……」
ドッコの表情に変化はなかった。だがその声には明らかな怯えが滲んでいた。
「次は右手じゃ」
「ギャッ!?」
伊蔵は切り離された左腕を握っていた右手を手首から切り落とした。
「わっ、分かった!! 何でも聞け!! ギャアアア!? 何でだ!? 話すって言ってんじゃねぇか!? 止めろ!! 止めてくれぇ!!!」
伊蔵は魔女の言葉を無視して右手の肘を切断した。
彼は宣言通りドッコの体を関節で切り分け、首だけになるまで刻んでいくつもりだった。
フィアからは拷問はするなと言われていたが、その時の伊蔵には彼女との約束を守る事は出来そうになかった。
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