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取り残された少女

 梯子を登り、周囲の干し草の束を二つ向かい合う様に並べると伊蔵(いぞう)はその一つに腰を下ろした。

 プラムにもそこに座るよう視線で促す。

 地下室の入り口で立ち(すく)んでいたプラムは、周囲を見回し誰もいない事を確認するとキョロキョロと周りを伺いながら赤ん坊を抱いたまま伊蔵の向かいに腰を下ろした。


「さて……儂は佐々木伊蔵(ささきいぞう)。この里を作ったレアナ殿の娘、フィア殿に仕える者じゃ」

「レアナ……グリモス様がいつも話しているあのレアナ様ですか?」

「そのグリモス殿がどの様に言うておるかは知らぬが、里を作ったのはレアナ殿じゃと儂は聞いておる」

「……確かに私もそう聞いています」

「ふむ……それで、何があったのじゃ?」


 プラムはポツリポツリと起こった事を話し始めた。


 それによればその魔女達は結界を超え里に降り立つと、住民を人質にグリモスに一緒に来るよう迫った。

 始めはそれに抵抗していたグリモスだが、住民の一人が見せしめで殺されると里人を守る為、魔女達の提案を飲んだ。

 彼らはグリモスを鋼鉄の檻に押し込めると、その檻を抱え里から出て行った。


 数人の魔女を残して。


 その里に残った魔女達はグリモスを入れた檻が十分離れたのを確認すると、住民達を捕らえ新たに作り出した檻に詰め込み始めた。

 逆らった者、そして労働力にならないと判断された老人は容赦なく殺された。


「最初から放置しておく気なんて無かったんです……魔女達は言ってました。隠れ里を作る事自体が自分達に対する裏切りだと」

「……さようか」

「あの……私、どうすれば……」


 プラムは伊蔵にすがる様な視線を向けた。

 彼女の気持ちは伊蔵にも分かった。

 住民が魔女に連れ去られ殺害され残されたのはプラムと赤子だけ、そんな状態のこの里で赤子を抱えて生きるのは無理だろう。


「その子はお主の子か?」

「違います。この子は姉の子で……姉は私達を食糧庫に隠して別の場所に隠れるって……」


 プラムの姉というのは恐らく倉庫の側で殺されていた女だろう。

 食糧庫の入り口には干し草が積まれていた。

 殺された女がプラム達を隠す為に積んだのだと伊蔵は考えた。


「さようか……お主が望むなら儂らが安全な場所へ連れて行ってやるが……?」

「安全な場所?……やはり、私を(さら)って売るんですね」


 何処かに導こうとする伊蔵に警戒したのか、プラムは赤ん坊を伊蔵から隠す様に抱え直した。


「売る? まぁ、簡単に信用は出来ぬじゃろうな」


 そう伊蔵が言った時、倉庫の外でバサバサと羽音が響いた。

 羽音を聞いたプラムの体がビクリと震える。


「心配せずとも仲間じゃ……魔女にも人に危害を加えぬ者がいる。それはお主が一番分かっておるじゃろう」

「それは勿論分かっていますが……」


 ベラーナは伊蔵の言葉を気にしてか倉庫に入ってこようとはしなかった。


「ふむ……儂らは里の者を埋めるとしよう……墓は何処にある?」

「お墓なら島の南に……埋めるって、どうしてあなたがそんな事を……」

「死者を弔うのは当然じゃろう」


 それだけ言うと伊蔵は腰を上げると、プラムを残し倉庫を出て行った。

 伊蔵の後ろ姿を見送ったプラムの心には黒髪の異国風の男を信じたい思いと、騙される不安、死んでいった仲間達、そして連れ去られた里の人々とグリモスの事がグルグルと浮かんでは消えていた。


 そんな思いを抱えたままプラムは立ち上がると、フラフラと歩き倉庫を出た伊蔵を扉の影から窺った。


 彼は赤い肌の魔女と共に緑の髪の娘を運ぼうとしていた。

 それが姉だと気付きプラムは思わず駆け寄った。


「姉さん!!」


 亡骸に縋りつき泣き始めたプラムを見て、ベラーナが顔を顰める。

 そのプラムの泣き声に反応して彼女が抱えていた赤ん坊も泣き始めた。

 伊蔵とベラーナは亡骸を地面に横たえプラムに視線を移した。


「こいつ等が地下室にいた奴らか?」

「うむ……」

「うう……どうして……姉さん……隠れるって言ったじゃない……」


 血に染まった姉の胸に顔を埋め泣くプラムに伊蔵が声を掛ける。


「プラム、気持ちは分かるが、まず埋めてやらぬか? このままではこの者もゆっくり眠れぬ」

「嫌です!! だって姉さん、まだ温かい……」

「よぉ……」

「ヒッ!?」


 声を掛けたベラーナにプラムは怯え身を強張らせた。

 ベラーナはそんなプラムの前に身を屈めると優しい声音で語り掛ける。


「……なぁ、埋めてやろうぜ。おめぇの姉ちゃんだってこんな姿は見られたくねぇだろうしよぉ」


 そう言ったベラーナの顔がやるせなさに歪んでいた為だろうか、プラムは彼女の顔を見ると姉の亡骸に目をやった。

 プラムの姉の亡骸には無数の穴が開いていた。

 その穴から今も微かに血が滲んでいる。


「うぅ……姉さん……こんな……酷い……」

「プラム、道具を貸してくれ。それと墓に案内してくれぬか?」


 暫く無言で泣きながら姉の亡骸を見ていたプラムは、やがてゆっくりと立ち上がり口を開いた。


「…………荷車があります……農具も置いてあるのでそれを」

「うむ」


 覚束ない足取りでフラフラと歩くプラムの後ろを伊蔵とベラーナは無言で追った。



 ■◇■◇■◇■



 その後、伊蔵達は惨劇の犠牲者を墓に運び、夜のとばりが下りる中、穴を掘り埋めていった。

 全員の埋葬が終わる頃には完全に日は落ち、周囲は闇に包まれていた。


「……ありがとうございました……見ず知らずの方にここまでして頂いて……お二人には感謝の言葉しか御座いません」


 姉の墓の前、どこか呆けた様に言うプラムの背中で、背負われた赤ん坊が静かに眠っている。


「死者を弔うのは人の道じゃ……気にする必要はない」

「そうだぜ。死んだ奴らだって静かに眠りてぇだろうしよぉ」

「……ありがとう」


 プラムは二人に頭を下げると、墓に向き直り両手を組んだ。


 祈りを捧げるプラムを見ながら、伊蔵はこの国にも信仰はあるのかと以前、フィアに尋ねた事を思い出した。

 フィアは毎日、母親の墓の前で両手を組み祈りを捧げていたからだ。


 彼女は自分に神に祈る習慣は無いと答えた。

 では何に祈っているのかと問うた伊蔵にフィアは言った。


「お母さんがゆっくり休めますように……それと私を見守っていて下さいって……東には神様がいるらしいですけど、自分達の理想を押し付ける、そんなものに祈るのは違う気がして……私はただお母さんがゆっくりしてくれればいいなって思って祈ってるだけですよ」


 それを聞いた伊蔵は今まで言葉に出来なかった事に得心がいった気がした。

 伊蔵の国にも信仰はあった。

 それは神に祈り、導き守ってくれる様、願うものだった。


 だが、それは何処か他者を当てにする様に伊蔵には感じていた。

 フィアの祈りはそれとは違い、母親の安寧を願う真摯な物に感じられた。


 恐らくプラムの祈りも同じではないだろうか。

 本来、祈りとはそうあるべきではないかと伊蔵には思えた。


 暫しそんな思いに身を委ねていた伊蔵は気持ちを切り替え、祈るプラムから視線を移しベラーナに囁きかける。


「……ベラーナ、二人を連れて城へ戻ってくれるか?」

「おめぇはどうすんだよ?」

「攫われた者達を取り返す。お主はプラムと赤子を運び、マルダモを連れて戻ってくれ」


「マルダモ?……あいつに取り返した住民を運ばせる気か?」

「この里に戻したとしてもまた襲われるやもしれぬ。北に運んだ方が良いじゃろう」

「……わーったよ。ただし一人で動くのは無しだ」


 すぐにでも動こうと思っていた伊蔵はその言葉に顔を顰める。


「そんな顔しても駄目だぜ。大体、お前一人じゃ移動に時間がかかり過ぎんだろ?」

「むぅ……致し方ないか……じゃが急ぎでたのむぞ」

「わーってるよぉ」


 伊蔵との話を終えたベラーナは目を閉じ祈りを捧げているプラムに声を掛けた。


「プラム、伊蔵と話して俺がおめぇらを送っていく事になった」

「送っていく? どこに行くのですか?」


 ベラーナの言葉に振り返ったプラムは先程よりも幾分落ち着いて見えた。

 彼女の中にはもう伊蔵達を疑う気持ちは消えていた。


「北、カラ領……いや、今はサザイド領か。そこの城だ……領都ならその赤ん坊のミルクだって手に入る筈だぜ」

「北……あの……私、暫くここに残っていいでしょうか?」


 そう言ったプラムは伊蔵達から視線を外し、姉が眠っている墓を切なそうに見つめた。

 その様子を見たベラーナは伊蔵に顔を向ける。


「……わーった……伊蔵、プラム達を守ってやれ。俺はひとっ走り城まで飛んでマルダモを連れてくるからよぉ」

「……うむ。承知した」


 ベラーナは伊蔵に頷きを送ると翼を広げ暗い空へ身を躍らせた。


「……プラム、一度、家に戻らぬか? 身を清めねば病を得るやもしれぬ」

「もう少し……お願いです。もう少しだけ……」

「さようか……」


 その後、伊蔵は無言のままプラムが満足するまで彼女の後姿を見守った。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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