北の砦、南の湖
「あの……オルディア様? 魔女は?」
剣戟が止んだのを聞きつけた兵士の一人が砦の入り口から顔を覗かせている。
「倒した」
「ホントですか!? 流石、オルディア様!! おい、お前ら、オルディア様が勝ったぞ!!」
「やった!! やっぱ頼りになるぜ!!」
ワイワイと声を上げながら、兵達は砦に戻りオルディアの周囲に集まった。
オルディアは以前から兵士から武人として一目おかれてはいたが、人間を見下し近寄りがたい雰囲気を発していた為、軍務以外で声を掛ける者はいなかった。
しかし現在はその雰囲気も和らぎ、彼らを気遣う言動も増えた事で兵達の対応にも変化が現れて始めていた。
そこへ来て今回のシルスとフォルスの乱入だ。
兵を守ろうと戦ったオルディアの株は彼らの中で一気に跳ね上がったようだ。
「騒ぐな。取り敢えず倉庫の修繕と、こいつ等の体を片付けてくれ」
「了解です! 体ってことは首はこのままで?」
「ああ、それはカラ様が持って帰るからな……適当な袋を持って来てくれるか?」
「カラ様……ご領主様がここに?」
その段になって兵士達は見知らぬ青年がニコニコと微笑んでいるのに気が付いた。
「えっと……カラ様ですか?」
「うん、僕はカラ……ってそうだった。僕、死んだって事になってたんだった。君達、僕の事は秘密にしといてもらえる?」
「死んだ……?」
「うん、仕事の一環でね」
「はぁ……了解です……」
「よろしく」
笑みを浮かべる一本角の青年に兵達は困惑気味に頷いた。
「ともかく作業を開始してくれ。それが終わったら各自、持ち場に戻ってくれ」
「分かりました」
兵達は細かく指示を出さなくても、自ら仕事を割り当て倉庫の修繕に当たる者を選出、それ以外は持ち場に戻って行った。
「結構、人気があるみたいじゃないか」
「あのチビの使い魔になってからですよ……兵や領民たちの事が妙に気になり始めて……昔はそんな事、気にもしなかったのに」
「いいんじゃない、そんなに深く悩まなくても。きっとなる様になるさ」
「……貴方は相変わらずいい加減ですね」
「フフッ、それが僕の良い所さ」
カラは悪びれもせず答え、アハハッと笑った。
その後、兵から袋を受け取ったオルディアはシルス達の首を袋に入れ、カラから領主の事を聞く為、砦の執務室へと場所を移した。
執務室に置かれたソファーに向かい合って座り、テーブルに置かれた首の入った袋に目をやりながら口を開く。
「ふぅ……ところでチビに血を渡すって事は、こいつ等の力も取り込むんですか?」
「まあね。おチビさんに強くなってもらわないと、反乱も成功しないだろうしねぇ」
「モリスからの手紙で知りましたけど、その反乱、いつまで兵や民衆には内緒にしておくんです?」
「しばらくはこのままかな。ともかく西側を統一しないとねぇ」
フィアとモリスは相談し混乱を避ける為、殆どの兵士にも領民にも反乱について伏せていた。
というのも、ルマーダの西側では民衆と貴族である魔女達は完全に分断されていたからだ。
民衆は例えば領主が変わっても恐ろしい魔女が、別の恐ろしい魔女に変わったという認識しか無かった。
それにサザイドが言っていた様に、現状で人間はあくまで魔女のサポート役としてしか考えられていない。
であるなら、西側をどうにかするまでは大々的に公表するのは控えた方がいいとフィア達は考えたのだ。
「いいんですかね。それで」
「黙っている事が気になるの?」
「はい、反乱が成功すれば、民達が知らない間に上がすげ変わる事になる……それが少し」
「民衆はトップが誰だろうとそれ程、気にはしないよ。それにおチビさんの計画なら皆、楽になる筈だよ」
「それでも知る権利を奪うのは」
「……オルディア。皆が反乱の事を知ればどんな反応をすると思う?」
カラは笑みを消し、珍しく真剣な表情でオルディアに聞いた。
「それは……恐らく、民の中には逃げ出す者と協力したいという者が現れるのでは無いでしょうか?」
「うん、僕もそう思う。そしてそうなったらかなりの混乱が起きると思うんだ」
「それは分かりますが……」
「それにね。やっぱり人間は魔女の前では無力だとも思うんだよ……戦いに加わっても無駄死にするだけだ」
「……確かにそうでしょうね」
「だったらさ。こっそり変えて、あとでお伺いを立てた方がいいんじゃない?」
そう言うとカラは再び笑みを浮かべた。
「カラ様……先ほどの言葉は取り消します。やはり貴方も変わられましたよ」
「そう? まぁ、さっき話したのはおチビさんとモリスの受け売りだけどね」
「……少し感動したのに、貴方という人は……そういえば、先ほど兵達に死んだ事になっていると言っていましたね。それと領主では無くなったとはどういう事です?」
「ああ、それ? なんか新しい領主が赴任してきてさぁ、僕は前線送りだって言うから建前上、彼に領主になってもらって僕は死んだって事にしたんだ。だって面倒でしょ前線なんてさ」
肩を竦め笑うカラを見て、オルディアはこの人の本質は変わっていないと深いため息を吐いた。
■◇■◇■◇■
北の砦でオルディアとシルス達がぶつかっていた頃、伊蔵とベラーナは南のヘイズ領へと向かっていた。
二人は今回もレアナが作ったという隠れ里を目指していた。
北のヴェンデスを先に落とすという案もあったのだが、その前にまず協力出来そうな所とは繋がりを作ろうという事になったのだ。
「伊蔵、その脛当、まだ完成しねぇのか?」
「調整はしてもらった。じゃがカラの魔法は力が強すぎて制御が難しいらしいのじゃ」
「んじゃ、別の魔法、例えば俺の羽根とか使えば……」
「お主の魔法は常に発動しておかねばならぬ。カラの魔法であれば断続的に使う事で魔力の節約が出来るらしいのじゃ」
「断続的ねぇ……確かに翼は出しっ放しじゃねぇと落ちるわなぁ」
「儂としてはこう、背中から羽根を生やし、アナベルの様に透明になったり、ジルバの様に姿を変えたりしたいのじゃが……そうそう、ガルドの影に潜む魔法、それと分身も使いたいのじゃ」
ベラーナは背中の伊蔵の声からホクホク顔で話しているのを感じ取り、苦笑を浮かべた。
彼はベラーナに子供子供と言うが、魔法を使いたいと言う伊蔵はかなり子供っぽい様に感じていた。
まぁ、使いたい理由は祖国の復興であり、戦いの為なのだが。
「どれもずっと魔力を使う奴みてぇだから、先は長そうだな」
「うむ、じゃがそれが叶えば、すぐにでも王城に忍び込み首魁の首を上げてみせようぞ」
「ホント、物騒な奴だぜ……さて、今回の隠れ里はっと……」
ベラーナは聞取り書を取り出し改めて内容を確認する。
「今回のはデカい湖の真ん中にあるみてぇだな。はぐれ魔女が仕切ってて、そいつは温厚で話せるタイプらしいぜ」
「湖か……またいきなり襲われなければよいがのう」
「襲われても返り討ちにすりゃいいじゃねぇか」
「ベラーナ、儂らは仲間を増やそうとしておるのじゃぞ」
「そりゃそうだが、向こうが仕掛けて来るのに黙ってやられるわけにもいかねぇじゃねぇか」
「……なんぞ、敵では無いと伝える手段があれば良いのじゃがのう……」
そんな事を話している間に、視界の先に巨大な湖が見え始めた。
以前、ローグが潜んでいた湖の数倍の大きさがある。
海を知らない者に見せれば、それが海だと勘違いしそうな程だ。
伊蔵がそんな事を考えていると、ベラーナがスンスンと鼻を鳴らした。
「どうした?」
「人間の血の臭いがする……」
「血じゃと?」
「ああ、それも大量に……昔、これと同じ臭いを嗅いだ事があるぜ。戦場でよぉ」
「……急ぐのじゃ」
「わーってるよぉ!」
ベラーナは強く翼を羽ばたかせると、自身の出せる最大の速度で湖の中心を目指し飛んだ。
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