元領主で今は無職
カラ、いや名目上はサザイドの城の領主の部屋にフィアはドアを押し開け駆け込んだ。
夕陽が差し込む部屋のデスクの椅子にはサザイドが座り、その前には書類を持ったモリスが立っていた。
そんな二人の前に置かれたソファーには、カラがゆったりと腰かけお茶を飲んでいる。
その全員が突然部屋に駆け込んできたフィアに視線を向けた。
「はぁはぁはぁ……んぐっ……オルディアさんが襲われています!!」
「オルディアが? 誰に?」
カラはカップをテーブルに置かれたソーサーに戻し、フィアに尋ねた。
「分かりません!! でもピンチなのは確かです!! それは分かります!!」
「ピンチ……オルディア様はこの領でも武闘派の一人ですが……ともかく誰か救援に向かってもらいましょう」
「はい、お願いします!! でも、今から向かっても間に合うかどうか……伊蔵さんとベラーナさんには南へ行ってもらってますし……」
「……さようですな……では、ここはこの領で一番足が速い方に……」
モリスはジトッとした視線をカラに送った。
「なんだいモリス?」
「カラ様、オルディア様の救援に向かっていただけますか?」
「何で僕が?」
「領主にサザイド様を据えてから、カラ様は実質、何もしていませんよね?」
「確かにこの男は横からたまに口を挿むだけで、ほぼ何もしていないな」
カラに脅され協力を約束したサザイドだったが、フィアの使い魔になった事で人だった時、持っていた貴族の誇りを取り戻していた。
彼のいう貴族の誇り、それは高貴な者はそれに足るだけの責任を果たさなければならないという物だった。
使い魔になる前は、自身が貴族であり王族を守護する近衛であるという気持ちばかりが増幅され、サザイドは地位や力の無い者を見下し弱い者は強い者に従えばいいという考えに縛られていた。
だが、使い魔となった今は従わせる事の責任についてまで考えが及ぶ様、変わっていた。
結果、強要されたとはいえ手を抜く事も出来ず、領主として真面目に仕事する日々を送っていたのだ。
「そうですよ。サザイド様に承認の殆どを任せて、カラ様はお茶を飲んでパズルを解いているだけじゃないですか」
「だって、ほら、表向きは死人だからさ、僕。あんまりウロウロするなってこの前も言われたばかりだし……」
「カラさん、そんな事言ってる場合じゃないんです!! これを持って早くオルディアさんを助けに行ってください!!」
フィアはソファーに座ったカラに歩み寄ると、手に持っていた黒い革の鞘に納められた直剣を差し出した。
「ん? 僕は剣なんて使わないよ?」
「これはオルディアさんに渡して下さい。それより早く早く! 行かないなら命令しちゃいますよ!」
「やれやれ、分かったよ……ふぅ、動く気にはなって来たけど……領境か……遠いなぁ」
「カラさん!!」
「はいはい、行きますよ……」
カラは渋々といった感じでソファーから立ち上がると、フィアから剣を受け取った。
「それには切れ味を上げる魔法が定着してあります。詳しい事はこの手紙に書いたのでこれもオルディアさんに渡して下さい」
「分かったよ……しかし、領主を使い走りに使うなんて、君、将来は大物になるよ」
「元領主でしょ、今はだらだらしてる無職さんじゃないですか」
「クッ、言うねぇ、君……じゃあ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい!!」
「ちょっと、ちゃんと行くから押さないでよ」
フィアはカラの背に回り、お尻を押して執務室の窓から彼を追い出す様に出立させた。
■◇■◇■◇■
北の領境、砦ではオルディアが一人、蛸の触手を持つ魔女シルスと烏賊の触手を持つ魔女フォルス相手に戦闘を続けていた。
使い魔の契約によってオルディアの力は上がっていたが、シルスとフォルスは彼らの言葉通り、触手を鞭の様に使い攻撃を仕掛けて来る。
その触手も動きは鞭だが切れ味は刃と変わらず、しかもその数は全部で十四本。
剣技に自信のあったオルディアだがその全てはさばききれず、魔力で作った鎧も剣も着実に傷を増やしつつあった。
「オルディア様!!」
部下の兵士達が加勢しようと弩でシルス達を狙う。
しかし、放たれた太矢は触手によって全て叩き落された。
「邪魔だ」
「邪魔ね」
「我はこの魔女をなんとかしよう」
「私は人間共を黙らせるとするわ」
「おい、お前らの相手は俺だぞ!? 兵共には手を出すな!! お前ら逃げろ!!」
「しっ、しかし!?」
「いいから早くしろ!!」
「りょっ、了解です!!」
兵士達はオルディアの剣幕に圧され、一人残るオルディアに視線を送りながら砦から退避した。
「愉快だ。魔女が人を庇うとは」
「愉快ね。人は下僕に過ぎないのに」
その様子を見たシルスとフォルスはそう言うと声を上げて笑い始める。
その姿はかつての自分と重なり、オルディアの心を締め付けた。
いつかの自分はこれほど傲慢で愚かだったのか。
この笑っている二人もそして自分も元は人間だった筈なのに。
オルディアは唐突にどんなに力を得て強くなっても、目の前の二人のようにはなりたくないと思った。
再度、魔力を使い装備の傷を修復する。
「なんだ? まだ戦うのか能無し?」
「そうよ、足掻くのは止めなさい能無し」
「……俺が能無しかどうか身を以って知るがいい」
静かにそう言うと、オルディアは長剣に魔力を流し間合いの外から振り抜いた。
右手の長剣は流し込まれた魔力によって刃を伸ばし、間合いを詰める事無くシルスとフォルスの胴を凪ぐ。
彼らの着ていたローブは剣の軌跡に合わせ断ち切られた。
「何だ!?」
しかし、オルディアの右手には肉を断った感触は伝わっては来なかった。
その感触を肯定する様に、シルスもフォルスも何事も無かった様に立っている。
「無駄だ。貴様の力が切断なら我らを切る事は出来ぬ」
「無駄よ。貴方のとり得が剣だけなら勝つ事は出来ないわ」
断ち切られたローブの下、ヌメヌメとした粘液に覆われた肉体が覗いている。
「粘液は刃を滑らせ」
「肉体は刃を避ける」
「「我らの体に物理は通じぬ」」
「チッ、よりによって天敵とは……」
魔力の剣を握りしめ、オルディアはギリッと歯を鳴らした。
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