異質な捜索者
マルダモの隠れ里が崩壊してから数日後。
カラの領地の北、ヴェンデス領の領都では姿を消したガリオンの捜索が行われていた。
領内の捜索は比較的簡単に終わった。
ガリオンはかなり派手に動いていたし、その巨体から移動の際も領民たちの目に止まっていたからだ。
捜索を命じられた二人の魔女、禿頭の男シルスと肌も髪も真っ白な女フォルスは、地面が隆起し田畑にひび割れが走る崖を空から見下ろしながら顔を見合わせた。
シルスは黒いローブ、フォルスは白いローブを身にまとい、その裾からは双方、蛸と烏賊に似た触手が覗いている。
「ここで間違いないようだ」
「確かに間違いないようよ」
「アレはガリオンの体か?」
「アレはガリオンの体ね」
二人の魔女は触手をうねらせ、空を泳いで崖の上に残されたガリオンの体の側に降り立った。
蛸の魔女シルスがローブの袖から覗いている触手を伸ばし、傷口を確認する。
「これは刃物で切断されたようだ」
「確かに刃物ね。でもガリオンの皮膚を切断出来る刃物とは?」
「分からん……ただ、これは……高位の悪魔の匂いがする」
「高位の悪魔……そんな珍しい物なら匂いを追えるのでは?」
「確かにそうだ」
「匂いを覚えるのよ」
シルスにそう言いながら、フォルスも袖から覗く触手をガリオンの体に伸ばした。
「覚えたぞ」
「覚えたわ」
「南だ」
「南ね」
「追うのだ」
「追いましょう」
二人の魔女はローブの裾を翻し、触手を広げると空気を蹴って南へと泳ぎ始めた。
■◇■◇■◇■
カラの領地の北、領境の砦を守っていた黒い金属質の肌に金の髪の魔女、オルディアは片付けられた執務室を見てため息を吐いていた。
「はぁ……なぜ俺があんなチビ助に」
カラの城でオルディアはフィアの言葉を否定出来なかった。
寂しいという感情自体が魔女になって初めて感じた物で、それ以上何も言えなくなってしまったのだ。
更には使い魔になって以来、それまで考えた事も無かった砦の兵士や砦周辺の領民の事が頻繁に頭をよぎる様になってしまった。
彼はその事で危機感を感じていた。
武人として他者を気遣う事は弱みになる様な気がしていたからだ。
もし、彼らが盾にされたら自分はこれまでの様に非情になれるだろうか……。
次々とこんな余計な考えが浮かんでくるのも、あの小娘の所為だ。
そう思いつつも彼はフィアを憎む事は出来なかった。
幼い少女を憎む等、彼のプライドが許さなかったのだ。
それもまた、使い魔になった事でオルディアが人間性を取り戻したからなのだが、彼はその事に気付いてはいなかった。
再度、ため息を吐き、書類に目を落としていると外から兵の声が聞こえた。
その直後、何かが破壊される音が執務室に届く。
「何事だ!?」
椅子から腰を上げたオルディアは魔力を展開し、その身を黒い甲冑で包むと執務室を飛び出した。
■◇■◇■◇■
ヴェンデス領の魔女、シルスとフォルスは悪魔の匂いを追い南下を続けていた。
やがて領境に辿り突く頃には太陽も傾き初めていた。
「……腹が減った」
「……確かにペコペコだわ」
「あそこに砦があるな」
「あそこに砦があるわね」
「もう日が暮れる。探索は翌朝からでどうだ?」
「すぐ日が暮れる。探索は翌朝からで十分よ」
「では今宵はあの砦に泊まるとしよう」
「そうね。あの砦に泊まるとしましょう」
二人の魔女は顔を見合わせ頷くと触手を広げ砦に向かい泳ぎ始めた。
砦はカラの城と同様、低い城壁と兵舎、そして食料などの物資を保存する倉庫で構成されていた。
その倉庫の前にシルスとフォルスは降り立つ。
「まずは食事だ」
「そうね食事ね」
二人はそう言うと断りも無く倉庫の扉に触手を伸ばす。
そんな二人に倉庫の警備についていた兵士の一人が声を掛けた。
「あっ、あの、どちらの魔女様ですか?」
「我らは北のヴェンデス領の者だ。対価は後程、ヴェンデスから送らせる。ともかく食料を寄越せ」
「ヴェンデスの……いや、でも困ります。それはこの砦の兵士と非常時の」
「対価は払うと言っているわ……それとも私達の任務を妨害するつもり?」
「妨害とかじゃなくてですね、ブッ!?」
「おっ、おい、大丈夫か!?」
言い淀む兵士にフォルスの触手が振るわれた。
鞭の様にしなった触手は兵士の顔を打ち据え、弾き飛ばす。
突然の凶行に警備についていたもう一人の兵士が驚きの声を上げ、弾き飛ばされた兵士に駆け寄った。
「人間如きが我らを阻むな」
「そうよ。私達はお腹が減っているの」
弾き飛ばした兵士には目もくれず、烏賊の触手を持つ魔女フォルスは触手を振るい鍵のかかった扉を一撃で破壊した。
倉庫の中には先ほど兵士が言いかけた通り、砦の兵の為の食料と非常時に民に配る為の穀物や保存食が納められていた。
「つまらぬ。鮮度の良い肉は殆どない」
「つまらないわ。魚も干物ばかり」
「まあいい、食事だ」
「そうね、食事ね」
「お前ら、俺の砦で何を勝手な事をしている?」
掛けられた声でシルスとフォルスの触手が止まる。
声を掛けたオルディアの後ろには砦の兵が並んでいた。
「貴様がこの砦の守護者か?」
「そうだ」
「我らはヴェンデスの騎士、シルスと」
「フォルスよ」
「で、そのヴェンデスの騎士が砦に乱入してつまみ食いか?」
シルスとフォルスはウネウネと触手をうねらせ、顔を見合わせる。
「お前達の領地に我らの仲間が連れ去られた」
「仲間は刃物によって首を断たれていたわ」
「その刃物を持った者が南、つまりこの領に逃げ込んだ事は分かっている」
「賊の匂いはこの上を通っていたわ。見逃したあなたには責任があるの」
「……あいつ、そんな事は一言も……」
オルディアはマルダモが砦の上を通り抜ける前、ベラーナからはぐれ魔女が砦の上を通るとだけ聞いていた。
彼女が去って暫く後、奇妙な音が砦の上で鳴っていたが、はぐれ魔女なのだろうとそう思っただけだ。
ヴェンデス領の魔女にちょっかいを出していたとは……。
首を落としたというのなら、黒衣の異国人、伊蔵の仕業だろう。
まったく、小娘も奴も問題ばかり運んで来る。
苛立ちを押し殺し、オルディアは静かに問う。
「確かに見逃した責任は俺にあるだろう。だがそれと俺の部下を傷めつけて食料を盗む事は関係ないだろうが」
シルスとフォルスは改めてオルディアに目をやった。
黒い金属質の肌の顔、後ろに撫でつけた金髪の髪、体は黒い甲冑を身に着け腰には剣を佩いている。
オルディアの全身を確認した二人の魔女は、同時にニンマリと笑みを浮かべた。
「お前も我らの任務と食事の邪魔をするのか?」
「コイツも我らの任務と食事の邪魔をするようよ」
「なんだよ……?」
二人の魔女の雰囲気が変わったのを感じ取り、オルディアは剣の柄に手を掛けた。
「剣一本で我らに敵うと思うな」
「そうよ私達の手と足は岩だって切れるのよ」
「クソッ、こいつらイカれてんのか!?」
蛸と烏賊の触手が振り上げられ、オルディアに襲い掛かった。
咄嗟に後ろに飛んで躱し兵達に指示を出す。
「お前らは下がってろ!!」
そう言うとオルディアは鎧と共に魔力で作り出した腰の剣を引き抜いた。
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