再会と苦情
領都の再開発地区に下りたマルダモは、鉄の扉を開き中から鼻と牙を失った首を担いだ伊蔵が姿を見せた。
彼の後ろには小柄なブリキの人形が続いている。
それに合わせ、誘導していたベラーナも伊蔵達の側に降り立った。
モリスが人払いをした為、周囲に住民の姿は無く出迎えたのはフィアの他はルキスラとモリス、そして彼の部下が数人だけだった。
他の魔女達、暇つぶしが目的のカラや構造を知りたいイーゴ等も同行したいとモリスに言ったが、領都の上を飛ぶマルダモの姿は多くの領民が目撃しており、この上、死んだはずの元領主のカラを含めた魔女達がゾロゾロと向かっては面倒な事になるという事で遠慮してもらったのだ。
余談だがモリスは人払いの話に織り交ぜる形で、新たな領主サザイドが運ばせた別荘という事で領民には触れを出していた。
人々がその話をどの程度信じるかは未知数だが、魔女には変わり者が多いので余り勘ぐる者はいない筈だ。
扉から出た伊蔵達に駆け寄ったフィアが彼に声を掛ける。
「伊蔵さん、ベラーナさん、お帰りなさい! その後ろの人がはぐれ魔女さんですか?」
「フィア殿、わざわざのお出迎え、痛み入る。こやつははぐれ魔女……名はマルダモじゃ。そのマルダモの使い魔の様な物らしい」
「使い魔ですか?」
「ああ、本体はあくまでこのデカい砦の方らしいぜ」
フィアがベラーナの言葉で砦を見上げていると、その使い魔的なブリキの人形がおずおずとフィアに歩み寄った。
人形はフィアを見つめ、おもむろに口を開いた。
「君が……フィアなのか……?」
「はい、私はフィアです……あの……どうかしましたか?」
マルダモの人形はフィアの問い掛けに一瞬黙り込んだ。
恐らく、何から話すべきか考えていたのだろう。
「……久しぶりだね……と言っても覚えてないか……」
「……えっと、何となくその顔に見覚えがあるような……あっ!? マルダモさん、私に意地悪したでしょう!?」
「意地悪って……そんな覚えはないんだけど……」
「その顔! それって変えられますよね!? 私、いないいないばぁで、あなたの顔が瞬間で変わって凄く怖かった事を今思い出しました!」
「そういえば、そんな事もあったなぁ……あの時はフィアが大泣きしてレアナに怒られたっけ……ごめんごめん、悪気はなかったんだ…………レアナの事は残念だった……彼女は……レアナは……それにロロはどんな風に暮らしてた?」
マルダモは頭を掻きつつ謝罪した後、声を静めフィアに両親の事を尋ねた。
その声の響きに悲しさを感じたフィアは、寂しさと懐かしさがない交ぜになった顔で微笑む。
「お母さんはいつも優しくて……でもたまに怖くて……お父さんはそんなお母さんを見てニコニコしてました……」
「そうか……二人は僕の知ってる二人のままだったんだね……」
「お二人とも積もる話もあるでしょうが、ともかく城へ向かいませんか?」
しんみりしたフィアとマルダモの様子を見て、気を利かせたモリスが二人に声を掛けた。
「そうじゃな。モリス、マルダモの中にはつごう三十三人、人間が乗っておる。彼らと話して何が必要か聞いてくれるか?」
「分かりました。君達、話は聞いていたな? 早速、聞取りを初めてくれ」
「了解です」
「そうだ。中の奴ら、あんま外の人間に慣れてねぇからよぉ。そこんとこ気をつけてやってくれや」
「分かりました。ベラーナ様」
マルダモの内部に入るモリスに部下に、そう声を掛けたベラーナは満足そうに笑みを浮かべる。
「フフッ、ベラーナ様も随分と優しくなられましたな」
「なっ!? おっ、俺は優しいわけじゃねぇよ! そう、こりゃ、あれだ。第一印象が大事とか、そういう奴だ!」
「別に優しいでよいではないか? 私もお前のそういう率直で単純な所は嫌いではないぞ?」
「そうですよ、ベラーナさん。無駄遣いする所はいただけませんけど……それ以外は結構好きですよ、私」
「うっ、うるせぇ!! 俺は先に帰ってるからな!!」
ルキスラとフィアに畳みかけられたベラーナは、いたたまれなくなったのか羽根を広げ空へと逃れた。
「ふむ……やはり子供のようじゃのう」
「それで伊蔵様。先ほどから気になっておったのですが、その首は?」
逃げ出したベラーナを見上げていた伊蔵に、モリスはガリオンの首を見ながら尋ねた。
「そうそう、私も気になってたんです……伊蔵さん、また首を狩ったんですか?」
「うむ、こやつはガリオン。残念ながら恐らく北の領の魔女じゃという事以外は分かっておらぬ」
「北の……ヴェンデス領の魔女ですか……すこし面倒な事になりそうですな」
モリスは顔を顰め呟いた。
「さようか……こやつはマルダモを狩ろうとしておったのじゃ……それで止めようとしたのじゃが、地震を起こして里が壊されてな」
「地震……なるほど、それでこちらに……」
一度頷きモリスは魔女だという砦を見上げる。
「得心いきました。ベラーナ様の説明は色々省略しすぎて、砦が来るから下りれる場所を教えろという事ぐらいしか分かりませんでしたから」
モリスは突然、執務室に入って来て、情報を羅列するベラーナを思い出し苦笑を浮かべた。
「里に行ったら魔女が襲ってきてよぉ、そんで伊蔵がそいつの首を落としたんだが、奴の魔法で里は滅茶苦茶、んで、しょうがねぇから連れて来た。でけぇ奴だから下りれる場所を指示してくれ」
「は、はぁ……下りれる場所でございますか? 大きいと仰いましたが一体どれほど?」
「この城よりはちいせぇけど……そうだな、俺の家よりはデカいぜ!」
「私はベラーナ様のご自宅を存じ上げませんが?」
「とにかく砦ぐらいだよぉ!」
その時はベラーナの勢いに押され、考える事を後回しにして場所の確保を優先したのだが……。
「あの……ごめんね。いきなりで」
マルダモの人形がモリスを見上げ申し訳なさそうに言う。
「ああ、お気になさらないで下さい。魔女様達の無茶振りには私、慣れておりますので」
「フフッ、そうだぞ。子供はそんな事、気にしなくていい」
ルキスラはそう言って人形の前に膝を突くとその頭を撫でた。
「あっ……僕、こんなだけど、もう五十年ぐらい生きてるんだよ……」
「五十年か……私は二百年近く生きている。だから素直に甘えておけ」
「う、うん……分かった……」
笑みを浮かべたルキスラにマルダモは照れた様に俯いた。
そんな二人の様子を見ていた伊蔵は魔女について考えた。
フィアも三十歳らしいが言動はしっかりしていても、時折、子供の様な仕草を見せる事がある。
そこから類推するに魔女は契った悪魔によって寿命が違い、成長の度合いが精神の年齢に多分に影響を与えているのではないか。
つまり、見た目が幼い者は経験により思考は成長しても、根底は子供であり、より純粋な……大人が損得を考え選ばない選択をするのではないだろうか。
「ふむ……そのわりに成長したベラーナはかなり単純じゃが……あれはあやつの資質の問題か」
「伊蔵様、ともかく城へ向かいませんか?」
「……そうじゃな。フィア殿にこやつを使い魔にしてもらわんといかんしな」
「使い魔ですか……その人、ガリオンさんでしたっけ……どんな人なんです?」
「そうじゃな……見ての通り体は大きく、斬り落としたが長い鼻と牙があっての、声からするに男じゃと思うのじゃが、喋り方はおなごのようじゃった……あと、里を魔法で破壊した事でも分かる様にかなりの乱暴者じゃ。それとよく喋る」
フィアは伊蔵が担いでいるガリオンの頭を見て、鼻と牙を付けたした姿を想像した。
それは本で見た象という生き物を連想させる。
本では象は気性の荒い者もいるが、人間が飼いならし家畜にする事も出来ると書いてあった。
まぁ、首は魔女なので動物の象とは違うのだろうが……。
「乱暴者で巨人で多分、男性で女性のように話す、でお喋りですか……ふぅ、中々に難しい人みたいですね……では、さっそく」
「すぐに使い魔にするのか?」
「だって乱暴者なんでしょう? 暴れられたら困ります」
「……確かにそうじゃな……では頼み申す」
伊蔵がガリオンの首を地面に置くと、フィアは首に向かい両手を組んだ。
これまで狩ってきた首と同様、ガリオンは意識がない為か契約を程なく受け入れた。
同時にフィアから魔力が流れガリオンの目がゆっくりと開いた。
「ここは……?」
ガリオンは視線を巡らせ伊蔵を見つけると勢いよく喋り始めた。
「あなた!!よくも私をこんな目に遇わせてくれたわね!!何度も何度も目を覚ますたびに殴りつけて!!おかげで私の頭はたんこぶだらけよ!!まったくあなたが何者かは知らないけど、私はこれでも名の知られた魔女なんですからね!!ホント、嫌になっちゃう!!絶対、慰謝り」
『ガリオンさん、口を閉じて下さい!』
「むぐ!?んんん、んん!?」
余りの勢いに口を閉ざすよう命じたフィアに伊蔵は苦笑を向けた。
「と、まぁ、こういう奴じゃ」
「なるほどです……でもどうしましょうか? 使い魔にはしましたけど……」
「さようですな……ヴェンデス領の魔女なら捜索がこちらにも及ぶやもしれませんし……」
「……すまぬ、モリス」
「まぁ、遅かれ早かれ問題は起きたでしょうから……ただ、フィア様。今以上に急ぎませんと」
「そうですね。伊蔵さん、忙しくなりますよ」
「うむ、気張るとしようぞ」
パンッと顔を叩くフィアを見て、伊蔵も己の気持ちを引き締め直した。
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