ブリキの人形と出会いと別れ
伊蔵はマルダモの中へガリオンの首を運び入れようと正面の扉へと足を進めた。
その扉から見える内部は金属で出来た外部とは違い、木と石によって構成されていた。
天井までは伊蔵の身長の二倍程、その天井には所々に明りが灯り内部を明るく照らしている。
外観からは想像出来ない程、温かく暮らしやすそうに伊蔵には感じられた。
奥には階段も見えるので恐らく四、五階ぐらい階層はありそうだ。
「へぇ……中はこうなってんのか」
「一体、何人、ここに住んでおるのかの?」
ガリオンの首を傍らに置き、建物内を観察しながら伊蔵は呟く。
「今いるのは三十二人だよ」
伊蔵の質問に答えながら、人の子供程の大きさのブリキの人形が奥から歩いて来た。
その後ろには住民達だろう人間達が廊下の角からこちらの様子を窺っている。
「石のガキの次はブリキのガキかよ……」
ベラーナの言葉通り進み出たその人形は手足は針金の様に細く、顔や体は人を模して作られているが描かれた物の様で表情に変化は無かった。
本当に子供が遊ぶブリキ細工の人形を大きくした様な姿だった。
「……お主がマルダモか?」
「違う。僕の本体はあくまで建物の方さ。これは住民達と会話する為の……まぁ使い魔みたいな物だよ」
針金の手足を器用に動かしながらジェスチャーを交え、その人形は伊蔵達に説明した。
「ふむ……ローグとは逆という訳じゃな」
「ローグ?」
「儂らの仲間で岩の巨人を使う魔女じゃ。あやつは小さい方が本体じゃった」
「ふーん……ねぇ、君はフィアの使い魔なんだよね?」
「うむ」
「レアナは……フィアの母親はどうしてるの? 優しい彼女が娘に魔女の排除なんて危ない事、やらせないと思うんだけど……?」
伊蔵は人形を暫く見つめた後、おもむろに口を開いた。
「フィア殿の御母堂、レアナ殿は……先日、亡くなった」
「亡くなった……? 死んじゃったって事?」
「うむ……」
「そんな……嘘だよ……だって、少し前に手紙が……」
「残念じゃが本当の事じゃ……」
「そんな……そんな……うぅ……」
人形は糸を切られた様に崩れ落ち、ガックリと肩を落とし項垂れた。
「……意地を張ってないで、会いに来てって言えばよかった……そしたら、ずっとは無理でも会えたかも知れないのに……」
「……マルダモ……失った者には二度と会えぬ、それがこの世の理ぞ……」
「分かってるよそんな事!!」
人形の動かない瞳には伊蔵の言葉に対する怒りが浮かんでいる様に感じられた。
そんな人形の前に跪き、伊蔵は肩に手をやると優しく語り掛ける。
「うむ、じゃから出会いは貴重なのじゃ……お主は先程、ベラーナの背負った子供を見捨てようとした。ベラーナがおらねばお主は二度とあの子供と言葉を交わす事は無かったじゃろう」
「俺らを消そうとしたおめぇが言うな」
「うっ……」
「消す?」
黙り込んだ伊蔵に首を傾げつつ、人形はその瞳をベラーナの背中にいる少年に向ける。
「……ジョナ……」
「よぉ、マルダモだっけか? おめぇもこの里仕切ってるボスなんだろ?」
「……うん」
「だったら、裏切り者とか下んねぇ事言ってねぇで、ボスらしく度量の広いとこ見せろや」
「だって……ジョナ達は……里を……」
俯きかけた人形の顔を彼の前にしゃがみ込んだベラーナは右手で掴み強引に持ち上げた。
「おめぇ、そんなナリだが、もう何十年も生きてんだろ?」
「う、うん」
「てことはその辺の大人よりも年上だろ? だったらよぉ下がした事ぐらい、よっぽどの事以外は笑って許してやれよ……それが大人ってもんだぜ」
「……おとな……分かった。パヤン!」
マルダモが奥に呼び掛けると、警戒した様子で一人の青年が歩み出て来た。
「何ですか?」
「ジョナを医務室に運んで治療してよ」
「えっ? だってジョナは……」
「もう里は無い……だから掟も意味を失ったんだよ」
「…………分かりました」
里の青年パヤンはしばし俯いていたが、やがて顔を上げ頷いた。
それを見たマルダモも頷きを返すとベラーナに視線を向ける。
「じゃあ、彼にジョナを」
「おう、よろしく頼むぜ!」
「は、はぁ……」
ベラーナに少し怯え、腰が引けているパヤンに彼女はジョナをグイッ突き出すと、ニカッと笑った。
パヤンは怯えが混じったぎこちない笑みを返すとジョナをベラーナから受け取った。
意識のないジョナを抱え去っていくパヤンを満足そうに見つめるベラーナを横目に、伊蔵はぼそりと呟く。
「……子供の様なお主が大人を語るとはの」
「うるせぇなぁ、せっかくいい感じにまとまってんのに茶々いれんじゃねぇよ」
少し呆れた様子で言った伊蔵のボヤキにベラーナは苦笑しながら返す。
「すまんな……この前、お主が宴会の道具を抱えて、フィア殿に説教されているのを見かけたので、ついな……」
「あれは……あれはすげぇレアな掘り出し物だって店の親父が言うから……」
「道具に頼るなと言うたじゃろうが……儂が教えた腹踊りはどうした?」
「ありゃ、太ってねぇと……てか、男じゃねぇとあんま笑えねぇじゃねぇか……」
「フフッ……変な人だね君達」
レアナの死で落ち込んでいたマルダモは、二人の掛合いでいつの間にか笑っていた。
「ぬっ……さようか?」
「君達って、まとめんじゃねぇよ。おかしなのは伊蔵だけだぜ」
「なんじゃと?」
「アハハッ……ごめん、ごめん…………でも君の……伊蔵の言う通り出会いは貴重かもしれないね……じゃなきゃ……里に閉じこもっていたらこんなに笑う事は無かったもの……僕も里を閉じずにいたら色んな人に会えたのかなぁ……」
マルダモはレアナが家族と共に去ってから、里に迷い込む人間を受け入れる事は無かった。
元々、端から見れば崖の上にある不毛な土地だ。人は来る事は稀だった。
それでもごく稀に、物好きな人間が崖を登ってくる事がある。
そんな時は住民を収容し、固く扉を閉ざして槍で脅し追い返していたのだ。
外を知る者を受け入れれば彼らは住民達に外の世界を語るだろう。
元々の住人は魔女の支配から逃れて来た者達だったから、出ていく心配はなかった。
だが、ここで生まれた者たちは外に憧れ、レアナの様に出て行ってしまうかもしれない。
マルダモはそれが怖かったのだ。
「今から変えればよい。フィア殿は魔女と人が手を取り合い生きる事を望んでおる。そうじゃな……たとえば街道近くに居を据えればお主は多くの人と触れ合えるじゃろうな」
「街道……宿屋みてぇな感じか?」
「宿屋……ベラーナ、お主、ごくたまに冴えた事を申すな」
「ごくたまには余計だよ!」
「宿屋……僕の中に旅人を泊める?」
伊蔵はマルダモの問いに頷きを返す。
「うむ、良案やもしれぬ」
「言いだしっぺは俺だからな!」
「そう言う所が子供じゃというのじゃ」
「んだと!」
「アハハッ! やっぱり変わってるよ二人とも!」
マルダモは顔を顰めた二人を見て、更に大きく声を上げ笑った。
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