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レアナの残した里へ

 フィア達がサザイドを使い魔にし情報を聞いていた頃、ベラーナと伊蔵(いぞう)はカラの領を出て北へ向かっていた。

 目的地はフィアの母親レアナが作ったという隠れ里の一つ。

 そこはルキスラの話でははぐれ魔女が一人、住民達と暮らしているそうだ。


 今回はその魔女に接触し反乱を起こす事や今後、それに協力してくれるよう反乱の目的を伝える事が目的だった。


「しかし、またはぐれ魔女か……伊蔵、お前もいい加減一人で動けるように手を打てよ」

「イーゴに飛ぶ魔法を使う方法を考えてくれとは頼んだのじゃ」

「で、あいつ何て?」


「確かにフィア殿の力は上がり術の回数や威力も増したが、持続系の魔法を使うには定着では魔力がすぐ尽きるそうじゃ……一応、試作品を脛当には仕込んでもらったがのう……」

「チッ……他に誰か飛ぶのが得意な奴をスカウトするしかねぇか……そういやアナベルとかどうしてんだ?」


 ベラーナは毎度、足に使われるのが嫌らしく新たな人材を求めている様だった。


「アナベルはフィア殿の助手として働いておる。イーゴが真面目で手を抜かないと褒めておったぞ……お主では代わりは務まりそうにないの」

「何だと? 俺だって本気だしゃあれぐらい……」


「お主は延々とインクを混ぜ、印を刻みやすい様、ヤスリを掛ける事を何百も文句を言わずやれるのか?」

「何百……あいつそんなに数こなしてんの?」

「うむ、仕上げも丁寧で最近はイーゴに代わり印を刻む作業にも挑戦しているそうじゃ」


 抑圧された環境にいたアナベルにとって、室内で行う単純作業はそれ程、苦にならないようだった。

 それどころか、仕事をしているだけで褒められ感謝される事に喜びを感じているらしい。

 逃げて来た当初は怯えた目をしていたが、今では肉体的な特性で無くキラキラとした笑顔を振りまき、彼女の信奉者も城仕えの人間には増えているそうだ。


「……はぁ、確かにそういうのは俺には向かねぇなぁ」

「そうじゃの、人には適材適所という物があるからの」


「……コリトとか他のはぐれは……?」

「コリトとシャルア殿はモリスにレゾや王族の情報を教えておる、ガルドはジルバと共にそれの裏付けで諜報に当たっておるようじゃの。ローグはイーゴと新たな武器の開発に勤しんでおるな」


「鹿は何してんだよ?」

「ルキスラは今回儂らが向かっておる隠れ里の情報を提供してくれた。あやつはそれ以外ではあてがわれた屋敷で畑を作っておるようじゃ」


 畑ぇ?とベラーナは首を傾げた。


「お主も食ったじゃろう? あやつの作った野菜は驚く程美味い」

「確かにな……でも一人で畑なんて作ってもたかが知れてるだろ?」


「それがそうでも無い。あやつは里を出る時、いくつか種を持って来ておった。その種は成長も早く実入りもいいそうじゃ。そしてなにより人間が作っても上手い野菜や麦になるらしい……兵糧の良し悪しは士気に関わる、ルキスラの仕事は今後の戦を左右するじゃろうな」


「……やっぱ俺、頑張って飛ぶ事にするわ」

「うむ、お主は儂を運ぶのが一番あっておる。飛べて匂いで探し物ができ、戦える。お主は十分役に立っておるぞ」

「おっ、おう……」


 頷く伊蔵からベラーナは顔をそむけた。

 彼女の肌は元々赤いので上気しているかは判別しづらいが、伊蔵に褒められた事で照れて顔は赤くなっていた。


「ええっと……隠れ里にいるはぐれはっと……」


 ベラーナはその照れた事を隠す様にモリスが纏めた隠れ里の聞取り書を取り出し眺めた。


「確か、これまでで一番変わった魔女じゃったの」

「……ホントなのかコレ?」

「さてのう、しかし御母堂がわざわざ嘘を伝えるとは思えんがのう」


 聞取り書には里の場所の他、はぐれ魔女についての記述もあった。

 それにはこう書かれていた。

 里に住むはぐれ魔女は家であると。



 ■◇■◇■◇■



 聞取り書に書かれていた場所はカラの領地の北、別の魔女が支配する土地だった。

 そこは畑で働く人も少なく、明らかにカラの領地よりも荒れていた。


 そんな荒れた土地を超えた先、隆起した崖の上、平坦な荒れ地が目的地だった。

 ぱっと見、何も無く枯れ草が生えた不毛の大地に見える。

 川も池も無く、住民達も魔女もわざわざこの地を開発しようとは思わないだろう。

 そもそも開発する土地は他に幾らでもあるのだから。


 ベラーナはその崖の上を旋回しながらスンスンと鼻を鳴らした。


「いるぜ。人の匂いがする……魔女は……よく分かんねぇな」

「どういう事じゃ?」

「いや、確かに魔女の匂いみてぇなんだが……それに鉄や木、それに石の匂いが混じってるって感じなんだよ」

「家というのが関係しておるのかのう……ともかく下りるとしようぞ」

「おう」


 伊蔵を乗せたベラーナは崖の上の荒れ地に近づいた。

 心を不安にさせる人除けの結界を超えるとそれまで見えていた景色が一片した。


 崖の上はその殆どが畑になっており、西側には水を湛えた池が作られていた。

 池から引かれた水が畑を潤し、植えられた作物が青々と葉を広げている。

 ただ住民の姿は一人も見る事が出来なかった。


 その箱庭のような空間の中心には黒く金属の光沢を放つ砦がそびえ立っている。


「家じゃ無くて砦……いや、もうサイズ的に城じゃねぇかアレ」

「見事じゃ……様々な城や砦を旅の間見て来たが、こんな立派な物は初めてじゃ」


 伊蔵が言う様に建物は彼の見たどの城とも違い、円柱形でその表面には継ぎ目一つ見えなかった。

 その継ぎ目の無い壁面に空いた無数の小さな窓からは槍の穂先が覗いている。

 正面の扉以外、出入り口は見当たらず恐らく伊蔵であっても侵入は出来ないだろう。


「どうする伊蔵?」

「ともかく下りて話しをしてみようぞ」

「……あの槍、飛んで来たりしねぇよな?」


「ある程度の攻撃なら最悪、障壁でどうにか出来るじゃろう」

「コイツか……回数制限があるんだよなコレ?」

「うむ、余り頼らず出来れば避けよ」


 ベラーナはフィアから渡された新しい左手の籠手をチラリと見て、その後、建物の前に舞い降りた。

 予想していた攻撃も無く、周囲は静まり返っている。

 ただ、その建物からはこちらを観察する無数の視線を感じていた。


「ふむ……取り敢えず呼びかけてみるかの……儂の名は佐々木伊蔵、この地を作ったレアナ殿の娘、フィア殿の使い魔じゃ!! 門を開けて話を聞いて下され!!」


“……フィアの?”

「しゃっ、喋った!?」


 まるで建物自体が鳴動したような不思議な声だった。


“いまさらフィアの使い魔が何の用?”


 再度聞いた声は、やはりその建物が振動し発生している様に伊蔵には感じられた。


「フッ、まことこの国は驚かせてくれるのう……儂らはフィア殿の願いで国を牛耳っている魔女を排除し、この国を魔女と人が平和に暮らせる場所にするつもりじゃ!」

“魔女を排除……やるなら勝手にやればいい、僕らは関係無い”


「協力はしてくれぬのか?」

“行かないでって言ったのにレアナは行ってしまった……僕は……僕はこの里があればいい”


「……さようか……帰るぞ、ベラーナ」

「うぇ? いいのかよ伊蔵?」


 余りにあっさりと引いた伊蔵に思わずベラーナは問いかけた。


「かまわぬ、無理強いをしてもどうにもならぬ……こういう連中は国元にもいたのじゃ。世俗と交わらず閉じた世界で暮らしておる者がな」

「でもよぉ……」

「よいのじゃ。人はどんなに恵まれた世界であっても、閉じた場所からは出たがるものよ。この里の者が外に出た時、改めて迎え入れればよい」


 かつて任務の途中で立ち寄った隠れ里の事を思い出し、伊蔵はベラーナに答える。


 その里で伊蔵は一人の少年に会った。

 彼は伊蔵から外の世界の話を聞きキラキラと目を輝かせていた。

 再度、里を訪れた時、その少年は里を飛び出していた。

 彼がどうなったのかは知らないが、きっと今も旅を続けているのではないだろうか。


 伊蔵は彼の瞳の輝きを思い出すと、何故かそう思えるのだった。


「さぁ、用は済んだ。帰るとしようぞ」

「あ、ああ……ホントにいいのかねぇ……」


 ベラーナは肩を竦めそう言った後、不意に鼻を鳴らした。


「なんじゃ?」

「……こいつは……魔女だ!」

「オホホッ!! 坊や、案内ご苦労だったわねぇ」


 ベラーナがそう言うのと同時に野太い声が響き、空に耳を羽根の様に広げた象に似た鎧の獣人が現れた。

 青黒い肌その象は喋り終えると左手で抱えていた少年を地面へと投げ捨てた。


「ベラーナ!!」

「わーってるよ!!」


 伊蔵の声より早くベラーナは飛び出し、投げ捨てられた少年を受け止めた。

 ホッと息を吐いた伊蔵は建物に問いかける。


「あの者はお主の里の住人ではないのか!?」

“里を出た者は裏切り者だ。もう家族じゃない”

「……さようか」


 伊蔵の声には強い憤りが乗っていた。


「なあに、あんた達? 見ない顔だけど、このはぐれは私の物よ。見逃してあげるから早く消えなさい」

「まったく……砦といい、お主といい、気に入らぬ事ばかりじゃの」


 ヒラヒラと手を振る象を見上げると、伊蔵はその憤りをぶつける様に獰猛に歯を剥いた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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