氷と炎
モリスと語感が被って嫌だったので、送られた領主の名前をバニスからサザイドに変更しました。
それに伴い65話目での名前も修正しております。
よろしくお願いします。
伊蔵がコリトを連れ帰ってから数日後。
西の辺境、領都の中心にあるカラの居城の前に銀の甲冑で身を包んだ灰色の髪の男が降り立った。
空を飛んでこの地に来た事から分かる様に、年の頃は二十代半ばに見える男は人では無かった。
それを示す様に青年の目はガラスの様に透明で淡く青い光をはなっている。
その目で城を見上げ不満げに鼻を鳴らす。
「田舎くさい城だ。何故、近衛の私がこんな辺境にわざわざ……他に適任はいるだろうに……」
「あの……何か御用でしょうか?」
門衛が見知らぬ魔女に警戒した様子で問いかける。
「今日からこの領の主となったサザイドだ。前任者のカラの所に案内しろ」
「主……?」
「早くしろ! 殺されたいのか!?」
「はっ、はい!! ではこちらへどうぞ……」
門衛は怯えつつサザイドと名乗った男を城の中へと導いた。
その導かれた城の前庭では赤い髪の巨人が兵達と何やらやっていた。
「だから、そこで振り抜いちまうと攻撃を貰っちまうだろ?」
「えー、でもこのまま旋回して、回し蹴りにつながる技なんっすけど……」
「隙が大きすぎだ。デカいのを当てたがるのはお前の悪い癖だな」
サザイドは立ち止まると門衛に声を掛けた。
「あれは何をやっている?」
「兵達に格闘技を教えているんです」
「格闘技? 馬鹿馬鹿しい、人間など雑事をこなしていればいいのだ……おい、そこの赤髪!!」
アガンを指差し甲冑の男サザイドは声を上げた。
「ん? 俺の事か? なんだ?」
「無駄な事は止めろ!」
「無駄な事?」
首を捻るアガンに苛立ちを感じながら、男は踵を鳴らし前庭にいたアガン達の前に立った。
「魔法の一撃でくたばる奴らに武術を仕込んで何になる!? こいつ等は我ら魔女のサポートだけしていればいいのだ!!」
「そんな……」
兵の一人がサザイドの言葉で悔しそうに俯く。
「いきなり現れて何様だ、てめぇ?」
「フンッ、実際その通りだろう。こんな風になぁ!」
鼻を鳴らし兵達に右の掌を向け魔法を発動させる。
「えっ、嘘!?」
放たれた冷気が空気中の水分を凍り付かせ、キラキラと陽光を反射させながら兵達に迫った。
その冷気を赤と白の巨体が遮る。
「何ッ!?」
「主かなんだか知らねぇが、攻撃してくるって事は敵だよなぁ?」
冷気は全身に甲殻を纏ったアガンによって止められていた。
「……私の攻撃を止めるとは……そうか、聞いてた風貌と違うが貴様がカラだな?」
「あ? 何言ってんだ? 俺はカラじゃ……」
「ククッ、いい機会だ。どうせ貴様は前線送り。その前に兵達に格の違いを見せておくとしよう」
「だから話を」
アガンの言葉を無視してサザイドは再度、魔法を発動させた。
握り込んだ左の拳を中心に強烈な冷気が噴き出し、周囲の温度を急速に下げていく。
「この馬鹿ッ!? チッ、お前ら下がってろ!!」
「りょっ、了解っす!」
アガンは兵達が距離を置いたの確認すると、全身に魔力を送り炎を身にまとった。
「確かカラは風使いと聞いていたが……まあいい。お前が誰だろうと氷漬けにしてくれる!」
「はぁ……俺も昔はこんなだったのかよ……」
冷気はアガンの凍り付かせようと更に勢いを増した。
しかし、噴き出す炎がそれを中和していく。
「あのよぉ……」
「何故だ!? 私の魔法が何故、こんな辺境のカスに抑え込まれる!?」
「話を聞かねぇ奴だ……」
憤るサザイドを見てアガンは首を振ると、右手でサザイドの頭を握り込んだ。
「なっ、何をする!? 放せ!! 放さんか!!」
「ちょっと燃えとけ」
「止めろ!! 止めろと言っている!! ギャアアアアア!!!」
アガンはサザイドの頭を握ったまま魔法を発動した。
大地から吹き上がった強烈な炎が甲冑ごと全身を包み込み焼く。
炎は風にあおられた様に大きく踊ると、次の瞬間には何事も無かった様に掻き消えた。
体を覆っていた銀の鎧は変形し崩れ落ち、残ったのは体の再生の為に動けなくなった黒焦げのサザイドだけだ。
「うおッ、すげぇ!! さすがアガン様!!」
「最近は優しくなったってと思ってたけど、炎の巨人は健在だったんすね!!」
「ん? あ、ああ、まあな……」
兵達の賞賛にアガンは戸惑いつつも答えを返した。
確かに少し燃やして大人しくさせようと思ってたいたが、ここまでするつもりはアガンには無かったからだ。
飛ぶのが苦手なアガンはカラとの戦闘の後、ベラーナ達の様に本格的に魔法を使い戦う事が無かった。
力を使うのは風呂を沸かす時ぐらいだ。
結果として以前の感覚で使った力は彼の想像より遥かに大きな物だった。
おそらくフィアの成長に伴い力が上がった事が原因だろう。
「……こいつぁ……マジで国をひっくり返せそうだぜ」
空いた左手を握りしめアガンはニヤリと笑うと、黒焦げになってうめき声を上げるサザイドに視線を送った。
体の再生状態を右手を持ち上げ確認すると兵達に顔を向ける。
「俺はこいつをモリスのとこに連れていく。お前らは各自訓練を続けとけ」
「分かりました!」
敬礼する兵士たちに頷きを返し、アガンは黒焦げの魔女を片手にモリスの下へと足を進めた。
■◇■◇■◇■
アガンの連れて来た黒焦げのサザイドを見て、中年の管理職は額に手を当て深いため息を吐いた。
「アガン様、その男はサザイドと名乗ったのですね?」
「ああ、そうだが?」
「こちらにも着任の命令書が届いておりました。直接お話して、なんとか誤魔化そうと頭を捻っていた所だったのですが……ふぅ……こんな事したら手の打ちようがないじゃないですか!?」
珍しく声を荒げたモリスにアガンは素直に頭を下げた。
「……すまん。だがよぉ、こいつがいきなり喧嘩売って来たんだぜ?」
「喧嘩……これだから魔女は……はぁ……仕方がありません。この人もフィア様の使い魔にして傀儡として動いてもらう事にしましょう」
アガンが連れて来たサザイドは、シュウシュウと湯気を上げながら徐々に再生しつつあった。
しかし、意識を取り戻す程ではない様で今もうめき声を上げている。
「コイツを傀儡にするんなら、カラはどうすんだよ? なんか前線向かわせるとか言ってたぞ、こいつ」
「みたいですね。命令書によるとそのサザイドさんは何かの捜索の為に送り込まれたようです」
「捜索?」
「まぁ、その辺を聞き出して、工作に使えないかと考えていたのですが……ともかく、フィア様を呼びましょう。君、至急、フィア様にこちらにお越しいただくよう伝えてくれ」
「ハッ!」
モリスは部下にフィアを呼ぶよう命じ、両手を組んでどうするか考え始めた。
その思考の中には逃げるという案が浮かんでは消えていた。
■◇■◇■◇■
モリスに呼び出されたフィアは中途半端に再生しているサザイドを見て完全に引いていた。
「なんでこの人、こんなんなっちゃってるんです?」
「アガン様が喧嘩を買って、焼いちゃったんですよ……」
「アガンさん! なんでそんな事したんですか!?」
フィアは母親が子供を咎める口調で話しながらアガンを睨んだ。
「だって、喧嘩売って来たのはそいつだぜ?」
「アガンさん、百歩譲って喧嘩するのは良いとしましょう。でもこんな……うぅ……酷い感じにしなくてもいいじゃないですか!?」
フィアは徐々に再生するサザイドをちらっと見て顔を引きつらせつつアガンを問い詰める。
「いや、俺もここまでやろうとは思ってなかったんだがよぉ……思いの外、魔法の勢いが凄くてな……多分、フィアの力が増した……あ、よくかんがえりゃあ、こいつがこうなったのはお前の所為じゃねぇか!?」
「……それは……でもでも、魔法を使ったのはアガンさんじゃないですか!?」
「コホンッ!……お二人ともよろしいですかな?」
脱線しそうになる二人にモリスはジトッとした視線を送った。
「うっ……なんでしょうか?」
「フィア様には意識が混濁している間に彼を使い魔にして頂きたい。彼はカラ様の代わりに領主となる予定だった男です。ここままだと非常にまずい」
「はぁ、分かりました……」
モリスの視線に圧される形で、フィアは使い魔の魔法を呻いているサザイドに施した。
苦痛から逃れようとしたのかサザイドはフィアの魔法をすぐに受け入れた。
紋様が消えると同時に再生が劇的に早まり、彼の表情は穏やかに変わっていった。
それを確認したフィアはホッと息を吐くと同時にアガンに向き直る。
「アガンさん、取り敢えず服を持って来てもらっていいですか?」
「……分かった」
チラリとサザイドを見たアガンは自分がやったという負い目もあったのか、素直に指示に従った。
アガンを見送ったフィアはサザイドの下半身を見ないように視線を巡らせながら呟く。
「まったく、何でみんな裸なんですかねぇ……今度イーゴさんに相談して丈夫な服でも作りましょうか……」
「そうですな。正直申しまして、あまり見たい物でもありませんし」
「で、この新領主さんはどうするんです?」
「彼には傀儡となってもらいましょう……まぁ、どうせ実務は私がしていたので誰がトップになっても変わりませんしね」
モリスは苦笑を浮かべてフィアにそう言うと、彼女も釣られて引きつった笑みを浮かべた。
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